[スペシャルインタビュー]

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第4回:最終回)

第4回 イー・モバイルの移動通信システムとDC-HSDPAの新仕様
2009/08/28
(金)
SmartGridニューズレター編集部

2009年7月にUQコミュニケーションズによる「UQ WiMAX」の商用サービス(下り40Mbps、上り10Mbps)が開始され、10月からはウィルコムの次世代PHS「XGP」の商用サービス(下り/上りともに20Mbps)が予定されている中、イー・モバイルは、2009年7月24日から下り21Mbps(上り5.8Mbps)の「HSPA+」のワイヤレス・ブロードバンドサービスを開始。ワイヤレス・ブロードバンドの速度競争は戦国時代へ突入した。
ここでは、イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長の諸橋知雄(もろはし ともお)氏に、同社が果敢に挑戦するHSPA ⇒ HSPA+ ⇒ DC-HSDPA / LTEという新しいワイヤレス・ブロードバンドの流れを展望しながら、HSPA+サービスの内容や高速化の仕組みとイー・モバイルの今後のビジネス戦略を、お聞きした。今回(第4回:最終回)は、
第1回:スタートしたHSPA+のサービスの内容からDC-HSDPA/LTEを展望したイー・モバイルのロードマップ
第2回:HSPA+とDC-HSDPAとLTEの特徴とその比較
第3回:イー・モバイルのビジネス・モチベーションの原点
に続いて、イー・モバイルの経済的な移動通信システムの構築や、84Mbpsの高速化を実現する3GPPのDC-HSDPAの新しい仕様を中心に語っていただいた。

イー・モバイルのHSPA+/LTE戦略を聞く!(第4回:最終回)

≪1≫話題を呼んだ100円のネットブックとの組み合わせたサービス

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

■ 御社は、モバイルの新ユーザーを獲得するために、100円のネットブックとの組み合わせた営業展開が話題となりましたが。

諸橋 そうですね。最近、スマートフォン(高機能携帯端末)やコンパクト・サイズのPC(ネットブック)の需要が増大していますが、当社では新しいモバイル・ブロードバンド・サービスのターゲット市場としてネットブック市場を狙っています。ご存じのとおり、販売店によるネットブックとのセット商品は、話題を、呼びモバイル・ブロードバンド・サービス普及の1つ大きなブレークスルーにもなりました。このサービスは、イー・モバイルのサービスに加入していただくと、ネットブックが初期費用100円でお求めいただけるということを売りにしたわけです。

これは、ネットブック自身の市場的な盛り上がりもあって、パソコンをお持ちでない方、あるいは2台目とか3台目のパソコンをできるだけリーズナブルな価格で手に入れたいという方に対しては非常に好評でした。

■ 新サービスが始まりましたと言っても、一般ユーザーには目に見えませんからね。

諸橋 そうですね。やっぱりドングル(USBのデータ通信カード)だけ置いて展示して買ってもらうよりも、パソコンとセットにして買ってもらうやり方のほうが、はるかにお客様にはわかりやすいわけですね。そういう意味では、私たちとしてはねらいどおりにお客様に受け入れていただいたということです。当初私たちが始めたころから見ると、今はかなりネットブックへの参入企業も増えており、今では、もう国内外含めて15社以上が参入して50機種以上が出ているという状況です。


≪2≫非常に少ない投資で移動通信システムを構築

■ ところでHSPA+のサービスを提供する、御社の移動通信システムのお話をお聞きしたいのですが。

諸橋 当社(イー・モバイル)でも、かなりの投資をしてモバイル・ネットワークを構築しているわけですが、他社と比べて、非常に少ない投資額でよくできますねと言われます。その秘密は、当社が使用している基地局が小型、軽量で消費電力も最小限に抑えられている点にあります。

■ なるほど。後発者の有利な面ですね。

諸橋 ええ。私たちが参入した2005年というのは、もう既にW-CDMAの技術の基本ができて7、8年たっていましたので、基地局をはじめ諸機器の小型化が進み価格も安くなり、維持費も安いという状況になっていました。これは、他の通信事業者に比べて、大きな設備投資効率の差につながっています。

■ 基地局およびシステムについては、また後ほどお話しいただきたいと思います。
ところで、HSPA+のサービスを開始されましたが、他のWiMAXや次世代PHS(XGP)などをどのようにみていますか。

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

諸橋 はい。ビジネス上、根本的なことを申しあげますと、HSPA+についても、WiMAXやXGPについても同じことですが、今はボリューム(ユーザー数)で勝負しなければいけない時期なのです。

世界のできるだけ多くの通信事業者が採用する標準技術を使用し、その通信事業者に加入するお客様の数ができるだけ増えてくれることが、最終的に通信料金を安くでき、したがってお客様のためにもなるという時代になっているのです。ですから、どんなに技術的に優れていても、独自技術をどんどん先鋭化させるということは、時代の流れにちょっと合わないと私は思います。

WiMAXについては、私たちもイー・アクセスとして一時期目指していました。日本は2.5GHz帯の周波数に対してWiMAX用を2社に割り当てると期待していましたが、結局WiMAXは1社にしか割り当てられませんでした(他1社はXGP)。その後のWiMAXの国際的な展開をウォッチしていますが、WiMAX全体の流れは期待していたほどには普及が鈍く、かつての勢いがないように見えます。

このような背景もありましたが、その後(2009年6月)、当社は下記の総務省のURLの「報道資料」にみるように、LTE用に1.7GHz帯の全国バンド(10MHz幅×2)の割り当てを受けましたので、2010年にはサービスを開始したいと計画しています。

(総務省の報道資料のURL http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/14457.html

図1に、当社のLTEに向けた技術ロードマップを示します。


図1 LTEに向けたイー・モバイルの技術ロードマップ(クリックで拡大)

図1 LTEに向けたイー・モバイルの技術ロードマップ


≪3≫移動通信システムには、エリクソンとファーウェイを採用

■ ところで、御社の移動通信システム(アクセス系やコア系)は、どのようなベンダーの製品を導入しているのでしょうか。

諸橋 そうですね。端末については、グローバルで、いいものを安くということを基本にしていますので、これまでの実績ですと、国内ではシャープ、東芝、NEC、ネットインデックス、海外では台湾のHTC社と中国のファーウェイ、ロンチアーなどがあります。

■ 基地局はどこのベンダーですか。

諸橋 これは国際的なコンペ(入札)の結果、エリクソンとファーウェイの2社です。

■ 2010年からサービスを開始されるDC-HSDPAのサービスも間近ですが、その後のLTEについてフィールド・トライアル(実証実験)などはされているのでしょうか。

諸橋 LTEについては積極的に取り組んでおり、ラボ実験はもとよりフィールド・トライアルも終了しています。このトライアルは、2008年12月下旬から2009年5月31日まで東京都・新橋、虎ノ門、芝エリアの3局のLTEの実験局を設置して行いました。これは、2008年12月に3GPPで標準化されたLTEの仕様に基づいて作られた装置が、実際に性能を実現できるかどうかを実証するために行ったものです。

また、これによってフィールでのシステム性能評価、セルの設計手法、設備投資効率に関する検討や評価も実施しました。詳細については、オープンにしていません。

≪4≫LTEに関する多彩な実証試験を行う「LSTI」へ参加

諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

■ ところで、御社はLTEの啓蒙団体であるLSTI(LTE-SAE Trial Initiative)へ加盟されていますが、どういう組織なのでしょうか。

諸橋 LSTI(LTE-SAE Trial Initiative)は、2007年5月に設立され、LTEの機能・性能評価、機器の相互接続(インターオペラビリティ)検証やフィールド試験など、LTEのスムーズな商用化のための技術開発を主な活動としています。現在LSTIには、国内外で30社以上の通信事業者およびベンダーが加盟しています。

もともとHSPAやEV-DOの次世代モバイル通信ネットワークについて、実現に向けたロードマップを策定していくNGMN(Next Generation Mobile Network、次世代モバイル・ネットワーク)という団体があるのですが、この団体は、事業者のための組織です。そのメンバーは基本的にモバイル通信事業者で、NTTドコモさんはNGMN創設(2006年9月)からのメンバーです。

NGMNは、基本的に次世代モバイル・ネットワークですから、LTEを含めて、LTEアドバンスト(LTE-Advanced)、第4世代移動通信システム(IMT-Advanced)も視野に入れていますが、これから来る次世代のシステムやサービスを、通信事業者の観点から要求条件をまとめて、メーカーに検討依頼するという役割をもつことを目的に設立されました。その団体(NGMN)からの要求条件を受けて、実際にフィールドで実証する組織が必要だったため、LSTIが設立されたのです。

NGMNは、LTEに関しての要求条件はずっと前につくってしまっていますが、LSTIという組織は、今、現実にLTEの商用サービスを目前に控えて、結構佳境を迎えています。そこで、LTEの実証に関してのさまざまな活動を行っているということもあり、私たちがこの時点で入る価値があるのではないか、というのが加盟の際の判断基準です。

≪5≫3GPPでさらに新しい仕様:DC-HSDPAとMIMOで84Mbpsを実現

■ 3GPPのほうは、いつも定期的に出席されておられると思いますが、最近のトピックスのようなことは?

諸橋 はい。3GPPについては、当社も真剣に取り組んでいるところです。3GPPの最近のトピックスとして最近重要なことは、実はDC-HSDPAの、さらにLTEに至るまでの中間的に存在する技術を、3GPPでつくろうとする動きもあるのです。

■ えッ! LTEまでにたどり着くまでに、DC-HSDPAのさらに次もあるのですか?

諸橋 そうです。それは、DC-HSDPAにさらにMIMOを追加し高速化する技術なのです。

■ DC-HSDPAというのは、64QAMの2キャリアでしたよね。これに、プラスMIMOですか。

諸橋 そうです。前述したようにDC-HSDPAは、64QAM×2キャリアで42Mbpsのスピードを出す仕様です。これにMIMOを加えて2倍のスピード、すなわち42Mbps×2=84Mbpsのスピードを出そうということです。

■ それはすごい。これによって、LTEに行く前に、CDMAをさらに生き延びさせようということですね。

諸橋 そうなのです。ですから、私たちとしては、今後、何が主流になってくるかを見極めていかなければいけないのです。例えば、82Mbpsというと、LTEの「10MHz幅の2×2MIMO」に匹敵するスピードなのです。これまでDC-HSDPAは、LTEの「5MHz幅の2×2MIMO」に匹敵(等価)するスピードだったのです(表1)。


表1 DC-HSDPAとLTEの比較
 DC-HSDPAの場合  伝送速度  LTEの場合
64QAMの2キャリア 42Mbps 5MHz幅の2×2MIMO
64QAMの2キャリア+MIMO 84Mbps 10MHz幅の2×2MIMO
諸橋知雄氏〔イー・モバイル(株)次世代モバイルネットワーク企画室室長〕
諸橋知雄氏
〔イー・モバイル(株)
次世代モバイルネットワーク
企画室室長〕

 

■ そうなると、DC-HSDPAの寿命がさらに伸びるので、20MHz幅(4×4MIMO)のLTE(最大300Mbps)に行くまでにさらに時間がかかりますね。

諸橋 ただし、DC-HSDPAの仕様を作っているのと同じ3GPPで、LTEの仕様をつくっている関係から、「これ以上やるべきなのか、やるべきでないのか」、という議論は当然あるわけです。その辺については、私たちとしては検討オプションが多いほうがよいと思っていますから、検討オプションは時間が許す限りつくりましょうというスタンスでやるつもりです。

■ なるほど。DC-HSDPAでサービスするのでしたら、MIMOを追加するだけですから、投資的にはLTEよりもDC-HSDPAプラスMIMOのほうが安くなるのですか?

諸橋 それはわかりません。そんなに単純ではないのです。

■ また、MIMOが入ったとき、MIMOのアンテナが増えるので、端末のコストは上がるのでしょうか。

諸橋 いいえ。MIMOによる受信ダイバーシチ(注1)という技術はもともとあるわけです。すなわち、例えば2本(複数)のアンテナを使用することによって受信ダイバーシチを行い受信信号のレベルを改善する仕組みなのです。これまでも使用されてきた技術なので、端末自身に2本のアンテナを入れるというのは別に新しいことではないのです。ですから、アンテナを増やすことが技術のハードルを大きく押し上げるという話にはならないのです。


(注1):受信ダイバーシチ:受信信号レベルの品質を改善する技術。あるデータ(信号)をモバイル環境で送信する場合に、異なる特性をもつ複数の通信路(チャネル)を設定して、その通信路のなかで受信信号レベルの高い(品質のよい)通信路を選択して使用したり、あるいは複数の通信路を同時に使用したりすることによって、受信信号レベルの品質を改善する技術のこと。

■ 端末の消費電力的にはどうなのでしょうか。DC-HSDPAの延長線上にあるのとLTEになる場合、電力的な違いはどうなのですか。

諸橋 LTEの端末消費電力については、第2回で述べたLTEの特徴でもあるのですが、実は下りにOFDM(マルチキャリア方式)を、上りにSC-FDMA(シングルキャリア方式)を採用し、端末から基地局への通信(シングルキャリア方式)の電力消費が少なくなるように設計されているのです。つまり、シングルキャリア方式という点では、既存のW-CDMA方式と同じなのです。このようにLTE端末は電力を食わないように、あえてシングルキャリア方式にしたのです。

■ なるほど。

諸橋 これまで見てきましたように、3GPPにおけるW-CDMAアーキテクチャのエボリューション(進化・発展)は、決して止まってはいないのです。すなわち、DC-HSDPAの流れと、LTEという流れの両方が(いずれLTEに収束するが)、現在、並列(パラ)に走っている状況なので、私たちとしては、この数年間でどちらの流れにのるのか、これは非常に重要な、見極めのポイントになっているのです。もちろん、基本はあくまでもLTEへの流れなのです。

したがって、イー・モバイルとしては、欧州や米国などをはじめ市場規模の大きな国際的な通信事業者の参入および市場普及状況等に鑑みながら、現実にLTEがお客様の手に届くようなサービス品質、コスト(利用料金)を精査するつもりです。そういう視点から、LTEへの移行のバックアップとして、W-CDMAのプラットフォームや、そのエボリューション(DC-HSDPA等)の動向は常に見ておく必要があると思っています。

■ 長時間にわたり、どうもありがとうございました。

--終わり--

バックナンバー

第1回:スタートしたHSPA+のサービスの内容からDC-HSDPA/LTEを展望したイー・モバイルのロードマップ

第2回:HSPA+とDC-HSDPAとLTEの特徴とその比較

第3回:イー・モバイルのビジネス・モチベーションの原点

第4回 イー・モバイルの移動通信システムとDC-HSDPAの新仕様


プロフィール

諸橋 知雄氏(イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長)

諸橋 知雄(もろはし ともお)氏

現職:
イー・アクセス株式会社 新規事業開発室 室長
兼 イー・モバイル株式会社 次世代モバイルネットワーク企画室 室長

【略歴】
1994年 第二電電(株) (現KDDI)入社
1996年 米国カリフォルニア州立大学サンディエゴ校無線通信センタ出向
2001年 イー・アクセス(株) 入社
2003年 新規事業企画本部長。モバイルプロジェクトを立ち上げる。
2006年より現職。主にモバイル事業における新規技術の導入戦略の企画立案・技術開発を担当。

【主な活動】
LTE等の新規技術の実証ならびに開発、導入戦略の立案ならびに新規技術導入に係る制度化、標準化に携わる。

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