[特集]

NGN時代のモビリティとセキュリティ(8):コンテキストアウェアネス技術を用いた実用化の具体例

2009/03/13
(金)
保田 浩之

場所や利用者の状況に応じたセキュリティを確保するための「コンテキストアウェアネス技術」について、第6回では「コンテキストアウェアネスなセキュリティ」について、情報セキュリティ大学院大学の田中先生より、簡潔にコンセプトとその特徴を解説していただいた。第7回ではコンテキストの推定方法と実用化の動向について、沖電気工業(OKI)の松平正樹氏に解説いただいた。今回は、コンテキストアウェアネス技術を用いた実用化の具体例について、総務省のユビキタスサービスプラットフォーム技術開発プロジェクト「CUBIQ(キュービック)」に参画しているOKIの保田浩之氏に執筆いただいた。

 

≪1≫コンテキストアウェアと医療・健康分野

これまで2回にわたって、状況に応じてコンテキストをベースとした推定による行動支援などのシステムの概念と一般的な取り組みについて説明してきた。このようなシステムは、多くは未だ実験段階であり、本格的な普及のためには多くの実証実験や法的な整備が必要なのが現状である。その中で、医療・健康の分野では、人材不足を補うための業務効率化や医療事故防止、メタボ対策・少子高齢化対策のような明確なニーズがあり、センサー・RFIDや無線ネットワークなどの機器の展開が比較的容易なことから、コンテキストアウェアの応用が検討されることが多く、具体事例も豊富で先進的な研究も数多く進められている。例えば、総務省と財団法人テレコム先端技術支援センターは2007年から「ユビキタス健康医療シンポジウム」を開催して、医療分野でのコンテキストアウェアを含むユビキタス技術の活用についての講演やパネルディスカッションが行われている。〔2008年開催の第2回ユビキタス健康医療シンポジウムの予稿集:http://www.scat.or.jp/mediubi_08/yokou/yokousyu.html

また、病気になってから治療するのでなく、病気にならないように予防する「プロアクティブヘルス」をコンテキストアウェアによって実現しようとする研究が、例えば、MITのMedia Labで行われている。http://architecture.mit.edu/house_n/projects.html〕。私が参画している総務省「ユビキタスサービスプラットフォーム技術」開発プロジェクトにおいても、このような医療・健康分野での実証実験を検討中である。

≪2≫コンテキストアウェアの医療・健康分野への適用事例

次に、医療・健康分野でのコンテキストアウェアの適用事例を説明する。


図1 医療・健康分野でのコンテキストアウェアの適用事例(クリックで拡大)


【事例1】医療機器の位置管理による効率化

(1)医療機器の位置・利用状況のリアルタイム管理

医療現場では、多くのICT機器を用いており、各機器の利用場所や状況が必ずしもリアルタイムに管理されていないケースも多い。したがって、これらの機器の場所や利用状況を把握することで、緊急時の機器探索時間短縮化が図ることが期待される。

(2)管理ルール逸脱時の自動警告による効率化・安全性向上

また、医療機器には殺菌室の利用など厳密なルールが規定されている。しかし、殺菌室の機器数超過や現場の緊急対応のために廊下などに一定時間以上放置されるケースも考えられる。このように管理ルールを逸脱した際に、これらの状況を自動警告することによって、事故へ発生するケースを未然に防ぐことが望まれる。

【事例2】医療現場スタッフ・患者の行動把握による安全性向上・効率化支援

(1)スタッフ・患者の位置管理、危険行動の検知

(2)動線分析による最適な施設設計・業務効率改善

(3)医療機器・薬剤の取り違え防止

(4)スタッフの行動から、繁忙度・疲労度・熟練度を可視化(将来)

医療現場は、非常に繁忙であり、医師や看護師の疲労度により事故につながる危険性もある。そのような事故予備軍であるヒヤリ・ハット現象(重大な事故や災害には至らないが、直結しておかしくない一歩手間の現象のこと)を低減すること

が重要である。また、医療従事者の業務への熟練度もさまざまなため、作業手順ガイダンスを整備し、遵守状況などを可視化したり、熟練度や勤務状況に応じたスタッフの最適配置支援なども望まれている。

【事例3】在宅高齢者見守り

(1)宅内センサー・生体センサーによる生活状態の遠隔見守り

病院などでは設備は整っているが、在宅での高齢者介護のようなケースでは、状況把握はより重要である。ベッド下のマット状センサーやトイレのドアセンサー等を取り付けて高齢者の見守りをすることで、普段の行動に対して異常な状態を検知したら自動通報するなどが有効であろう。

(2)GPS内蔵携帯端末や無線タグなどでの現在位置見守り

徘徊などによる行方不明時の位置確認や屋外で一定時間以上停止等の異常検知により事故を未然に防ぐことも重要である。

【事例4】健康管理支援

(1)体重・運動量や食事内容を管理

医療や介護だけでなく、健常者における健康管理にもコンテキストアウェアは応用できる。例えば、万歩計や体重形のデータをネットワーク経由で収集し、加えてスポーツジムでの運動内容も収集、さらに食事内容(当面は自分でメニューを入力、将来は料理の写真やPOSデータから自動認識)から総合的に判断して、その人に最も適切な運動や食事内容を個別にアドバイスすることなどである。

特に最近はメタボ対策が社会問題化しており、このような用途での実用化が進んでいくものと考えられる。

≪3≫コンテキストアウェアにおけるデータマイニング技術の応用

ここまで述べたようなコンテキストアウェア機能を実現するために、OKIでは医療・健康分野向けを含めたさまざまな用途向けに、プロトタイプシステムの開発や実証実験などを行っている。これらの目的を達成するには、環境情報の収集だけでは不足であり、収集した情報をマイニングしてデータ間の相関などを見出すことで、状況を認識しそれに応じた効果的な対処をするためのルールを導き出すことが重要である。

 

例えば、緊急時やそれまでの経験にないケースでは、それに対してどうアクションすることが適切かわからないことが多い。そこで、過去の情報からデータの相関や普段の行動パターン・嗜好を解析し、それに対しての効果的なアクションを発見し、それをするルール化しておくことが必要である。

さらに、例えば遠隔見守りの場合、例えば冷蔵庫の開閉回数を監視していた相手が、病気などで食事サービスを受けるようになると開閉回数が激減することなど、対象者の行動パターンが変わる場合がある。そうすると、それまで使っていた見守りのための判断ルールが適切なものではなくなってしまい、修正することが必要になる。そこで、あらかじめ用意したルールも環境に応じて修正することが必要である。また、利用者の環境に応じた情報やサービスをリコメンド(推奨)するケースでは、常に何をリコメンドすれば効果的かを検証しながらルールを改善していくことが重要である。

このように、コンテキストアウェア機能を実現するための判断ルールは、常に環境の変化に応じた変更や、より効果的な対処を選択できようにするための修正が必要なものであり、だからこそ、開発時に仕様を固定化して以後の修正が困難なプログラミング言語で記述するのではなく、ITシステムの開発者ではない、サービスの管理者などが自ら記述・修正できるようなルールの組み合わせで実現することが必要であるものと考えている。

そのため、OKIでは、センサーなどから得られたコンテキスト情報をデータマイニングして判断するためのルールを、容易に作成できるプラットフォームを検討している。これにより、サービス事業者やユーザ自身によってルールの作成・追加や修正ができ、最適なサービスを容易に・継続して提供可能となることを目指している。また、効果的なルールを作成できるようにするためのデータマイニングのさまざまなノウハウも取得して行きたいと考えている。

≪4≫今後の課題と進展

OKIでの、総務省開発プロジェクトでの実証実験検討や他の実用化検討を通して、このようなシステムの実用化に向けての今後の課題と進展について述べる。

(1)コンテキストアウェアサービスの実現例が少ない

センサー・端末やネットワークのインフラ整備には投資が必要であり、個別ケースごとに実現するのでは非常に高価なシステムになってしまう。安全確保や収益向上(費用削減)などの明確な効果が見出せずに、ただ「便利」なだけのシステムでは投資に見合うだけのメリットが見出せないだろう。よって、政府や医療機関などと連携し、具体的な業務用途向けの事業を構築し、実績を作り、市場を広げることが必要である。

(2)プライバシー保護が課題

医療や健康などのコンテキスト情報は、個人情報であり、プライバシー侵害への配慮が必須である。欧米などの事例を研究し、適切な法制度や市場啓蒙のための教育活動なども合わせて構築していくことが必要である。


参考文献

(1)宮本和彦氏「ユビキタスネットワークの研究開発を加速する次世代アーキテクチャ構築に向けたご提案」平成19年6月28日、ユビキタスネットワーキングフォーラムシンポジウム

(2)下畑光夫「コンテキスト:ユビキタス社会の“見えない”個人情報」OKIテクニカルレビュー2008年10月/第213号Vol.75 No.2

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