[特集]

NGN時代のモビリティとセキュリティ(4):ITSにおけるNGNの価値

2008/09/04
(木)
中ノ森 賢朗

NGN(次世代ネットワーク)では、いつでもどこでも安心・安全にネットワークを介して生活、仕事ができるユビキタス社会の実現を目指しています。しかし、「いつでもどこでも」というモビリティ(移動性)を求めると、そこには「安心・安全」というセキュリティとのバランスも当然必要になってきます。本連載「NGN時代のモビリティとセキュリティ」では、モビリティを実現するさまざまな最新技術の動向と、セキュリティとのバランスのあり方について、現場の第一線で活躍される専門家の方に解説していただきます。
第4回は、沖電気工業株式会社 ITSソリューションカンパニー プレジデントの中ノ森賢朗(なかのもり やすろう)氏に、新しい移動通信のプラットフォームとして注目されているITSについて、説明していただきます。(文中敬称略)

≪1≫実用化され始めたITS

ITS(※)は、自動車交通分野にICT(情報通信技術)を導入することにより、自動車交通の安全性、快適性、効率性などを向上させることを目的としたシステムの総称です。身近な事例としては、リアルタイムな交通情報をカーナビに配信するVICS(※)、高速道路の料金所をスムーズに通行できるETC(※)、自動車メーカー各社が運営する会員向けテレマティクスサービス〔G-BOOK(トヨタ)、カーウイングス(日産)、インターナビ(ホンダ)〕などがあります。

これらのシステムやサービスを実現するには移動通信機能が不可欠ですが、VICSサービスのスタート(1996年4月)以前は、業務用を除けば、AM/FMラジオと高級車の一部に装備が進んでいた自動車電話、普及が始まったばかりの携帯電話くらいしか外部とのコミュニケーション手段がなく、ITSを実現する環境にはありませんでした。その後、DSRC(※)技術を使った路車間通信システム(図1)の実用化(VICSやETCに採用)や携帯電話の普及・発達が、多様なITSの実現を可能にしました。

図1 DSRC路車間通信システム(クリックで拡大)

※ ITS:Intelligent Transport Systems、高度道路情報交通システム
※ VICS:Vehicle Information and Communication System、道路交通情報通信システム
※ ETC:Electronic Toll Collection、自動料金支払いシステム
※ DSRC:Dedicated Short Range Communication、専用狭域通信

DSRCとは通常、社団法人電波産業会(ARIB)がARIB STD-T75として規格を発行している無線通信システムのことを指します(表1)。小さなゾーンにおいて、双方向に高速・大容量の伝送を可能にする無線通信であるDSRCの最大の応用例が、高速道路の料金所で使われているETCです。ETCは、料金所ゲートに設置された路側機とETC車載器との間で通信を行い、車種情報、入口・出口情報などを取得、通行料金を確定して引き落とし処理などを行います。ETCの導入により、利用者が一旦停止して料金精算などを行う必要がなくなっただけでなく、料金収受員の負荷軽減や、料金所周辺の渋滞緩和にも役立っています。また、料金所決済だけでなく、駐車場などの入退場管理、ガソリンスタンドなどでの自動料金決済、フェリーの乗船管理などが考えられ、一部実用化も始まっています。ETC車載器は、2001年12月に全国展開されてから、2008年7月までに約2401万台(財団法人道路システム高度化推進機構資料より)が車に装着されてきました。ETC車載器の全国的な普及率は30%程度ですが、高速道路のETC利用率は週平均で70%超となっており、ETC車載器の普及とともに料金所以外で車載器を使った新しいサービスが次々と出てくるものと考えられます。

表1 DSRCの電波規格概要(クリックで拡大)

≪2≫進化するITS

〔1〕1台1台の車をセンサーにする「プローブ」

様々なところで活用され始めているITSの一つに「プローブ」というシステムがあります。プローブは、個々の自動車をセンサーとして時々刻々と変化する道路の状況を連続的に把握するシステムです。例えば、都内を走るタクシーに時計とGPS、送信機を装備しておけば、時刻ごとのタクシーの位置情報を基に都内の各道路の平均速度や渋滞状況などをリアルタイムに把握することができます。これまでの交通流を計測するシステムは道路に固定されているため設置箇所以外は計測することはできませんでしたが、プローブは「自動車が走るすべてのエリア」を対象として道路の状況を把握することができます。

位置情報以外にも、ワイパーのON/OFFや強/弱/間欠の情報、路面センサーの情報などを基に、降雨とその強弱の状況、路面の滑りやすさの状況などをリアルタイムに把握することもできます。こうして得られた情報は、道路整備計画の立案や、業務用車両の配送・運行ルートの設定、ドライバーへの危険区間の通知などに活用されています。

プローブ情報の道路整備計画の立案への利用は、3~4年前あたりから、地方整備局で進められきました。具体的には、交差点ごとの渋滞状況を把握し、道路改良計画の立案と改良後の効果測定に利用されています。車両への配送・運行ルートの設定、ドライバーへの危険箇所の通知については、2003年からサービスを開始されたインターナビプレミアム(ホンダ)等のテレマティクスサービスの一つとして提供されています。

〔2〕車々間通信システム

国や自動車メーカー各社が研究開発を進めているテーマに、車々間通信システムを使った安全運転支援システムがあります(図2)。

図2 車々間通信システムを使った安全運転支援システム(クリックで拡大)

お互いの位置をリアルタイムで知らせあい、見えにくい交差点などでの出会いがしら事故や、右折時に対向右折車の陰に隠れて見えない直進車と衝突する右直事故の防止などに効果があると考えられています。また、前方で発生している事象をリアルタイムに後続車に伝えることにより、渋滞末尾の追突事故の回避にも効果があると考えられています。さらにこれらの情報を収集蓄積することで、危険箇所の調査や事故発生のメカニズム分析などに役立つものと期待されています。

車々間通信システムは、車と車がセンターを介さずに直接通信を行うためリアルタイム性に優れるとともに、コミュニケーションを必要とする自動車同士が情報交換可能な、柔軟性にも優れた通信システムです。この無線通信システムは、ETCと同じDSRC技術を基礎としています(表2)。

表2 車々間通信の電波規格概要(暫定版)(クリックで拡大)

自動車はICT、とりわけ外部との通信手段を手にしたことにより、「情報の集配信」という新たな機能と役割を持つに至りました。つまり、ITSの進展により自動車交通の分野は、これまで「やり過ごすしかなかった情報」を収集し活用することができるようになり、これをプラットフォームとして新たな価値を創造するステージに入りつつあると思います。

〔1〕のプローブ・システムのように24時間切れ目なく、道路上で発生している気象や地象、災害、事故などに関する様々な情報を収集・加工することによって、新しい価値を持った情報が生成されはじめています。例えば、時間ごと、曜日ごと、季節ごとに変化する交差点での渋滞状況を把握することによって、交差点改良工事の基礎データにしたり、ドライブレコーダの情報から事故発生や急ブレーキを操作した場所を把握することによって、危険箇所マップを作成しドライバーに注意を促すことが可能になります。

加えて、今後の発展が期待されるテーマとして「情報の配信」があります。例えば、車々間通信システムを応用すると、バスに搭載したサーバから、車々間通信端末を装備した道路沿いの電子掲示板に情報を配ることが可能になります。用途としては、バス利用者の利便性を高めるほか、周辺店舗の広告やイベント案内、工事や事故、混雑状況など地域情報の伝達などが想定されます。

自動車が移動通信でつながることにより、道路ネットワーク上に情報集配信ネットワークが形成され、渋滞の削減や安全性の向上などに寄与する情報が収集・提供されることになります。

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