≪6≫IEEE 1888の標準化が拓く新しいスマートグリッド市場
■ 新プロトコル「IEEE 1888」の標準化によって、新しいマートグリッド市場が拓けてきますね。
江崎 そうですね。IEEE 1888は、中国と日本が協働で進めている標準化活動であることを踏まえますと、今回、世界に先駆けて接続実験検証が成功したことは、国内の電力削減にとどまらず、国内企業のスマートグリッド関連の製品化に向けて大きく貢献し、また中国市場への開拓とつながり、関連する企業の産業活性化へとつながっていくと思います。今回の実験でも、私たちと中国は離れているためお互いに直接開発をやっていませんが、中国で独立に実装して日本に持ってきた機器もきちんと動いたというのは、IEEE 1888の仕様がうまくできていたという証でもあると思います。
今回の相互接続検証では、既存のビルディング・オートメーション技術(BACnet やLonworksを含む)などのセンサーで観測された情報(例えば、電力・空調・照明・気象など)が複数のベンダー間をまたがって取扱われました。
IEEE 1888に準拠した機器としては、
(1)観測情報の収集を可能にする機器
(2)情報の蓄積を行う機器
(3)情報の見える化を実現する機器
(4)プロトコルテスター(コンフォーマンステスト)
がそれぞれ持ち込まれ、これらの連携が行われました。検証実験への参加企業・団体は表2に示す通りです。
参加企業・団体名 | 参加企業・団体名 |
---|---|
Beijing Internet Institute(BII) (中国で作成された製品) |
株式会社ユビテック (BXオフィス:照明制御/可視化) |
NTTアドバンステクノロジ株式会社 (テストソフトウェア) |
国立大学法人静岡大学 (スマートメーター/センサー) |
ダイキン工業株式会社 (空調機器) |
国立大学法人新潟大学 |
株式会社ディー・エス・アイ (ゲートウェイ) |
国立大学法人東京大学 (参照コード) |
株式会社山武 (ゲートウェイ) |
他 4社 |
■ IEEE 1888準拠の機器はいつから市場に出てくるのでしょうか。
江崎 製品は、すでにカスタムメイドのような製品も含めて、市場に登場しています(開発中のところもあります)。例えば、ユビテック社の「BX-Office」(オフィスの照明設備や監視設備等の複数の設備制御システムを連携可能と製品)やシスコのIEEE 1888準拠のルータなども登場しています。その他、数社から発売されています。
また、海外からは、すでにインドの情報通信省、タイのアジア工科大学(AIT:Asian Institute of Technology)や、シンガポールの情報通信政策をすべて決めているシンガポール情報通信開発庁(IDA:Infocomm Development Authority of Singapore)などをはじめ、IEEE 1888の導入について、多くの問い合わせがきています。
≪7≫成果を上げるIEEE 1888システム:横浜市・金沢産業団地
■ IEEE 1888システムは、いわゆる、ホームネットワーク向けというよりはビルディングネットワーク向けの通信規格ということなのでしょうか。
江崎 IEEE 1888は、両方に対応可能となっています。すなわち、プロトコル的には区別はまったくしていないので、ホームネットワークでも可能なのです。
IEEE 1888が、実際に動いているシステムとしては、この東大グリーンICTの本郷キャンパス内 工学部2号館がありますけれども、もう1カ所、横浜市の金沢産業団地(横浜市金沢区の臨海部)でも、IEEE 1888の実証実験をやっています。金沢産業団地は60社の中小企業が集まっている産業団地なのですが、クラウド型で電力消費などのリアルタイムモニタリングが可能となっています(図1、図2)。
金沢産業団地には、単なる会社ごとの全体の電力使用の状況の見える化だけでなくて、会社の中の各系統ごととか、あるいはフライス盤などの生産設備の各機器ごとの見える化までやっている工場もはいっています。ここで重要なことは、広い団地に存在する複数の会社が協力をしあって、電力消費を下げるようなプラットフォームの実験が、うまくいったということです。
ちなみに、今回の震災で、この金沢産業団地(幸いにも計画停電の対象外となっています)も、節電しなくてはいけないということで節電した結果、図3に示すように、2011年3月11日以降は30%程度、自主的に節電できたデータが、リアルタイムのデータとしてあがっています。これも、IEEE 1888システムを用いて制御しました。また、図4に示すように、金沢産業団地における電力削減量(3月12日~31日:38万kWh)と電力削減率を示しますが、電力削減率(3月12日~31日)の平均は44%にも達しています。
■ IEEE 1888のプロトコル位置づけですが、例えばホームネットワーク場合、物理的には有線だとPLCがあったり、無線だとZigBeeがあったりしますが、IEEE 1888はどこに位置するものなのでしょうか?
江崎 IEEE 1888のプロトコルは、レイヤ3のIPと思ってください。ですからレイヤ1の物理層やレイヤ2のデータリン層(MAC)には依存しないプロトコルとなっています。
≪8≫今後のポイント:2011年夏の電力ピークをどう乗り越えるか
〔1〕東大工学部2号館は、4月4日に、全館のIEEE 1888化が終了
■ 今後、現在の原子力発電の事故の状況からみて、電力供給の環境は一層厳しくなることが予想されますが、これから取り組んでいくうえでポイントとなる施策や方針をお話しいただけますか。
江崎 浩氏
(東大グリーンICTプロジェクト代表、東京大学教授)
江崎 なんと言いましても今回の震災規模が大きいですから、これへの対応が第一です。
幸いにして、東大の工学部2号館は4月4日に、全館のIEEE 1888化が終了しました。これを実現するためには、東大グリーンICTの予算だと足りなかったので、大学と相談して(国からはもらっていませんが)、大学から半分、東大グリーンICTプロジェクトが半分出す、つまり産・学で50%:50%という配分になりました。
■ どれくらいの予算規模なのでしょうか。
江崎 普通の予算の中から、基本的には大学が2500万円、プロジェクトが2500万円くらいで、計5000万円弱くらいの予算規模で作りました。このIEEE 1888システムは、この2011年3月末までに東大に納品を完了することになっていましたので、震災中にも突貫工事のような状況でIEEE 1888化の作業をしていました。また、各先生方にも新システムの使い方(見える化の仕組みや利用方法)の説明も全部終了しました。電気系の先生方には震災前に、機械系の先生方には震災の直後に説明を行いました。
〔2〕アクティビティ(活動)を維持しながら電力の削減
■ それは、震災前後の厳しい環境の中ほんとうにご苦労様でした。
江崎 ご存じのように、東大は震災の直後に「すべてのアクティビティ(活動)を停止させよ」という命令が出ました。すなわち、ネットワークとか、生き物を扱っている実験設備とか、どうしても動かさなければいけないものを除いて、その他は、寒いけれどもエアコンも切れ、暗くなるけど電気も付けるなという状況でした。この結果、電気の使用量を去年実績の50%まで削減しました。
また、すでに東大全学の「電力危機対策室」という組織ができていますが、東大では、このような状況でも、研究と教育のアクティビティは従来通り維持しながら、節電するというのが大方針となっているのです。
とくに、この夏(2011年の夏)に電力消費のピークを迎えるわけですが、夏に向かって、東大全体で「前年比30%カットで、研究を続けられる体制を作る」、ということになっていまして、そこに私は参画することになったのです。それは、結局何をしなければならないかというと、「アクティビティを下げずに、無駄にしているところを探して電力をカットする」しかないわけです。
〔3〕クラウド技術を100%利用するシステムへ
江崎 それから、例えばクラウド技術を使って、省エネするというのも、これは前からずっとやってきた話なので、クラウドを100%利用する。それから同時に、停電するというリスクも考えなければならないので、いわゆる停電リスクに対してのコンピュータシステムの設計と実装を、夏までに終えるということになっています。
≪9≫東大キャンパスの電力使用情報をスマートフォンで「見える化」へ
江崎 その中で、最初にわれわれは何をするかというと、東京電力が被災後に、リアルタイムでYahoo!(http://www.yahoo.co.jp/)などに出ている「現在の電力使用量(kW)、供給能力(kW)、使用率(%)」等の表示がありますね。それと同じような表示(見える化)を、リアルタイムに本郷キャンパス全体で実施します。また、その毎日の状況をWebページに貼り付けて、twitterでも流す予定です。すでに、本郷キャンパス工学部2号館に関しては、動作を開始しました(http://www.gutp.jp/)。
■ いよいよIEEE 1888(スマートグリッド)の実力発揮の時ですね
江崎 しかし、それだけでは不十分ですから、東大本郷キャンパス全体の電力状況を「見える化」しようとしています。実は、東大の弥生門の入り口に特高(特別高圧)6万ボルトの中央変電所があるのです。その6万ボルトのところからデータを引き抜いて、その電力情報のデータをネットワークにのせ、オンライン化しようと思っています。
さらに、キャンパスの中のすべての建屋(ビル)ごとのデータを取ってオンライン化して同じようにするということが、東大全学の電力危機対策室の決定事項となっています。
■ それはいつまでに実現する計画ですか。
江崎 それは、まさに実装が間に合うかどうかの戦いですが、2011年夏までに実現しないと意味ないのです。少なくとも、本郷キャンパス全体の見える化に関しては、5月の連休明けには稼働開始の目途がたちました。
■ 先ほどの見える化というのはスマートフォン(携帯端末)などでも見えるのですか?
江崎 浩氏
(東大グリーンICTプロジェクト代表、東京大学教授)
江崎 はい。もともと東大グリーンICTではそのように設計しています。そのなかで、工学部2号館は幸いインフラが整っていますので、外部に対しても「広告塔のようにしましょう」というに計画になっています。ですから、最初に計画していたキャンパス全体の「見える化」を、この震災を契機に、時間との戦いになりますが、IEEE 1888で実現することになります。
そのため、現在は、建屋ごとにずいぶん違うのですが、系統ごとにデータを取れるかどうか、点検しながら突貫工事を進めています。この系統という場合、エアコン系統あるいは照明系統というような用途別の系統の分け方や、200ボルト系や100ボルトのような電圧別の系統に分かれていると非常に運用・管理しやすくなると思っています。
■ キャンパスの電力の使用状況をスマートフォンでオープンに「見える化する」というのは、セキュリティ上、問題はないのでしょうか。また、学生に限定するのか、一般にも開放するのかという問題もありますね。
江崎 そうですね。セキュリティの関係から当然パスワードで管理することが必要になりますが、多分、学生にまでオープンにして見せるというのは、Web上ではやらないと思います。ただし、各建物個別ではなく、本郷キャンパス全体の電力の利用状況は、先ほどのyahoo!のように、学生も含め外部の人にも見せたいと思っています。そのほうが社会的にもエネルギー問題への関心をアピールできると思います。
≪10≫東大のIEEE 1888システムが与える全国的なインパクト
■ そうだと思います。今回の東大のIEEE 1888システム化の試みは、東大だけでなく、全国的にインターネットの取り組みが進んだように、全国のいろんな大学、高校、小中学校などへの波及効果というのが大きいのではないのですか?もちろん、企業をはじめ、自治体へなどの関心が高まると思いますが。
江崎 すでに、とても大きな反響をいただいています。ですから、早く動かして見せなきゃいけないわけです。とくに、今年(2011年)の夏の電力危機に向かって「こうやればできますよ」ということを先に出さないといけないんですよ。これも時間との戦いなのです。少なくとも東大工学部2号館はすでに完成し動いていますから、すぐにも公開をすることが大切だと思っています。
■ そうですね。東大工学部2号館のモデルだけでも、非常に参考になると思います。
江崎 はい。ただ、東大本郷キャンパス全体をモデルとして公開することは、夏には間に合わないかもしれません。ここで重要なポイントは、今回のエネルギー(電力)危機は、2011年の夏だけの問題ではありません。原発問題を含めた、エネルギー計画の見直しを考えますと、これは3年単位くらい(あるいはさらに長い期間で)で考えなくてなくならない課題です。
すなわち、今後は、省エネ化をして小さい電力で、これまでと同じ仕事、あるいは毎年5%程度成長できるようなシステムを作らなければならないのです。そのためには、それが実現できるようなインフラを作らなければならないのです。これは、従来のシステムの延長線でできることではありません。
≪11≫当面の3つの課題と重要な中小企業の電力消費の削減
■ 最後に、当面の課題や豊富についてお話いただけますか。
江崎 今回の震災直後の異常な緊急事態のなかで、電力の利用状況をモニタリングできたのは、グリーン東大のICTシステムがあったからできたわけです。この東大工学部2号館のビルでは、ピーク電力30%削減の実現に向けたインフラの準備ができました。
このような体験を通して、当面の課題は3つあります。
具体的には、
(1)最初の課題はシステムすべてを止めること(すでに実施)
(2)次にこの夏(2011年夏)に向けての挑戦(ドリル)
(3)もっと長い「3年単位の計画」
があります。
例えば、IEEE 1888システムを、まず最初にすべて停止したときに効果があったのは、一体、東大工学部2号館のビルの中で、何が最低限動いているのかというのが、わかったことです。これは全部止めたからわかったことなのです。これによって、どの系統が何%電力を消費しているかというのを、「システムの健全な運用時」と「完全にシステムを停止した時」の差が全部見えたのです。
次に、今夏に向けてデマンド・コントロール(電力の需要制御)を行うのです。昨年比で30%の電力消費のカットを、どのように実現していくのか、これが当面の大きな課題です。
さらに、3年単位で電力消費の削減計画の目途が立てば、それ以降のサステナブル(持続的)で効率的なIEEE 1888システムの運用を行うことができるようになると確信しています。
■ その頃には、この東大グリーンICTシステムが一つのモデルになって、いろいろなビル、工場、学校などに普及していく時期にもなりますね。
江崎 はい。そのようになるだろうと思いますし、そう期待いたしています。ただ、この時、考えておく必要があるのは、日本のエネルギー消費での中で、中小企業の比率がけっこう高いということです。だいたい家庭3、大手企業3、中小企業3、いわゆる3:3:3というくらいになっています。そうすると、中小企業向けに、操作が容易なシステムのパッケージ・モデルが必要なのです。
そのようなパッケージ・モデルの規模は、ビルで例えば1フロアぐらいのスケールのシステムです。そのようなターンキーシステム(一式で実現できるシステム)がきちんとできれば、中小企業の設備管理もIT化されて、電力消費を大幅に削減できるようになると期待しています。
具体的には、東大グリーンICTのメンバーには大・中・小企業や大学をはじめ、大塚商会さんのような、中小企業にたいする営業・販売チャネルに強い会社の協力を得て進めたいと思っています。
東大グリーンICTプロジェクト(GUTP)は、新しいIEEE 1888システムを背景に、今後も大幅な電力節減を目指しながら経済の発展にも貢献できるよう努力していきたいと思っています。同時に、地球環境の保全とエネルギー危機への対応を、産・官・学が協力して、研究開発活動を展開していきたいと思っています。
■ 本日はお忙しいところありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。
最後になりましたが、このたびの東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)で被災されました多くの皆様に心からお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復旧、復興を心よりお祈り申し上げます。
(終わり)
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第2回:グリーン東大の目指すゴールとシステム構成
第3回:グリーン東大発のNISTやIETFなどへの標準活動
<スマートグリッドスペシャル・インタビュー>
スマートグリッド向け新プロトコルによるIEEE 1888システムの構築を聞く!(前編)
スマートグリッド向け新プロトコルによるIEEE 1888システムの構築を聞く!(後編)
プロフィール
江崎浩(えさき ひろし)氏
現職:
東京大学 大学院 情報理工学系研究科 教授
【略歴】
1963年 福岡県に生まれる
1987年 九州大学 工学部電子工学科 修士課程修了
1987年 (株)東芝 入社 総合研究所にてATMネットワーク制御技術の研究に従事
1988年〜1990年 米国ニュージャージ州 ベルコア社客員研究員
1989年〜1994年 米国ニューヨーク市 コロンビア大学 CTR(Centre for Telecommunications Research)にて客員研究員。高速インターネット・アーキテクチャの研究に従事
1994年 ラベル・スイッチ技術のもととなるセル・スイッチ・ルータ(CSR)技術をIETFに提案(RFC 2098、RFC 2129)し、その後、セル・スイッチ・ルータの研究・開発・マーケティングに従事。 IETFのMPLS分科会、IPv6分科会において、積極的に標準化活動を展開。
1998年 東京大学 大型計算機センター助教授に就任
2001年 東京大学 情報理工学系研究科 助教授に就任
2005年 現職(東京大学 情報理工学系研究科 教授)工学博士(1998年 東京大学) 2005年 東京大学 情報理工学系研究科 教授 工学博士(1998年 東京大学)
2010年 WIDEプロジェクト代表に就任
2010年 東大グリーンICTプロジェクト(GUTP)代表に就任
【主な活動】
WIDEプロジェクト統括執行役(COO)。IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長、ISOC(Internet Society)理事(Board of Trustee)
【最近の主な表彰】
2004年:情報処理学会 論文賞/総務大臣表彰(グループ受賞 グループリーダー)/IPv6 Forum Internet Pioneer Award、グリーンITアワード2009 審査員特別賞(グリーン東大工学部プロジェクト)等
【主な著書】
インターネットRFC事典(笠野英松 監修、共著、アスキー、1998年)/インターネット用語事典(江崎浩 監修、I&E研究所、2000年)/インターネット総論(小林 浩/江崎 浩 共著、共立出版、2002年)/MPLS教科書(江崎 浩 監修、IDGジャパン、2002年)/IPv6時代のインターネットプロトコル詳解(インターネットプロトコル詳解編集員会編、毎日コミュニケーションズ、2003年)/IPv6教科書(インプレスR&D、2007年)/P2P教科書(インプレスR&D、2007年)