4つの部門をもつIEEE SGVP
IEEE スマートグリッドビジョンプロジェクト(IEEE SGVP:IEEE Smart Grid Vision Project)は、30年先を見据えてスマートグリッドの将来像を明らかにすることを目的としている。その他の基本的な目的は、
- ビジョンを評価する際に必要な参照モデルの提示
- 技術進歩のロードマップ予測の提示
- ビジョンを実現するための技術研究ニーズと関連する技術規格の明示
- ピアレビューされた出版物の作成
などである。特にスマートグリッド関連において、長期的な研究を行う、もしくは、資金提供を受けている産業界および学術団体にとって有益な情報を提供することを目指している。
現在、IEEE SGVPには、次の4つの部門が存在する。
- 通信部門
- 電力・エネルギー部門
- 制御システム部門
- ITS(高度道路交通システム)部門
各部門間ではプロジェクトの遂行に関して協力しつつ、検討したビジョンを共有するとともに、議論は独立して行うことが定められている。
IEEE SGVPは招待を基本としたメンバーによって非公開で議論されているため、中身については公開されていない情報を多く含んでおり引用がないこと、詳細なメンバー構成や議論内容についても非公開であることから、その詳細の記載を割愛させていただくことをご容赦いただきたい。
スマートグリッドにおけるデファクト標準の競争優位性を考える
米国におけるスマートグリッドの標準化は、米国商務省の傘下にあるNIST注2が中心となりSGIP注3を運営して相互運用性確保のためのフレームワーク「NIST Release 1.0」注4をまとめ、スマートグリッドの実現に必要と認められた標準技術やPAP(Priority Action Plan、優先行動計画)を推進してきた。2011年10月には「NIST Release 2.0」へと新バージョンに発展し、IEEEを含む各標準化団体はそのPAPのタイムスケジュールに従う形で、標準化ならびに規格の統合化作業を行っている。
欧州においても欧州連合(EU:European Union)が中心となり、EC Directives(EU指令)注5、EC Mandates(権限)注6といった具体的な指示のもとに着実に標準化を推進する一方で、米国に対しても積極的な国際協調が行われている。
一方で、スマートグリッドの導入目的は各国で異なる。例えば、日本においては再生可能エネルギーの大量導入が主たる目的にあるのに対し、米国では老朽化した電力網のアップグレード、欧州では欧州内の仕様の統一化、といった各国個別の課題の解決が目的にある。したがって、実際にはスマートグリッドという世界共通の概念をもつことさえ難しく、今後の国際標準化が順調に進み普及できるかどうかは不明なところもある。
IEEE SGVPの動きは、米国の戦略の多様性確保ではないだろうか。NIST/SGIPが主導する国際協調を基本としたスマートグリッドの標準化を行う一方で、これから本格化する市場競争に備え、製品の早期の市場投入とそのデファクト標準化を推進する。
日本では、多くの企業が参加して全国各地でスマートグリッドの実証実験が行われており、世界的にも目覚ましい成果を挙げている。この成果をどう事業に活かしていくか。そこで、今後日本が、
- 市場の醸成を待ち、相互運用性の実現を待つという基本戦略と併せて、
- IEEEが推進する「早期の市場投入のための標準化」に日本の実証実験の成果を持ち込み、
- 国際標準というお墨付きを得て製品の展開や、輸出の展開を行う。
というような多様性のある戦略をもつことは、市場自体が画一的でなく多様性をもつスマートグリッド市場への対応としてはふさわしいのではないかと考える。
Profile
井上 恒一(いのうえ こういち)
慶應義塾大学 先導研究センター 共同研究員
1996年、慶應義塾大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。米国シリコンバレーの通信機器ベンチャー、国内ベンチャーキャピタルにてキャリアを積む。情報通信技術の革新による社会情報基盤の未来に関心があり、研究と事業の両面で「情報基盤」に取り組んでいる。研究領域ではスマートグリッドと新世代ネットワーク、事業領域ではアプリケーション/サービス基盤として注目されるソーシャルメディアに携わっている。株式会社タイムラインマーケティング代表取締役。国立情報学研究所特任研究員。2010年より現職。
▼ 注2
NIST:National Institute of Standards and Technology、米国国立標準技術研究所。
▼ 注3
SGIP:Smart Grid Interoperability Panel、NISTが、2009年11月に立ち上げたスマートグリッド相互接続性パネル。このSGIPは、2012年7月、SGIP 2.0 Business Sustainment Plan(SGIP 2.0 ビジネス維持計画)によって、これまでのように政府が支援する組織ではなく独立した組織として、「SGIP 2.0 Inc.」となった。
▼ 注4
NIST Release 1.0:正式名は「NIST Framework and Roadmap for Smart Grid Interoperability Standards Release 1.0」(スマートグリッドの相互接続性標準に関するNISTフレームワークとロードマップ リリース1.0)。2010年1月に発表、2012年2月にはリリース2.0を発表した。
▼ 注5
EC Directives:EU指令。EU指令は、EUの立法機関であるEU理事会などで制定される地域法で、加盟国は、目的を達成する義務を負うが、その達成の方法や形式は各国に任せられている。
▼ 注6
EC Mandates:EU権限の付与。欧州連合(EU)が発する欧州各標準化機関(CEN、CENELEC、ETSI)へ欧州の標準化規格制定の権限を付与。その結果、制定されたEU指令の例として、M/441指令(スマートメーター)、M/490指令(スマートグリッド)、M/468指令(電気自動車の充電)などがある。CENは欧州標準化委員会、CENELECは欧州電気標準化委員会、ETSIは欧州電気通信標準化機構のこと。