日本の大企業全体が陥っている病気:日本のA社がiPodに負けた理由
村上:そういう議論がすごく大事だと思います。結局、新規事業の場合、障害になるのはファイナンス(資金調達)です。
例えばA社がiPod的な商品をはるか昔に企画していたにもかかわらず、MD(ミニディスク)ビジネスとの関係を心配して、ビジネスに踏み切れなかった。A社はグループに音楽コンテンツ会社やISP(インターネットサービスプロバイダ)などをもっていますが、それでもなお、何も関係会社をもっていなかったアップルのスティーブ・ジョブズ氏に、先に事業化されてしまいました。
実情は各社個別の話なので正確なところは知るよしもありませんが、これは、電子機器屋という守備範囲の中だけでその商品性を評価していると、その商品の潜在的な横の広がりと可能性を見抜きにくくなってしまう好例になるのかもしれません。
例えばMDというキーとなる商品をもっていると、それに縛られて、ネットや音楽など関係する隣接市場に話を広げた瞬間にMD市場自身の行く末が気になり、広い視野からの商品性の評価ができなくなってしまうという現象が起こるのです。だから、Walkmanを作った国が、iPadに負けてしまう。
江崎:霞が関の象徴的問題点ともよく言われる縦割り型の組織ガバナンスの問題と、新しい領域への挑戦を長期的な研究開発とともに推進するための体力と戦略、そして実行力が衰退しているという問題であり、それらの現象の具体例になりますね。
村上:実は、これはA社が悪いということではなくて、日本の大企業全体がある程度共通に陥っている病気のように感じます。つまり、リターンが高くなければいらないのに、その戦略的評価のフォーカス(焦点)がものすごく狭いところで起きているのです。「もう一度見直してみると、案外MDよりもこっちのほうが大事なのではないか」というような発想の土壌がなかなかないのです。
江崎:やっぱりそうですか。私は大学で、「日本のIT企業はどうして潰れたか」という講義をしていますが(会社勤務時代もそうでしたが)、結論から言うと、武器(戦術)からシナリオ(戦略)を考えるから失敗するのです。
村上:その通りです。
江崎:これを、武器(戦術)ではなく戦略の側面から考えて、「たまたま使える武器があった」というのが一番理想的なケースなのです。
村上:そうですね。それを別の言い方をしますと、供給側(サプライサイド)からの発想でつくられた製品のコンセプトで市場を獲得しようとするのですが、現在、市場が求めているのは、需要側(デマンドサイド)から見た製品であり、そこに技術を戦略的に当てはめていくと長期の取り組みが必要になる。でも、「それはできない」ということになります。だから、相変わらずサプライサイドからの視点で、例えばメーカー独自仕様のテレビ商品を市場に提供しているのです。
江崎:そうですよね。
村上:しかし、それはもうあり得ない。世界のマーケットで勝ち抜きたいのでしたら、独自仕様化した技術だけにこだわっていては勝てない。いまだに消費者側の目線に目覚めてないわけですよ。
結局、大企業はお金はもっていても、こうした自分の企業が直接触れる市場を超えた、より広い視点からの評価や、消費者から見た素直な目線での評価ができないため、長い目で見た投資に手が出せない。例えば、電力事業への新規参入にも動けない。逆に、大企業ではない資金をもっていない新しい人たちの方が感度がよく、新規事業を起こそうとする。でも彼らには、資金がない。場合によっては、今度は行政の補助金が必要だという話になる。補助金を付けて事業のきっかけをつくってもいいと思いますが、きっかけだけでは事業にはならないのです。
江崎:そうですよね。
村上:さらに、行政から補助金をもらい続けようとすると、その事業が赤字でなくては補助金をもらえないことになる。
江崎:そうそう。それは麻薬のようなものと言われていますよね。
村上:つまり、「補助金を守るために、赤字構造を維持するモチベーションが働く」という、恐ろしい事態に陥るわけですよね。
江崎:そうそう。
村上:どのようにしてこのような構造を変えるかという場合に、現状は、京セラや第二電電(現KDDI)などを創業した稲盛和夫さんのような、ご自身が信用力をもっていて、さらに会社の領域を超えて何か天才的にことをやってしまうような人が、偶発的に出現するのを待っているしかないのかもしれません。これはなかなかの難問です。
江崎:あの時は、電電公社が構造的にイノベーションを生む可能性がない、すなわち構造改革が期待できないので、基本的には競合相手をつくるしかないという事情がありましたね。
このような現象と同じことが、現在、電力・エネルギー分野に関しても考えられていて、電力の自由化に向けた戦略がしっかり作られたうえで、それを実現する武器(戦術)として「42円で20年ファイナンス」のFITがある、そういうイメージですかね。
村上:そうです。まさに、FITは、単なるツールというより、電力の自由化に向けた1つのシナリオ(戦略)としての側面をもっていると、自分は思っています。
江崎:多くの人(企業)にとってFITは、ツール(戦術)にしか見えてないのですよ。ツールしか見えないということは、それは結局、先ほど村上さんがおっしゃったように、補助金中毒症になってしまうという一番危ないパターンではないかと、危惧しています。
村上:FIT制度が普通の補助金と違う点は、基本的には再生可能エネルギーという枠にさえはまっていれば、太陽光発電なのか風力発電なのか、どういうビジネスモデルを選択すべきかについて、行政側に裁量性が一切ないことです。決して役所の個別補助をあてにできない。その選択はまったく中立的です。
新規参入事業者にとっては、42円で20年間買い取り続けるというキャッシュフローのベースの保証はありますが、そのFITによって共通に支えられる部分を除き、期初に必要資金を用立てるためのファイナンスなど、その他の部分は、新規参入事業者が自己責任で組まなければ事業になりません。ですから、決して役所の補助金だけで成立するというビジネスではないのです。
だからこそなのかもしれませんが、現状は、自らコーポレートファイナンスを組める信用力のある事業者を除いて、具体的なプロジェクトはなかなか組めていないケースが多いわけです。
江崎:長期的視点と戦略にたって、知恵と勇気をもって電力市場への参入と貢献に挑戦するプレイヤーの登場を期待していますし、そのための戦略的なツールとしてFIT制度が利用できると期待されているということですね。