ITのシリコンバレーに対しUXのサンフランシスコ市
情報端末を街中に設置するニューヨークやスマートパーキングの導入に取り組んでいるボストン市など、米国ではSmart Cities Council(SCC:スマートシティ構築のためのフレームワーク作りを行っているスマートシティの業界団体)が設立された2012年ごろから、スマートシティプロジェクトが全米の各都市で進められるようになってきた。これらの取り組みの中でも特に高い評価を受けている都市の1つに、カリフォルニア州のサンフランシスコ市がある。今回は同市の取り組みを取り上げるが、最初にシリコンバレーとサンフランシスコ市との関係について簡単に触れておこう。
シリコンバレーは、サンノゼ、マウンテンビュー、サニーベール、パロアルトなどの複数の市にまたがる、サンフランシスコ空港から南に広がるサンフランシスコ湾の南部地域のことである。一方、サンフランシスコ市はサンフランシスコ湾の北西にある人口およそ80万人の大都市で、同市からシリコンバレーまでは車で1時間ほどかかる。このシリコンバレーとサンフランシスコ市を総称して呼ぶときは「SFベイエリア」と言われる。
サンフランシスコ市とシリコンバレーの両者はいずれも、急成長するスタートアップするベンチャー企業が次々と登場する地域として注目され続けてきたが、両者には大きな違いがある。ご存知のように、シリコンバレーはテクノロジーの先進性で勝負するスタートアップが数多く集まる地域であるが、サンフランシスコはユーザーエクスペリエンス※1(以下:UX)やデザイン性に優れたスタートアップが数多く活動している地域だ。
オープンデータポータル“DataSF”で情報の利活用を促進
サンフランシスコ市の特性は、同市が推進するスマートシティプロジェクトに対する取り組みの中でも活かされている。その代表例として同市のオープンデータポータル“DataSF”(Data San Francisco)がある。
このサービスは、市の行政データを自由に利用できるようにするための情報センター(Webサイト)であり、2009年から運用が開始されている。利用者は通常のキーワード検索のほか、カテゴリー検索やレーティング(ランキング)などの方法を使って必要な情報を見つけ出すことができるようになっている。公開されている情報(オープンデータ)の種類は増え続けており、本稿の執筆時点(2016年2月15日)では、341種類が公開される(図1、図2)。その内容は、例えば、市の財政関係のデータや経済に関するデータ、交通機関や災害に関する情報、健康福祉関連サービスに関するデータなどである。
図1 サンフランシスコ市のオープンデータポータル“DataSF”
図2 DataSFが提供している情報一覧
出所:SF OpenData
ポータルサイトの主な利用者は土地開発業者、アナリスト、住民などで、それぞれのデータ品質(例えば、駐輪場の情報が提供されていた場合、その設置場所や空きスペースの情報に間違いがないかなど)も次第に高まってきているようだ。
簡単な例をいくつか紹介してみよう。サンフランシスコ市内の公立学校の場所を確認したいときは、図1の画面からData catalogの画面を開き‘school’でキーワード検索すると、San Francisco Public Schools - Pointsという情報、つまり「San Francisco Public Schools(学校名)」と「Points(場所)」を見つけることができ、学校の位置関係が瞬時にわかるようになる(図3)。
図3 San Francisco Public Schools - Points
出所:San Francisco Public Schools - Points | Data | San Francisco
また、交通に関する情報サービスを提供したい場合には、図2のTransportationを選択すれば、飛行機のフライト情報や自動車の駐車場情報はもちろん、バス停情報や自転車の駐輪場情報に至るまで、さまざまなデータを利活用することができる。
IoTの専用ネットワークSIGFOXを導入
サンフランシスコ市では、次世代技術としてIoTの波がやってくることを早い時期から予測していた。そのため、2015年秋にはIoT専業プロバイダのSIGFOX社※2とパートナーを組んで、2016年第一四半期までにサンフランシスコ市内にIoT専用ネットワークを整備する計画を進めている。
SIGFOX社のIoTネットワーク(SIGFOXネットワーク)は、すでにフランスやスペイン、オランダ、ベルギーなど、ヨーロッパ10カ国に導入されており、そのネットワークにはすでに500万台のIoTデバイスが登録されている。IoTデバイスとは、各種センサー、火災報知器、パーキングメーター、スマートデバイスなどである。
SIGFOXネットワークでは、UNB(Ultra Narrow Band)※3を使ってデバイスを接続しており、ライセンスフリーのISMバンド※4でオペレーションするので、他の通信機器(例えば無線LAN機器やワイヤレス周辺機器など)との共存が可能だ。現在、SIGFOXはヨーロッパでは868MHz帯、米国では902MHz帯のサブギガ帯を使用している。
SIGFOXネットワークでは、各デバイスは1日あたり140メッセージまで送信することができ、各メッセージのペイロード(1つのメッセージで送信できるデータ長)は最大12バイトとなっている。例えば、各デバイスは1日あたり8バイトのペイロードをもつ4つのメッセージを送信できる。さらに、SIGFOXクラウドではWebアプリケーションインタフェースを提供しており、デバイスの自動管理とデータ統合が容易に行える。
今後、SIGFOX社は携帯電話ネットワークと並行して運用できるネットワークを構築したいと考えており、SIGFOXの導入コストに関しては2つのパラメータ(設定値)が鍵を握っているという。1つはデバイスが変換するメッセージ量、もう1つはネットワークにつながるデバイスの総数量である。今回の導入にあたってはビルなどの屋上にSIGFOXモデムを設置し、公共施設や駐車場、駐輪場、バス停などに備え付けられた湿度センサーなどの情報収集用デバイスから得られたデータを、インターネットが取り込むようになっている。
※1 ユーザーエクスペリエンス:User Experience、UXと略される。ある製品やサービスを利用したり、消費したときに得られる経験や満足度などの体験をいう。機能や使いやすさだけでなく、ユーザーが真に望むことを楽しく、かつ心地よく実現できるかどうかを重視した概念。
※2 SIGFOX社:フランスのスタートアップ企業で、M2M/IoT通信用にエネルギー消費が非常に少ない超低速ネットワーク(UNB)を開発・提供している。
※3 UNB:Ultra Narrow Band。M2M/IoT通信用に開発されているエネルギー消費が非常に少ない超低速ネットワークのこと。
※4 ISM:Industry Science Medicalの略で、産業、科学、医療の各分野で使われている機器向けに確保された周波数帯。
◎Profile
中山洋一(なかやま よういち)
テクニカルライター
アイワ(現ソニー)、技術雑誌「インターフェイス」編集部などを経て独立。「インターネットユーザーズガイド」(オライリージャパン)を皮切りに技術翻訳や「キーマンズネット」(リクルート、アイティメディア)などのICT情報サイト向け取材記事を多数手がけてきた。現在は、技術・マーケティング解説だけでなく、優れた技術系リーダーの自叙伝制作サポートを手掛けるなど幅広く活動中。