[特集]

川崎市スマートシティプロジェクトの全貌 ≪後編≫

川崎市スマートシティプロジェクトの全貌 ≪後編≫ ― 水素社会実現に向けた川崎市の水素戦略と昭和電工の水素ビジネス ―
2015/10/11
(日)
SmartGridニューズレター編集部

川崎市のスマートシティへの取り組みについて、前号の特集前編(2015年9月号)では全体像について解説したが、今号では、「水素エネルギー」について、同市のユニークな水素戦略と、現在進められているリーディングプロジェクトについて見ていく。特にここでは、「使用済プラスチック由来低炭素水素を活用した地域循環型水素地産地消モデル実証事業」を川崎市と提携して進めている昭和電工の、「低炭素水素」の製造元であるアンモニア製造プラントについて、現場レポートする。
なお、本記事は、川崎市 総合企画局スマートシティ戦略室と、昭和電工株式会社への取材をもとにまとめたものである。

注目を集める川崎臨海部を中心とした水素エネルギーへの取り組み

 川崎市の地域に根付いたユニークな水素エネルギーへのアクティブな取り組みが注目されている。

 川崎市は、2013(平成25)年6月、千代田化工建設株式会社(横浜市西区。以下、千代田化工建設)と、水素社会の実現に向けた連携・協力に関する包括協定を締結し、「新たな水素の大量貯蔵・輸送技術を活用した地域水素ネットワーク」の構築を先鞭に、臨海部における世界初の商用水素発電所の整備を提案している注1

 また2014年11月13日には株式会社東芝(以下、東芝)と、再生可能エネルギーと水素を用いた自立型エネルギー供給システムの共同実証に合意して協定を締結し、同システムを川崎市臨海部の公共施設「川崎市港湾振興会館」(川崎マリエン注2)および「東扇島中公園」(川崎マリエン)に設置して、2015年4月から2020年度末まで実証試験を行っている(後述)。

 さらに2015年7月28日には、川崎市と昭和電工株式会社(以下、昭和電工)は、両者で使用済プラスチック由来低炭素水素を活用した(後述)環境負荷の少ない低炭素な水素社会の実現を目指した連携・協力についても合意し、協定を締結している注3。これは、使用済プラスチック由来の水素を川崎臨海部の需要家にパイプラインで輸送し、純水素型燃料電池注4を活用してエネルギー利用する技術実証を行うというものである。

川崎水素戦略とは

 川崎市の水素戦略とはどのようなものだろうか、その概要を見てみる。

〔1〕背景と課題:日本のエネルギー基本計画と水素社会実現に向けた取り組み

 本誌2015年4月号注5でも解説したように、東日本大震災以降、日本の「エネルギー基本計画」注6においては、「エネルギーの安定供給の確保」「エネルギーセキュリティの向上」「燃料費を含めた発電コストにおける経済性の追求」とともに、世界的に増大するCO2の削減を目指した低炭素社会の実現が大きな課題となっている。

 この「エネルギー基本計画」では、特に水素を日常生活や産業活動で利活用する“水素社会”の実現に向けた取り組みへの加速が盛り込まれるとともに、2040年までの「水素・燃料電池戦略ロードマップ」の策定など、国が主導した水素エネルギー導入に向けた動きが加速している、という背景がある。

 また、このロードマップにおいては、これまで取り組んできた定置用燃料電池(エネファーム)の普及拡大、燃料電池自動車市場の整備(水素ステーションなど)に加えて、水素発電の本格導入といった水素需要の拡大や、その需要に対応するための新たな水素サプライチェーンの構築の必要性が示されている。

表1 川崎臨海部の概要

表1 川崎臨海部の概要

〔出所 川崎市総合企画局スマートシティ戦略室資料をもとに編集部作成〕

〔2〕川崎のユニークな地域特性と特徴 

 本特集の前編(2015年9月号)でも触れたが、川崎市は臨海部を中心に工業地帯が発達し、高度なものづくり技術とともに、公害対策をはじめとしたさまざまな環境問題への取り組みが根付いている(表1)。公害を克服する過程で蓄積された優れた環境技術が集積するとともに、それらの技術を活用したゼロ・エミッション注7の取り組みが進行中であり、原料やユーティリティ(水やガスなど)などを融通するためのパイプライン(写真1)などのインフラがすでに構築されている。

写真1 川崎スチームネット

写真1 川崎スチームネット

▲火力発電所から出る蒸気を直径78センチ程の配管で近隣企業10社に供給している。総延長6.5km。

 また、臨海部産業地帯における大量の水素需要もあり、水素のサプライヤー企業とユーザー企業のほか、市内および周辺地域に水素・燃料電池関連技術を保有する企業が多数立地している〔表2、図1〕。

表2 川崎臨海部における水素需要

表2 川崎臨海部における水素需要

〔出所 「水素社会の実現に向けた川崎水素戦略」、平成27(2015)年3月、川崎市、http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/cmsfiles/contents/0000066/66101/kawasaki-h2.pdf

図1 主な水素・燃料電池関連技術・企業が集積

図1 主な水素・燃料電池関連技術・企業が集積

〔出所 「水素社会の実現に向けた川崎水素戦略」、平成27(2015)年3月、川崎市、http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/cmsfiles/contents/0000066/66101/kawasaki-h2.pdf

 さらに、臨海部を中心に、メガソーラーやバイオマス発電所を含めた630万キロワット(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県の一般家庭の総消費電力に相当)もの発電能力ももっている。

 加えて、企業間連携や産学公民が連携して地域課題の解決と産業地帯などの持続的発展を目指す目的で設置された「川崎臨海部再生リエゾン推進協議会」などによって課題解決に取り組む風土が醸成していることも大きな特徴である。

 「物流倉庫の従業員者数を入れると6万5,000人が働き、この臨海部には500弱の事業所がある。ここが川崎のエンジン。これをどのように伸ばしていくかということが市にとってはすごく重要なこと」と高橋氏(川崎市総合企画局 スマートシティ戦略室 担当課長)は言う。

▲川崎市の水素エネルギーへの取り組みを語る川崎市の高橋氏(写真左)と田中氏(写真右)

▲川崎市の水素エネルギーへの取り組みを語る川崎市の高橋氏(写真左)と田中氏(写真右)

 一方で水素は現在はまだ黎明期で、その利用の仕方も未知数であるなかで、同市では川崎臨海部の事業所を1つ1つ訪ねて「地区カルテ・アクションマップ」を作成し、課題の洗い出しを行った。これらの課題解決のために水素エネルギーを利用することが川崎水素戦略を目指すきっかけとなっている(図2)。

図2 水素エネルギーの導入と利活用で課題解決

図2 水素エネルギーの導入と利活用で課題解決

〔出所 川崎市総合企画局スマートシティ戦略室資料より〕

〔3〕理念と方向性、水素社会実現に向けた3つの基本戦略

 水素社会の実現に向けた川崎市の水素戦略が目標とする理念は「水素エネルギーの積極的な導入と利活用による未来型環境・産業都市の実現」であり、その実現に向けた5つの方向性は図3に示すとおりである。具体的な課題や取り組みのイメージを表3に示す。

図3 川崎水素戦略の理念と5つの方向性

図3 川崎水素戦略の理念と5つの方向性

〔出所 「水素社会の実現に向けた川崎水素戦略」、平成27(2015)年3月、川崎市、http://www.city.kawasaki.jp/templates/press/cmsfiles/contents/0000066/66101/kawasaki-h2.pdf〕〕

表3 水素社会の実現に向けた川崎水素戦略の課題と取り組み

表3 水素社会の実現に向けた川崎水素戦略の課題と取り組み

〔出所 川崎市総合企画局スマートシティ戦略室資料をもとに編集部作成〕

具体的な取り組みとして川崎市では、水素社会を実現するための次の3つの戦略を掲げている。

【戦略①】水素供給システムの構築【入口】

【戦略②】多分野にわたる水素利用の拡大【出口】

【戦略③】社会認知度の向上【ブランド力】

 「一般的に水素の利用となると、水素ステーションを整備したり、FCV(燃料電池自動車)の燃料電池として水素を供給するということになるが、川崎の場合は、前述したようなポテンシャルがあるので、例えば水素を大量に供給したり、パイプラインで水素を送ったりというトライアルをして、その結果どのような調整をしたのかを明確にする。あるいは消防・高圧ガス保安法をどのように調整したのかというノウハウをオープンにする。水素の利用についてはまだまだ未知数なため、川崎市が行うトライアルによる実証結果を出せば、他地域や他県に普及しやすいのではないか。そのような前例を川崎でつくりましょうということなのです」と高橋氏。さらに、「利用の拡大については、2020年の東京オリンピック・パラリンピックがあるし、川崎には実証できる土地や機会もある。そのためにリーディングプロジェクトとして、いろいろな企業と協力し合って実証を行おうとしている」と続けた。

 水素・燃料電池に関するリーディングプロジェクトを抽出して、国や関係自治体や企業などの多様な主体と連携し、推進することで、川崎市は水素戦略の実現を目指しているのだ。

〔4〕アクティブにプロジェクトを創出し推進する水素戦略:リーディングプロジェクト

 冒頭でも触れたが、主なリーディングプロジェクトは次の通りである。

(1)有機ケミカルハイドライド法注8による未利用エネルギー由来水素サプライチェーン実証(千代田化工建設注9

(2)再生可能エネルギーと水素を用いた世界初の自立型エネルギー供給システム共同実証事業〔東芝、表4、写真2参照)〕

表4 再生可能エネルギーと水素を用いた自立型エネルギー供給システムの実証の概要

表4 再生可能エネルギーと水素を用いた自立型エネルギー供給システムの実証の概要

〔出所 東芝のプレスリリース(http://www.toshiba.co.jp/about/press/2015_04/pr_j2002.htm)をもとに編集部作成〕

写真2 自立型エネルギー供給システム「H2One」の外観

写真2 自立型エネルギー供給システム「H2One」の外観

▲手前に「貯水タンク」コンテナと「水電解、水素製造装置ユニット」「貯湯ユニット」「燃料電池ユニット」「蓄電池ユニット」が格納されたコンテナ、後方に「水素貯蔵タンク」コンテナが2つ、合計4つが設置されている。
〔出所  http://www.toshiba.co.jp/newenergy/reference/index_j.htm

(3)使用済プラスチック由来低炭素水素を活用した地域循環型水素地産地消モデル実証事業(昭和電工注10

 次に、(3)のリーディングプロジェクトについて、現地でのレポートを紹介する。


▼ 注1
http://www.chiyoda-corp.com/news/pressrelease/2013/062801.pdf#zoom=100
http://www.city.kawasaki.jp/200/cmsfiles/contents/0000059/59423/130910-2.pdf

▼ 注2
川崎マリエン:神奈川県川崎市川崎区東扇島にある公益社団法人川崎港振興協会が指定管理者として管理運営を行う会館で、市民と川崎港の交流を深めるため川崎市によって造られたコミュニティ施設の愛称。

▼ 注3
http://www.sdk.co.jp/news/2015/15098.html

▼注4
純水素型燃料電池:水素をそのまま燃料とした、CO2をまったく発生しないで発電可能で、かつ1~2分程度の短時間で発電が開始できる燃料電池。

▼注5
特集 注目される「水素」技術と最新利用技術≪第1回≫、パート1:なぜ今「水素」なのか 水素社会実現を目指す日本の取り組み、『インプレスSmartGridニューズレター2015年4月号』、2015年3月30日発売

▼ 注6
エネルギー基本計画
http://www.meti.go.jp/press/2014/04/20140411001/20140411001-1.pdf

▼注7
ゼロ・エミッションとは、生産や廃棄、消費に伴って発生する廃棄物をゼロにすることを意味する。廃棄物として捨てられているものを有効活用することによって廃棄物の発生量を減らし、燃やしたり埋め立てたりすることをゼロに近づけることを指す。
1994年に国連大学が提唱した「ゼロ・エミッション研究構想」のなかで示された概念。

▼ 注8
有機ケミカルハイドライド法:水素をトルエンと反応させ、メチルシクロヘキサンとして常温常圧の液体として輸送・貯蔵し、使用する際は、脱水素反応を利用して水素を取り出す手法。

▼ 注9
https://www.chiyoda-corp.com/news/pressrelease/2015/150609.pdf

▼ 注10
http://www.sdk.co.jp/news/2015/15098.html、昭和電工リリース
http://www.env.go.jp/press/100858.html〔平成27年度地域連携・低炭素水素技術実証事業の採択案件について(お知らせ)〕

 

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