これからは業際イノベーション
〔1〕M2M/IoTの急速な進展
世界では、米国発のスマートグリッド(もとの単語は実は欧州が発祥)注2が、いわばひとつの点火剤となってM2MやIoTの世界への変革が急加速して進展していく兆しがある。これを日本では先行して使われていた、あらゆる物や人がネットワークにつながる「ユビキタス社会」がいよいよ具現化してきただけだ、というように見過ごすことはできない。
実際、未来社会の中でのICTは、さまざまな分野に利活用されるだけでなく、賢い情報処理技術と賢いネットワーク技術の分野において、社会全体をマネージし、更に社会そのものを変革していくことになるからである。
世界に先行するためには、ICTを利活用するさまざまな業界と情報交流し(というより各業界に入り込み)、世界各国・各地域のユーザーに受け入れられるICTとビジネス、そのために必要な研究開発と知財と国際標準化戦略を構築していくことが必要である。
〔2〕ビジネスと標準化の様変わり
図3に示すように、ICTにおけるデジタル化とインターネットの普及は、ビジネスの世界を大きく様変わりさせてきた。それと同期して、標準化の世界も大きく変化してきた。
図3 ビジネスと標準化におけるパラダイムシフト
現在、独自の強みを確保しながら国際的な協業を推進していく姿勢や、アジアなどの新興国で急速に拡大しつつある新規ユーザーの需要に応えていくと同時に、日本や欧米のユーザーの要求にも新たに対応できるビジネス戦略が求められている。
大きな変革の一例として、これから日本だけでなく世界各国・各地域における食糧生産と物流、医療や教育が大きな課題となっていくであろうことにも注目すべきである。
ビジネス変革に同期して国際標準化の世界も変化していく。とくに、技術主導(良い技術は多くの人に使われるハズ)の世界から、消費者主導(ICTを使う事業や人々の満足が最優先)へと大きく変化していることを理解しなければならない。
同時に、世界の新興ユーザーの急速な拡大に伴って、各国や各地域のローカルな要望に的確に応えつつ、グローバルな世界規模の標準化を推進するという、一見困難であるが興味深い課題に取り組んでいかなければならない状況にもある。
それに伴って国際標準化の構造も、
- デジュール標準(ISO、IEC、ITU標準)
- デファクト標準(マイクロソフトのWindowsのような1社独占による事実上の標準、あるいは、IEEE、IETFなどのフォーラム標準)
- さらに各国SDO(各国各地域の標準化機関)注3を巻き込んだPP(Partnership Project)
の三つ巴の様相が鮮明になってきている(図4)。
図4 PPとフォーラムとデジュールによる国際調整
〔出所 情報通信技術委員会(TTC)の成果を一部引用〕
うがった見方をすれば、歴史が長くシステムが成熟している欧州中心の国際標準化に対抗して、ビジネス先行の米国が中心になって先導的にフォーラムを設立し、さらにこれに欧州が対抗して各国・各地域のローカルな要望に応えつつグローバルな標準化をPP(Partnership Project)が先導するようになってきている。
それぞれの標準化には「文化がある」だけでなく、「長所や短所がある」ので、いずれかに偏ることなく、それぞれの国際標準化システムの良い所を利用していくのが賢いのである。
〔3〕M2MとIoT(成熟するユビキタス社会)
米国のオバマ大統領が2008年の選挙前からスマートグリッドを提唱したが、欧州では、それ以前から風力発電の大量導入へ対応するなどに向けてスマートグリッドの研究開発が開始されてきた。現在は、さらにスマートメーターの導入や環境に優しい新しい交通・輸送システムの検討などを通じて、スマートグリッドが点火剤となり、いわゆるユビキタス社会への変革が急速に成熟していく兆しが出てきた(図5)。
図5 M2MとIoTとユビキタス
消費者から見れば、「ユビキタス」「M2M」「IoT」は同じ社会現象を、視点を変えて表現した単語にしかすぎないかもしれないが、技術開発や標準化の観点からは、それらの単語を使った情報が何を意味するのかを明確にしていく必要がある(つまり現状では混沌としている)。
なお、それでもM2MやIoTに関する取り組みへの期待は大きい。それは図5のような世界が実現しつつあるなかで、ICTを利活用するさまざまな業界との情報交流や連携が最重要課題となるからである。同時に、図6に示すように、ICT分野から見れば未知で未踏であるが、消費者の幸せで豊かな社会生活を実現していくためには、きわめて興味深い横串(よこぐし)(幅広い業界同士の連携)の領域に足を踏み込んでいくことになる。
図6 ICTを利活用する異業種との横串連携
〔4〕世界を制する業際イノベーション
すでにM2Mに関する標準化に関しては、世界各国で検討が進められてきていると同時に、ITU注4(国際電気通信連合)においても、IoT-GSI注5が2011年4月から開始されている。
地域ごとの代表的な検討は、
- 欧州ETSI(European Telecommunications Standards Institute、欧州電気通信標準化機構)におけるTC(Technical Committee)-M2M(M2M技術委員会)
- 米国TIA(Telecommunications Industry Association、米国電気通信工業会)におけるTR(TIA Engineering Committee)-50-Smart Device Communications(TIA 技術委員会第50部「スマートデバイス通信」担当)
- 中国CCSA(China Communications Standards Association、中国通信標準化協会)におけるTC(Technical Committee)-10(技術委員会第10部)
などで行われているが、2011年から、そのような各国における検討を連携協調すべきであるという機運が高まっていた。
具体的には、TIAが2010年8月にGSC-MSTF注6(M2Mに関する国際的協調によるM2M標準化作業部会)の提案を行ってSDO他による国際的な会合が複数回開催されてきたことや、ETSIが2011年4月の総会でM2M Consolidation(M2M合同委員会)を提案し、それをフォローするSDO会合が開催されてきた経緯などがある。
それらの動きが2012年7月に、7つのSDO注7による「oneM2M」(ワン・エムツーエム)の設立につながっている。いずれにしても、ICTを利活用する業界は多岐にわたるため、そのような業界の横串連携がどのような形で「実現するのか、させるのか」が注目点となっている(図7)。
図7 世界を制する業際イノベーション
図7に示されるように、さまざまな業界=Vertical Players(VPs:幅広い業界分野)のシステムがネットワークにつながり、業界間の横串の連携が進んで、それをクラウドや新世代ネットワークが支える時代の到来を見越して、先行ビジネスを検討しなければならない。
とくに、あらゆるシステムの運用には、各個別の業界がすでに深く関与しているため、それらを起点に、プレ・ビジネスの段階から複数の業界にまたがる業際的な意識でイノベーション戦略を構築し、必要な研究開発を推進していくことが重要である。
本記事は、『M2Mの最新動向と国際標準2013』[ビッグデータ/クラウド/IoT/通信技術/導入事例からoneM2Mまで](インプレスビジネスメディア刊、2013年5月)の第1章より抜粋し、一部加筆・修正して再掲載したものである。
同書の内容詳細はこちら⇒ https://r.impressrd.jp/iil/M2M2013
▼ 注2
2000年代前半に、欧州では「スマートグリッド」、米国では「インテリグリッド」、日本では「マイクログリッド」と呼ばれていた。(九州大学教授 合田忠弘、「IEC のスマートグリッド戦略を聞く」、http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20110925/854 )
▼ 注3
SDO:Standard Develop-ing Organization
▼ 注4
ITU:International Tele-communication Union
▼ 注5
IoT-GSI:Internet of Things Global Standards Initiative、IoTなど特定のテーマに関する課題(Q:Question)の合同会合。
▼ 注6
GSC-MSTF:Global Stand-ards Collaboration M2M Standardization Task Force
▼ 注7
7つのSDO(各国各地域の標準化機関)とは、ARIB(日本)、ATIS(米国)、CCSA(中国)、ETSI(欧州)TIA(米国)、TTA(韓国)、TTC(日本)を指す。