[特集]

【IPHE横浜フォーラム】動き出した「水素社会の実現」に向けた国際展開

― 米国・ドイツ・欧州委員会・中国のロードマップとその取り組み ―
2018/07/01
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

ドイツ:水素利用拡大のための各部門の連係

写真2 ドイツ:アダム・ムトウィル氏

写真2 ドイツ:アダム・ムトウィル氏

出所 編集部撮影

 ドイツ連邦交通デジタルインフラ省のアダム・ムトウィル(Adam Mutwil)氏は、交通部門をどのように脱炭素化させるか、さらに水素利用の拡大のために自国ではどのように各部門を連係させ、どのように水素利用が拡大しているかを、交通分野への適用を中心に解説した。

〔1〕ドイツ政府の「気候行動計画2050」

 図5左は、ドイツ政府がパリ協定(2015年:COP21)の締結を受けて、2016年11月に発表した「気候行動計画2050(Climate Action Plan 2050)」の表紙である。これはドイツ政府の気候政策の原則と目標を示した計画書であり、ドイツにおいて初めて策定された部門別のCO2の排出量の削減目標を示したものである。

図5 ドイツにおけるエネルギーと気候変動に影響を与えるCO2排出量の削減目標(単位:CO2換算で百万トン相当)

図5 ドイツにおけるエネルギーと気候変動に影響を与えるCO2排出量の削減目標(単位:CO2換算で百万トン相当)

出所 Nature Conservation, Building and Nuclear Safety (BMUB)、Federal Ministry for the Environment、November 2016

 現在、特に交通(Transport)部門は、石油に依存しているが、原油の埋蔵量や備蓄量は限定的であり、今後は価格も高騰すると予測されている。

 そこで「気候行動計画2050」では、2030年までに全部門におけるCO2排出量の56〜55%を削減し、2050年までに同80〜95%を削減することを目標とし、その実現によって、原油の高騰リスクにも対処しようとしている。

 図5右の表の中央に示す交通部門では、2030年までに42〜40%を削減するという、交通業界にとってかなり野心的な目標となっている。

 問題は、この交通部門をどのように脱炭素化していくか、それを今後他の部門にどのように反映していけるかということである。

 水素の活用については、地方で稼働している太陽光発電などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)による電力を活用し、いかに水素を製造するかが鍵になる。これがまた政府のCO2排出の削減につながっていく。さらに、水素を再エネとして位置付けていけば、その利活用の分野を拡大することもできる。再エネでつくられたグリーン水素もまた再エネとして交通部門でも大量に使えるようになり、交通量が増大している現在では、非常に重要となる。

〔2〕NIPプログラムのロードマップ

 図6は、ドイツにおける水素・燃料電池に関する技術開発プログラムのロードマップである。

図6 ドイツの「水素・燃料電池に関する技術革新プロジェクト(NIP)」が目指すもの

図6 ドイツの「水素・燃料電池に関する技術革新プロジェクト(NIP)」が目指すもの

出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

 ドイツでは、2006年に、国家戦略プロジェクトである「NIP」注5(水素・燃料電池に関する技術革新プログラム)が開始され、2006〜2016年の10年間のNIP第1フェーズ(NIP 1)に、合計14億ユーロ(1,820億円。1ユーロ=130円換算)の投資が行われた。

 第2フェーズにあたるNIP 2の期間は2016〜2025年の10年となっているが、2016年から2019年の4年間に対して、2億5,000万ユーロ(325億円)注6が追加で投資された。この政府のプロジェクト「NIP」は、国立水素・燃料電池機構「NOW GmbH」注7によって推進されている。

〔3〕トラックやバスなどの分野で重視される水素エネルギー

 ドイツでは、グリーン水素は再エネの一部と認識されており、NIPでも強力にサポートされている。水素は優れたエネルギーキャリア(エネルギーの輸送、貯蔵手段)である。このため、再エネが直接使えない場合、あるいは再エネによる電力を直接系統電力網に流せない場合、それらを電気分解の電力に使用して水素をつくり、水素として貯蔵し、輸送できるキャリア(水素キャリア)とすることが可能だ(図7)。また、水素は直接売買することもできる。

図7 ドイツにおける水素製造と燃料経路への鍵

図7 ドイツにおける水素製造と燃料経路への鍵

重要な技術である水の電気分解は、水素・燃料電池技術のための国家技術革新プログラム(NIP)の取り組みである。
出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

 水素エネルギーは、燃焼させてもCO2の排出がゼロであり、エネルギー効率もよい。ドイツでは、耐久性や大量輸送を必要とするトラックやバスなどでは、水素エネルギー(グリーン水素)以外にソリューションがないと考えられており、重視されてきている。

〔4〕公正なビジネス環境の整備を

 このようなグリーン水素に関しては、ドイツも加盟している欧州委員会(EC)の規制があるが、今後、このECの規制をドイツの国内法に適用していく予定だ。

 ドイツではグリーン水素が再エネとして認められつつあり、今後、水素の製造法に関する認証方法などが決められていく。さらに、グリーン水素をビジネス化すること、技術革新を進めること、そして、燃料電池の応用に関して公正なビジネス環境を整備していくことが、ドイツの各省庁にとって重要な課題となってきている。

〔5〕水素充填ステーションの配置計画

 次に、水素エネルギーについてドイツで展開されている事例を紹介する。図8は、水素燃料の充填ステーション(HRS:Hydrogen Refueling Station)のロードマップ(配置計画)である。

図8 ドイツにおける水素燃料充填ステーション(HRS:Hydrogen Refueling Station)の展開計画

図8 ドイツにおける水素燃料充填ステーション(HRS:Hydrogen Refueling Station)の展開計画

出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

 これまでは、民間主導で設立されたジョイントベンチャー「H2モビリティ」(2015年2月設立)によって、水素(H2)ステーションが設置・運営されてきた。図8に示すように、2016年までに設置された最初の50ステーションはNIPプログラムからの補助金によるもので、2020年までに追加される50ステーション(合計100ステーション)はNIT 2からの補助金で設置される(ECのファンドからも出資されている)計画である。

 現時点では、2020年までに100ステーションをつくる目標は順調に進展しており、その実現はかなり楽観視されている。この数字は、FCV車両の普及台数に関わらず全国的に設置されるステーション計画であり、2021年以降は、FCVの普及台数に応じてステーションを増設していく。

〔6〕「燃料電池列車」の実証実験を開始

 ドイツは、水素を大型の交通輸送網で利活用すること重要視しており、水素以外にこれらの耐久性が求められる輸送手段に利活用できる燃料はないと見ている。例えば、現在、ドイツの鉄道網の59%は電化されていないディーゼル列車が走行している状況であるが、エネルギー消費を約30%も削減できる燃料電池列車への期待が高まっている。

 このような背景から、ドイツのニーダーザクセン州(Lower Saxony。州都はハノーバー)において、フランスを拠点とする鉄道メーカー「Alstom」(アルストム)が、2018年5月から、ドイツ国内で水素だけで走るクリーンな燃料電池列車「Coradia iLint(コラディア アイリント)」の試験運行を開始した(図9:時速140㎞。水素の1回充填で

図9 ドイツで実証試験がスタートした燃料電池列車「Coradia iLint」

図9 ドイツで実証試験がスタートした燃料電池列車「Coradia iLint」

出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」、2018年5月8日

600〜800㎞走行可能)。このプロジェクトにはシーメンスなども参加しており、NIP 2プログラムからの補助金を得て進められている。

 同州では、2021年までに14車両の運転を開始する予定で、今後、さらに導入地域を順次拡大していく予定である。ドイツでは、鉄道網以外にも、燃料電池を大型外洋船などに適用するプロジェクト(E4ships Lighthouse Project)や、デジタル無線局向けの定置電源(補助電源)などの開発も意欲的に行われている。


▼ 注5
NIP:National Innovation Programme Hydrogen and Fuel Cell Technology

▼ 注6
Germany Approves EUR 250M H2 and FC Budget、June 6, 2017 by Hydrogeit

▼ 注7
NOW GmbH:National Organization Hydrogen and Fuel Cell Technology、国立水素・燃料電池機構。
NOWのドイツ語表記:Nationale Organisation Wasserstoff- und Brennstoffzellentechnologie

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