[特集]

【IPHE横浜フォーラム】動き出した「水素社会の実現」に向けた国際展開

― 米国・ドイツ・欧州委員会・中国のロードマップとその取り組み ―
2018/07/01
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

欧州委員会:エネルギー・交通・産業部門における水素プロジェクト

写真3 欧州委員会:カタリーナ・ドラビッカ氏

写真3 欧州委員会:カタリーナ・ドラビッカ氏

出所 編集部撮影

 欧州委員会のカタリーナ・ドラビッカ(Katarzyna Drabicka)氏は、EUにおけるエネルギー・交通・産業部門における水素プロジェクトについて、2050年までを見通したEUの気候変動・エネルギー政策のフレームワーク(枠組み)やエネルギー同盟の動きなどを紹介しながら、FCH JU(欧州燃料電池水素共同実施機構)のプログラムなどについて述べた。

〔1〕EUの気候変動・エネルギー政策のフレームワーク

 図10は、EU(欧州連合)が2050年までを見通した気候変動・エネルギー政策のフレームワークの全体像である。現在の欧州が燃料電池や水素に関心をもち、取り組んでいる背景を示している。

図10 2050年までを見通したEUの気候変動・エネルギー政策のフレームワーク(1990年比)

図10 2050年までを見通したEUの気候変動・エネルギー政策のフレームワーク(1990年比)

RES:Renewable Energy Sources、再生可能エネルギー源
※アップワード(上位)改訂に向けて議論の対象となっている。
出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

 EUは、現在、パリ協定(2015年:COP21)の実現に向けて各種の政策を推進しているが、2050年までに全体として温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas注8)の排出を80%から95%削減していく目標を掲げている。これを実現するには、2030年までに温室効果ガスの排出量を約40%減らさなくてはならない。

 一方で、2030年までに再エネの最終エネルギー消費に占める割合を27%まで増やし、さらにエネルギー効率の改善によって、一次エネルギー注9の消費量を27%削減していくことが目標となっている。

 これらの目標を実現するには、従来の延長線上のやり方ではなく、パラダイムシフトによって交通(輸送・運輸)をはじめエネルギーの使い方全体を見直して、目標を達成していくことが求められている。

〔2〕エネルギーユニオン(エネルギー同盟)戦略構想

 この目標を達成していくために打ち出されたのが、「エネルギー同盟(Energy Union)」の戦略構想である注10。これまで、EUでのエネルギー政策は、再エネの導入計画や電力市場の規制などが加盟国によって大きく異なっていたが、これをEU全体で足並みを揃えていこうというのがこの同盟である。エネルギー同盟は、次の5つの分野を柱としている。

  1. エネルギー資源を多様化すること(エネルギー供給の安全保障)
  2. エネルギーを国家間で自由に流通できるようにすること(EU単一市場の形成)
  3. エネルギーのさらなる効率化を進めること(省エネルギー化の推進)
  4. EUとしてさらに再エネ化を進めること(低炭素社会の実現)
  5. エネルギーの移行を進めるための研究開発を推進すること(再エネ技術等の研究開発への投資)

 このような目標を実現していくには、部門を超えた政策が求められる。現在、交通部門では数多くの政策を打ち出して、エネルギーの移行を進めており、そのための研究開発も行われている。

 例えば、すでにCO2排出の削減目標を達成した自動車部門は、2030年までに、CO2の排出をさらに30%減らしていく。また大型車に関しても、EUの歴史上初めて目標が設定された。

 さらに、大気汚染に対処していくため、大気汚染に悩む都市をもつ国々に関しては、ディーゼル車やガソリン車を将来なくしていく方針である。CO2排出規制の強化を背景に、英国とフランスの両政府が、2040年までにディーゼル車とガソリン車の販売を禁止する方針を打ち出したのをきっかけに、ディーゼル車の販売中止や縮小の動きが加速している。このような動きは、CO2排出量の多い、石炭を使った火力発電をなくしていく機運ともつながってきている。

〔3〕成果の出やすい再エネ電力で水素をつくる

 このような中で、水素は非常に重要な役割を担いはじめ、期待されている。

 近年、再エネは、政府の補助金がなくても市場における競争優位性が高まっているため、電力の発電に水素を使うのは、成果が出やすい環境となっている。現在、電力の発電分野で、EUにおける再エネの割合は増加しているが、暖房や冷房の分野では電力分野ほど再エネが使われてはいないのが現状だ。そこで、再エネで製造された電力を他の分野でどのように活用していくのか、また、その電力で水素をどうつくっていくのか、などが重視されてきている。

 すなわち、再エネによって生まれた余剰電力を活用する先として、水素をつくり、貯蔵することが重要になっている。

〔4〕EUにFCH JUを設置し研究開発を支援

 EUでは、このような研究開発やイノベーションを推進していくための枠組みとして、FCH JU(欧州燃料電池水素共同実施機

注11)を設置した。FCH JUは、初期的な研究段階から試験的な実証に至るまで、さまざまな段階で研究開発を支援している。2018年5月までに226を数えるプロジェクトをサポートし、8億4,100万ユーロ(約1,100億円)が投資された(図11)。

図11 FCH JU(欧州燃料電池水素共同実施機構)のプログラム構成

図11 FCH JU(欧州燃料電池水素共同実施機構)のプログラム構成

出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

〔5〕FCH JUによる電気分解装置のサポート

 FCH JUでは、燃料電池(Fuel Cell注12)に関する電気分解装置(Electrolyser)プロジェクト(試験プロジェクト)を推進しており、これまで図12に示すようなイノベーションを進めながら導入されてきた。

図12 電気分解装置に関するFCH JUのサポート

図12 電気分解装置に関するFCH JUのサポート

出所 「国際水素・燃料電池パートナーシップ(IPHE)横浜フォーラム」(2018年5月8日)のスライドをもとに編集部作成

 例えば、2011年には交通分野に、ALK注13方式(アルカリ電解質形燃料電池方式)による150kWの装置が導入された。2016年には、シーメンスのオーストリアの鉄工所に最新のPEM注14方式(固体高分子膜形燃料電池方式)による6MWの装置が、2017年には精製所分野に最新のPEM方式による10MWの装置が設置された。2018年には、アンモニア工場に同じくPEM方式の20MWの装置が導入される計画となっているなど、水素(燃料電池)への関心が急速に高まっている。

 しかし、日本で普及している「エネファーム」のような家庭用燃料電池システムは、EUではそれほど進んでおらず、現在1,000台ほどであるが、今後は40%のコスト削減を目指して普及させていく計画となっている。

〔6〕欧州での水素の充填ステーション

 一方、欧州では2018年現在、140の水素の充填ステーションが設置されているが、これらは公共のものとしてアクセス可能で、良好な状況にある。しかし、EUの中では、燃料電池自動車はまだ1,000台程度しかなく、しかもそのほとんどがドイツ国内である。

 このため、燃料電池自動車の普及に向けて交通部門で新たな法制度の導入が検討されており、今後、燃料電池自動車の活用が進むことが期待されている。また、公共の役割ももつバスへの活用にも期待が高い。

〔7〕燃料電池バスへの取り組みを本格化

 EUの燃料電池バス部門は、2018年1月、FCH JU JIVE 2プロジェクトをスタートさせ、取り組みを本格化させた注15

 JIVE 2プロジェクトは、Fuel Joint(Fuel Cells and Hydrogen Joint Undertaking)プロジェクトの支援予算2,500万ユーロ(約33億円)を使い、フランス、ドイツ、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、オランダ、英国などの14の都市に、152台の燃料電池バスを配備する。これによって、欧州の燃料電池バスを試運転する都市ネットワークを拡大させていく。

 欧州では、2020年までにJIVE2のプロジェクトを通じて、300台の燃料電池バスの導入が計画されている。


▼ 注8
GHG:Greenhouse Gas、温室効果ガス〔二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)など。CO2の影響量が最も大きいと見積もられている〕。

▼ 注9
一次エネルギー:石炭・石油・天然ガス・ウラン・水力・太陽光・地熱など自然から直接得られるエネルギーのこと。

▼ 注10
エネルギー同盟(Energy Union):2014年6月に開催された欧州理事会(EUの首脳会議)でエネルギー同盟の構築が長期戦略の1つとして採用された。

▼ 注11
FCH JU:Fuel Cells and Hydrogen Joint Undertaking、欧州燃料電池水素共同実施機構。2008年に設置され2013年に終了。2014年からは後継組織「FCH 2 JU」(Fuel Cells and Hydrogen 2 Joint Undertaking)が2020年までの予定で設置されている。

▼ 注12
Fuel Cell:燃料電池。電気化学反応によって燃料の化学エネルギー(例:水素)から電力を取り出す(発電する)電池のこと。水素は水の電気分解の逆反応によって生成される。その際に使用される電解質の種類によって、ALK方式やPEM方式などがある。

▼ 注13
ALK:Alkaline Fuel Cell、燃料電池の方式の1つ。アルカリ電解質形燃料電池(従来方式)。

▼ 注14
PEM:Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell、燃料電池の方式の1つ。固体高分子膜形燃料電池(最新方式)。Proton Exchange Membrane Fuel Cellとも呼ばれる。

▼ 注15
FCH JU JIVE 2:Fuel Cells and Hydrogen Second Joint Initiative for hydrogen Vehicles across Europe、欧州全域での水素自動車の第二次共同イニシアチブ。

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