5月28日、沖電気工業がDSRC車々間通信システムを携帯電話に組み込む「超小型DSRC無線モジュール」を開発したと発表。また、同モジュールを搭載した歩行者安全支援用途の携帯電話の試作にも成功した。
DSRC(Dedicated Short Range Communication)は5.8GHz帯を使った車用の通信規格の1つであり、現在、有料道路の決済用に使われているETCを発展させた技術だ。当初はETCのような決済市場での利用が注目されたが、現在はクルマ同士が通信する「車車間通信」や、クルマと道路インフラが通信する「路車間通信」で、"安全情報の共有"を想定した研究開発が進んでいる。
今回発表された沖電気の安全支援携帯端末は、クルマと歩行者の間をDSRCで通信し、安全確保を目指す「歩車間通信」に向けた取り組みだ。超小型DSRC無線モジュールとGPS位置測位機能を、携帯電話のGSM機能(第2世代携帯電話の方式)と連携させることで、クルマと歩行者が互いの位置情報を共有。相互の位置関係から、交通事故発生の可能性が高い場合には、事前に注意を喚起するという。沖電気では、2008年度からの安全運転支援システムの官民合同大規模実証実験と2010年度からの運用開始に向け、商品化に向けた開発を進める計画だ。
IT新改革戦略実現に向けて始まるITS実証実験
車車間通信、路車間通信、そして今回、沖電気が発表した歩車間通信。これらITSにおける「協調型安全システム」への取り組みが、昨年後半から活発化してきている。
日産自動車では2006年10月から、神奈川県内の一般道で、交通事故低減と渋滞緩和を推進する実証実験「SKYプロジェクト」を実施。車車間通信や路車間通信を用いて、見通しの悪い交差点での事故抑止や、GPS携帯電話を用いた歩行者検知の実験を行っている。同プロジェクトにはNTTドコモや神奈川県警なども協力しており、日産車を購入した一般ユーザーも参加。現実の道路上で、なおかつ一般ドライバーが利用する場合に、どのような車車間通信や路車間通信の安全システムが有効かを検証するのが目的だ。
一方、トヨタ自動車は2006年12月から、同社の“お膝元”である豊田市が実施する「インフラ協調安全運転支援システム」の公道実証実験に参加している。この実験では、道路に設置された光ビーコンや車両感知器を使い、安全運転支援のためのさまざまな情報をクルマ側に提供する。計画では信号情報をはじめ、交差点などでの死角画像情報、接近車両検知情報、横断歩行者および横断自転車検知情報など9項目の支援情報サービスを行っている。
このような実証実験が、社会規模で実施されるようになった背景には、2006年に政府IT戦略本部が打ち出したIT国家戦略「IT新改革戦略」がある。ここでIT戦略本部は、ITS分野(高速道路交通システム)の数値目標として「2012年末の交通事故死亡者数5,000人以下という政府目標」を掲げたのだ。
昨年までの交通事故死亡者を見てみると、平成17年に交通事故死亡者は7,000人を下回り、平成18年は6352人。年々、交通事故死亡者数は減ってきている。しかし、これはクルマの衝突安全ボディなど安全技術の普及・向上によるものであり、事故発生数や重傷者数自体はむしろ増加している。今後は高齢者ドライバー事故が増えると予想される上に、歩行者・二輪車事故の死亡抑止は難しいことから、「数値目標達成には、(協調型安全支援システムによる)“ぶつからないクルマ”の実現が不可欠」(自動車メーカー幹部)との認識が広がっているのだ。国土交通省や警察庁の後押しもあり、来年には官民合同の「インフラ協調安全運転支援システム」大規模実証実験が実施される予定だ。
安全ITS目的で、700MHz帯獲得にも名乗り
現在、安全ITSの通信システムとしては、5.8GHz帯のDSRCが“本命”とされている。特に国土交通省や警察庁が後押しする「インフラ協調安全運転支援システム」では、このDSRCを新たな“道路インフラ”として整備していくシナリオとなる可能性が高い。
しかし、その一方で、5.8GHz帯のDRSCは“狭域通信”向けの通信システムであり、普及時にも事故多発交差点を中心とした局所的整備になる可能性が高い。より広範囲での路車間通信や車車間通信では、もっと低い周波数を使うのが理想的だ。
そこで2011年の周波数再編に向けて、自動車業界でも「700MHz帯の周波数を獲りに行く」動きが見え始めた。その中心にいるのは、トヨタだ。
仮に700MHz帯が“クルマ向け”に割り当てられれば、車車間通信や路車間通信のシステムが「安全用途」をメーンに使いやすくなる。道路上の基地局整備は、道路特定財源による道路の高度情報化として行われる可能性もあるだろう。そうすればクルマはモバイル通信インフラを安価もしくは無料で利用できるようになり、協調型安全システムの実用化からテレマティクスまで、サービスの高度化がしやすくなるというわけだ。
特にトヨタは、テレマティクス分野でトヨタマップマスターとともにネットワーク経由の「地図の差分更新システム」を実用化しており、ソフトウェアやサービスの分野からクルマの“ネット端末化”に向けた布石を打っている。そのため同社は、自動車業界が「新たな周波数」を手に入れて、独自の通信インフラを構築するという考えを強く持っているようだ。昨年6月に発表された総務省の「VHF/UHF帯に導入を計画又は想定している具体的システムの提案募集の結果」では、トヨタ自動車が「インフラ協調安全運転支援システム」、デンソーが「車車間通信システム」として独自の提案を行っている。
今のところ、自動車業界からの新周波数獲得の動きは、ITSに特に熱心なトヨタグループが目立つ。しかし筆者は、トヨタが旗振り役になることで、自動車メーカー全体に周波数獲得の機運が広がる可能性があると見ている。
そこで注目なのが、国土交通省のASV(先進安全自動車)の開発計画に携わった国内の乗用車・商用車・二輪車メーカー11社の「横のつながり」だ。ASV開発計画の第三期(ASV-3)において、この11社は5.8GHz帯のDSRCだけで車車間・路車間通信を実現する難しさを感じていた。また安全目的以外でも、プローブカーやデジタル地図差分更新などのニーズがあることを鑑みれば、総合的なクルマ向け通信インフラの構築にむけて、国内11メーカーがまとまるシナリオは荒唐無稽ではない。
2012年に、交通事故死亡者を5,000人以下に。政府の数値目標達成に向けて、ITS実用化に向けた取り組みはドラスティックに進み始めている。この分野は「安全」という強い大儀と、自動車メーカーのビジネス規模の大きさ、さらに道路特定財源による"道路整備費"という巨大な資金的後ろ盾があるため、動き出せばそのうねりは大きい。ビジネス的にみても、非常に注目度が高い市場といえるだろう。