遅延を超低レベルにおさえることが重要
これまでに挙げたユースケースから明らかなとおり、遠隔手術はもちろん、産業分野でのロボットの遠隔監視などでも、ネットワークに不具合があったり、データ伝送の遅延などがあったりすると、患者の命や現場での事故などにつながる可能性が出てくる。
そのため、触覚通信におけるこのようなユースケースでは、遅延を超低レベルにおさえることが重要になってくる。
サブグループ1文書によれば、人間の目が気づかない最大の遅延は、「5ミリ秒程度」とされている。さらに、スムーズで没入感のある操作を実現するためには、「1ミリ秒以下」レベルの遅延にとどめる必要がある。
触覚通信においては、さまざまなデータを同期することも重要である。サブグループ1文書によれば、人間の脳は異なる感覚入力に対して異なる反応時間をもっており、それぞれ、
- 触覚は1ミリ秒
- 視覚は10ミリ秒
- 音声は100ミリ秒
となっている。これらの違いを踏まえて、複数のソースからの感覚情報を同期した状態で、遅延なく伝えられるような要件を満たすことが、Network 2030には期待されている。
さらに、このような作業を行う際には、企業や患者に関するセンシティブな情報を扱うことから、セキュリティにも十分に配慮しなければならない。
デジタルツインを活用したデジタルツインシティ
〔1〕スーパーシティ構想
ここまで紹介した、遠隔医療や教育などを含む先進的なサービスを統合的に管理し、提供する構想が、内閣府の国家戦略特区で構想されているスーパーシティである。
スーパーシティとは、エネルギーなどの個別分野限定の実証実験的な取り組みではなく、行政や医療、教育なども含めて幅広く生活全般をカバーする取り組みと位置づけられている(図5)。
図5 スーパーシティの構成
〔2〕Network 2030のユースケース:デジタルツイン
このような都市全体を管理するために想定されているNetwork 2030のユースケースが、「デジタルツイン」(Digital Twin)である。
デジタルツインとは、リアルな物理製品(自動車や建物、都市、人など)をいきなりつくらないで、CADなどのデジタル環境でリアルな製品と同じもの(すなわち、バーチャルなモデル)をつくり、製品の設計や開発を行う手法として普及してきた。リアルな製品とバーチャルなモデルが瓜二つであることから、デジタル上の双子(ツイン)と呼ばれている。
サブグループ1文書では、デジタルツインを活用する典型的な例として「デジタルツインシティ」(Digital Twin City、DTC)を紹介している。
デジタルツインシティは、デジタルツイン関連技術を利用することで、道路やコミュニティ、学校、病院、水道システム、電力システム、さらには群衆の活動やイベントなど、都市に関するあらゆる情報をデジタルツインにマッピング(対応付け)することができる(図6)。
図6 デジタルツインシティのリファレンスフレームワーク例
出所 “Representative use cases and key network requirements for Network 2030” をもとに著者が日本語化して一部加筆
これによって、都市の運営者は、都市の問題が発生する前に、その対処法の検討や、対応策のモデル化を行うことができるようになる。
FG NET-2030のコラボレーションサイト注9での情報によると、2020年6月15日〜19日にオンライン開催された第7回会議において、本稿で紹介した資料や成果物とともに、今後取り組むべき項目などを含んだ勧告を取りまとめて、親グループであるSG13に提言することをもって、FG-NET2030の正式な活動は完了となった。
今後の取り組み項目の中には、セキュリティ面のさらなる精緻化や、今回のFG-NETの活動で明確になったギャップを埋める方法などが含まれている。
今後、Network 2030の検討が進み、導入に向けた、より具体的な取り組みが進むことを期待したい。
(終わり)
筆者Profile
新井 宏征(あらい ひろゆき)
株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長
SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、現在はシナリオプランニングの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。東京外国語大学大学院修了、Said Business School Oxford Scenarios Programme修了。
インプレスSmartGrid ニューズレター コントリビューティングエディター。
▼ 注9
誰でも作成できるITUユーザーアカウントをもっている人が閲覧できるサイトで、各回のミーティング資料等を閲覧できる。