ソフトバンクの通信技術のバックグラウンド
〔1〕TDD方式をいち早く商用展開
現在、国内4キャリア(通信事業者)の中で最もトラフィック(通信量)が多いのがソフトバンクだが(図1)、これは2008年に同社がiPhoneを日本で初めて導入した際に、データ通信においてトラフィックが爆発的に増大したため、大容量で堅牢な無線アクセスネットワーク(RAN:Radio Access Network)の構築を急いだという背景がある。
そこで導入された技術が、TD-LTE(Time Division Long Term Evolution、時分割多重方式を採用したLTE。TDD-LTEとも言われる)だ。TDD(Time Division Duplex、時分割複信)方式は、FDD(Time Division Duplex、周波数分割複信)方式と異なり、データ通信を前提に開発された通信方式である。1つの周波数帯を時間で区切ってそれぞれ上りと下りの通信にあてるため、キャリアからスマートフォンへの下り通信が圧倒的に多いトラフィックを効率的に処理することができる。この技術は、中国で開発されたTD-LTE規格をもとにソフトバンクが国際標準化を進め、グローバルでいち早く商用展開を行っている。
図1 国内4キャリアの1カ月の総トラフィック(単位:PB)の比較
PB:Peta Byte、ペタバイト。TB(テラバイト)の上の単位。1TB=1,000GB(ギガバイト)なので、1,000TB=1PBとなり、1PB=1,000,000GB(100万GB)の関係となる。
出所 ソフトバンク株式会社提供資料「ソフトバンクのAI-RANの実装と新プロダクトについて」
〔2〕集中制御方式:C-RANの導入
TD-LTEに続いて、C-RAN(Centralized Radio Access Network、基地局の制御部を集中的に設置するネットワーク構成)も導入された。これは、基地局を親局と子局に分割して光ファイバで接続する方式で、親局で子局の無線送受信を集中制御する。これによって、市街地で通信アンテナを高密度に設置しても、互いの干渉が抑制できるようになった。
〔3〕LTE時代からMassive MIMOを実装
C-RANの通信アンテナにはMassive MIMO(マッシブマイモ)注1が使われている。最大128本のアンテナと電波の指向性を高める技術で、ユーザーごとに専用の電波を割り当てる。これによって、駅や繁華街などの人が多く集まる場所でも高速で安定的な通信を実現できる。現在、このMassive MIMO技術は5Gのキーテクノロジーの1つとなっているが、それをソフトバンクではLTE時代から導入していた。
こうした技術革新を背景に、ソフトバンクは2016年9月に「ギガモンスター」注2を提供した。数GB程度が一般的だった時代に、データ定額プランで20〜30GBもの大容量を提供し、サービス価格は他社に比べビットあたり3分の1以下で提供した。また現在では、ビルの屋上などに設置されるアンテナは都心部などでは最小で20メートル程度の間隔で高密度に設置されている(図2)が、これは前述したC-RANによる基地局間協調制御技術に支えられているものだ。
図2 東京都中心部における高密度なアンテナ設置状況(青い点がアンテナを示す)
出所 ソフトバンク株式会社提供資料「ソフトバンクのAI-RANの実装と新プロダクトについて」
AITRAS:RANとAIを同一のコンピュータプラットフォーム上で稼働
AI-RANのコンセプト発表に続き、“次の一手”となるプロダクトが「AITRAS」だ。AITRASは、RAN(無線アクセスネットワーク)とAI(人工知能)を同一のコンピュータプラットフォーム上で動作可能にする統合ソリューションだ。大容量、高性能、高品質なRANをキャリアグレード注3で提供するほか、同時に生成AIなどのAIアプリケーションの効率的な処理と運用を目標に開発が進められている。これによって、通信サービスのほかにAIを活用した各種通信サービスやAI処理単独のサービスの提供などを目指す。
AITRASのシステム構成は図3の通り。大規模AIを視野に新設計されたNVIDIAのGPU注4であるGH200 Grace Hopperプロセッサ上に並行処理のためのMPS(Multi Process Service)、MIG(Multi Instance GPU、後述)による仮想化基盤を構築し、その上にL1からL3の無線信号の処理ソフトと、AIサービス用のEdge AI(エッジAI)を配置している。無線通信とAIサービスはオーケストレーター(自動的に管理・運用するソフト)によって管理・制御される。
ソフトバンクは図3の紺色部分を主に開発し、その他はパートナー企業とのコラボレーションによって共同開発されている。
図3 AITRASのシステム構成と、各パートナーとのアライアンスの状況
出所 ソフトバンク株式会社提供資料「ソフトバンクのAI-RANの実装と新プロダクトについて」
注1:Massive MIMO:大量のアンテナ素子を使用したMIMO(Multiple Input Multiple Output)。
注2:2020年3月11日(水)で新規受付を終了している。
注3:キャリアグレード:通信事業者が通信網の構築や運用に使うことができると判断した高い水準。
注4:GPU:Graphics Processing Unit、ジーピーユー。3Dグラフィックス(3次元画像)や映像の処理を行うプロセッサ。データを大量かつ高速に処理する。近年は、映像処理だけでなくビッグデータやAIの計算にも使われている。