温室効果ガス排出量半減も可能
2020年10月に発足した管新政権の所信表明で、2050年に温室効果ガス排出量・実質ゼロが打ち出されたため、そのための取り組みがいっそう強く求められている。特に、自動車などの交通部門は温室効果ガス排出量の多い部門の1つとされ、EV化が急がれている。
しかし2010年の統計では、交通部門の温室効果ガス排出量は全体の14%にしか過ぎない注3と指摘しながらも、吉野氏は、次のような大きな可能性をアピールした。
「EV化による温室効果ガス削減の効果は、交通分野だけにとどまりません。温室効果ガス排出量で約35%を占め最大の排出要因となっている、火力発電などエネルギー部門からの排出量をゼロにできる可能性があるのです」(吉野氏)。
EV向けのLIBを社会の蓄電システムとして活用することができれば、いずれはエネルギー部門からの35%の排出量がゼロにできる。そうすれば、交通部門の14%と合わせ、温室効果ガス排出量を約半分(50%)に抑えられるという計算になり、排出量ゼロへの道のりも短縮される。「EV化は交通部門だけでなく、社会全体の温室効果ガス排出量の削減に波及することに、ぜひ着目して欲しい」(吉野氏)。
サステナブル社会実現に向けて:「環境」「経済性」「利便性」が不可欠
図2 「環境」「経済性」「利便性」を同時に実現
出所 吉野 彰、「リチウムイオン電池が拓く未来社会」、インプレス SmartGridフォーラム2020、2020年11月5日
温室効果ガス排出量削減を推進し、ひいてはサステナブル社会を実現するために何が必要となるか。それには「環境」「経済性」「利便性」のバランス(図2)が欠かせない、と吉野氏は指摘する。
環境への適合性が良くてもその製品やサービスが高コストでは普及しない。さらに利便性が高くないと使う人は増えない。何かを満足させるためにどこかを我慢させてバランスさせるのではなく、環境への適合性が高くて安く、しかも便利であれば、おのずと普及していく。それによってサステナブル社会の実現が進んでいく。
キーワード1:CASE(ケース)
それではどのようなシナリオが考えられるか。そのヒントとして、吉野氏は2つのキーワードを挙げる(図3)。
図3 2つのキーワードが未来のクルマ社会を予言
出所 吉野 彰、「リチウムイオン電池が拓く未来社会」、インプレス SmartGridフォーラム2020、2020年11月5日
1つはCASE(Connected-Autonomous-Shared-Electric、ケース)。ドイツ・ダイムラー社が2016年9月に発表したビジョンで、現在では、未来の自動車の概念としてすっかり定着したキーワードだ。
Connectedは自動車自身が交通情報だけでなく世界中の社会や人と繋がり、情報共有することで、自動車のIoTともいえる。AutonomousはAIによる無人自動運転で、これによって交通全体の優れた安全性や信頼性を確保する。Sharedはシェアリング、経済性を飛躍的に高める効果がある。こうした機能やサービスは、(通信における情報のやり取りの)遅延があっては安全性や機能性に問題が生じるため、5Gによる通信が大前提となる。そしてこれらを駆動するのがElectric、すなわちLIBによる電動化だ。
▼ 注3
IPCC AR5 WGⅢ報告書SPM(IPCC 第5次評価報告書のうち、第3作業部会が作成した政策決定者向け要約)より。
IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change、国連気候変動に関する政府間パネル。AR5:Fifth Assessment Report、地球温暖化に関する5番目の報告書(IPCC第5次評価報告書)。WGⅢ:Working Group Ⅲ、第3作業部会(気候変動の緩和策を担当)。SPM:Summary for Policymakers、政策決定者向け要約。
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_wg3_overview_presentation.pdf