[【8周年記念】特集]

リチウムイオン電池が拓く未来社会

SmartGridフォーラム2020レポート【ノーベル化学賞受賞者 吉野 彰 氏 基調講演】
2020/12/10
(木)
篠田 哲 株式会社クリエイターズギルド

長期耐久性がカギに

 その反面、吉野氏は新たな課題として「LIBの長期耐久性」を挙げる。

 1台のAIEVを10人でシェアする場合、1人が年間1万km利用するならAIEVの年間通算走行距離は10万kmとなる。このため、従来の10倍の長期耐久性をLIBが確保する必要が生じる。しかし、現状の技術でも対応は難しくはないと吉野氏は語る。

 AIEV用のLIBは、「エネルギー密度」(充電1回分の航続距離)と、「通算走行距離」(長期耐久性)の間には負の相関関係があり、エネルギー密度を上げると通算走行距離は減る。逆に、エネルギー密度を下げれば通算走行距離を伸ばすことができる(図5)。

図5 AIEV用電池のエネルギー密度と長期耐久性の許容範囲の概念図

図5 AIEV用電池のエネルギー密度と長期耐久性の許容範囲の概念図

LFP:Lithium iron Phosphate、リン酸鉄リチウム(LiFePO4)  LTO:Lithium Titanite、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)
Cathode:カソード、電子が流れ込む極  Anode:アノード、電子が流れ出す極
出所 吉野 彰、「リチウムイオン電池が拓く未来社会」、インプレス SmartGridフォーラム2020、2020年11月5日

 現在、エネルギー密度が最も高いLIBとして、例えば米国の電気自動車メーカーであるテスラ社が採用している円筒型LIBは600〜700Wh/L注8を達成していると言われているが、通算走行距離は10万km程度にとどまる。エネルギー密度を400〜500Wh/L程度に抑え、その分の性能を耐久性にまわすことで、通算走行距離を60万km程度まで伸ばす設定が可能だという。

 この他にも、電極の素材を変えて長期耐久性を確保したLIBが開発されている。「LFP Cathode LIB(図5中の水色の丸)」は正極に少し電圧を落とした鉄系の正極材を使った電池で、すでに市販されている。また、「LTO Anode LIB(図5中の緑の丸)」は酸化チタンをベースにした負極材を使った電池で、長期耐久性はあるがエネルギー密度の向上が課題となっている。今後の開発の進展によっては、新たなAIEV用LIBとして期待できる。

LIB開発:2つの方向性

 今後、LIB開発について、吉野氏は図6に示す2つの方向性(シナリオ)を示している。

図6 2025年以降のリチウムイオン電池への期待

図6 2025年以降のリチウムイオン電池への期待

出所 吉野 彰、「リチウムイオン電池が拓く未来社会」、インプレス SmartGridフォーラム2020、2020年11月5日

 1つは現状の方向性で、エネルギー密度の向上を図りながら価格の抑制を目指す。地球温暖化ガス排出など地球環境への貢献はある程度見込めるものの、LIBの価格を抑えることが普及のカギとなる。その点では、現在のEVが抱えている課題と同じといえる。

 もう1つはCASEを前提としたもので、これは前者とはまったく正反対のシナリオとなる。エネルギー密度も価格も現在のレベルで十分対応できる反面、長期耐久性の確保が大きな課題となる。多数のユーザーによるシェアを前提としているため、自家用車の削減が進み、ゼロエミッション化のいっそうの推進が期待できる。シェアリングによって、個人の費用負担も大幅に削減できる。

将来のサステナブル社会を見据えて

 今後、サステナブル社会を実現していくにあたって、AIEVは大きな役割を果たすだろう。CASEによって「環境」「経済性」「利便性」をバランスさせることはそう難しいことではなくなるはずだ。また、MaaSによって新たなビジネスチャンスも増えるはずである注9

 吉野氏は、「将来のサステナブル社会を見据え、今後は実現のための具体的なシナリオをぜひ考えて欲しい」と語り、講演を締めくくった。

◎プロフィール(敬称略)

吉野 彰(よしの あきら)

工学博士
旭化成株式会社 名誉フェロー
国立研究開発法人産業技術総合研究所 フェロー
兼 エネルギー・環境領域 ゼロエミッション国際共同研究センター センター長
技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター理事長
九州大学 栄誉教授 グリーンテクノロジー研究教育センター訪問教授
名城大学 特別栄誉教授 大学院 理工学研究科 教授

1970年3月京都大学工学部石油化学科卒、2005年3月大阪大学大学院 工学研究科 博士(工学)取得。1972年4月旭化成工業株式会社(現 旭化成株式会社)入社、イオン二次電池事業推進部商品開発グループ長、電池材料事業開発室室長等を経て2003年10月旭化成グループフェロー。2017年に名誉フェロー。
主な受賞歴:2003年文部科学省「文部科学大臣賞 科学技術功労者」、2004年日本国「紫綬褒章」、2012年米国電気電子工学会「IEEE Medal For Environmental And Safety Technologies」、2019年欧州特許庁「欧州発明家賞」、2019年スウェーデン王立科学アカデミー ノーベル化学賞、等多数。


▼ 注8
Wh/L:電池から単位体積当たり〔1リットル(Liter)当たり〕で取り出せる電力量の単位。

▼ 注9
参考:KRI Webサイト、未来社会イメージビデオ:吉野彰先生監修「〜エネルギーが変わる〜 ET革命がもたらす新しい社会」

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