自動車利用コストが7分の1に
「CASEにより、自動車利用にかかるコストを現在の7分の1にできる可能性があります」(吉野氏)。
図4は、エンジンの自家用車かEVの自家用車を所有する場合、エンジン車タクシー、エンジン車の自動運転タクシー、EV自動運転タクシー、それぞれの個人の費用負担を算出した例である。この結果、エンジンの自家用車が年間91万円(910kJP¥)であるのに対して、EV自動運転タクシーは12万6千円(126kJP¥)となり、その費用負担はエンジンの自家用車に比べ7分の1注4となる。
図4 自家用車とAIEVのコスト比較
AIEV:Artificial Intelligence Electric Vehicle 、AI(人工知能)の技術で実現する「無人自動運転機能」をもつ電気自動車のこと
出所 吉野 彰、「リチウムイオン電池が拓く未来社会」、インプレス SmartGridフォーラム2020、2020年11月5日
この優れた経済性を実現するのがシェアリングだ。車両本体の価格はEV自動運転タクシーの方がエンジンの自家用車よりも高価だが、複数人(この分析では10人)でシェアするため、1人あたりの費用負担を大幅に抑えることができる。
これによってメーカー側にとっても、EV自動運転タクシーが高価格でも売れる、というメリットが生まれる。エンジンの自家用車の10倍の価格になっても、EV自動運転タクシーのコスト負担の方が安いという試算結果が出ている。
「EVなど環境性の高い自動車を使おうとすると、これまでは個人のコスト負担が大きかったが、それがCASEによってドラスティックに変わります。また、メーカーにとってもうれしい。さらに、スマートフォンやリストウォッチなどから自動運転車を呼べば、自分のいる場所までやってきてくれたり、自動運転車に行き先を指示すれば、自分で運転しなくても目的地に運んでくれたりする。このように、環境性も経済性も利便性もバランスできるようになります」と吉野氏は強調する。
キーワード2:MaaS(マース)
キーワードの2つ目がMaaS(Mobility as a Service、マース)注5で、AIEV注6をプラットフォームとした新たな産業が生まれると吉野氏は予言する。
モバイルIT社会の進展の中で、スマートフォンが開発された。それをプラットフォームとしてSNSやエンターテインメント、Eコマースなどのサービスが進化し、GAFA注7と呼ばれる世界的な巨大企業も生まれるほどの一大産業に成長した。
同様に、次の巨大で新しい産業の創出がAIEVとMaaSによって始まる。自動運転によって運転操作から解放されたドライバーは、AIEVの車内で映画を観るようになるかもしれない。あるいは、車内から情報検索をして近隣の新サービスを発見したり、新たな飲食や買い物が体験できたりするかもしれない。現在では思いもよらないサービスが生まれ、それが次のビジネスの一大潮流となる。
LIBの課題と将来:電池容量の問題はなくなる
「現在、EVの航続距離に代表されるLIBの電池容量が課題とされていますが、CASEの世界になればそれは問題ではなくなります」と吉野氏は語る。
AIEVは、自車がそれぞれ情報をもち、他車と5G回線でリアルタイムに情報交換しているため、自車の蓄電池の充電量が低下した場合、近くにいる他の満充電のAIEVを呼び出し、ユーザーに乗り換えてもらう。
それを繰り返すことで、ユーザーは目的地に向かう。充電量の減ったAIEVは近くの充電ステーションまで自走し充電する。1回の充電で航続距離300km程度のAIEVでも、1回乗り継げば約600km、東京から大阪への移動をこなすことができる。
▼ 注4
図4で、エンジンの自家用車が年間91万円(910kJP¥)であるのに対して、EV自動運転タクシーの場合は12万6千円(126kJP¥)なので、910kJP¥÷126kJP¥=7.2となり、約7分の1の費用負担となる。
▼ 注5
MaaS:多種類の交通サービスを需要に応じて利用できる1つの移動サービスに統合すること(2015年 ITS世界会議での定義)。新しいサービス概念のため、国や研究者によって定義が異なる。吉野氏の講演では、SaaS(Software as a Service)のモビリティ版として定義している。ITSとはIntelligent Transport Systems(高度道路交通システム)のこと。
▼ 注6
AIEV:Artificial Intelligence Electric Vehicle、AI(人工知能)の技術で実現する「無人自動運転機能」をもつ電気自動車のこと。
▼ 注7
GAFA:Google、Amazon、Facebook、Appleの頭文字。米国のモバイルIT社会で支配的な企業の総称。