[ZEV開発の国際潮流と日本の現況]

ZEV開発の国際潮流と日本の現況 ≪後編≫

― EV転換による脱炭素効果と日本の自動車産業の課題 ―
2022/07/07
(木)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

和田氏・井上氏の提言:これからの日本はどうすべきか

〔1〕日本版ZEV規制の制定

 日本政府は「2035年までに、乗用車新車販売で電動車100%を実現できるよう、包括的な措置を講じる」との方針を、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」注7で提示している。しかし、これは自主目標でしかなく、目標となる具体的な数値も設定されていないため、実現性に乏しい。これを規制・法制化することで強制力を高め、実現に近づけるべきだ、と和田氏は語る。

 その1つの方策として、すでに施行されている米国カリフォルニアZEV規制注8を参考とした日本版ZEV規制を和田氏は提案している。

 まず、2035年電動車100%を実現するためのマイルストーンを設定する。ここで、各目標年に達成すべきBEVなどの普及目標を設定する(図5)。

図5 和田氏による日本版ZEV規制(試案):各車両の普及目標比率

図5 和田氏による日本版ZEV規制(試案):各車両の普及目標比率

出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5 月9日)、和田 憲一郎氏、「日本に於ける環境対応車の現状と将来」(株式会社日本電動化研究所)より

 これが達成できないメーカーには、ペナルティが科される。その際、ゼロエミッション化の実現度が高いBEVなどはペナルティの料率を優遇し、逆にCO2を排出するHEVは高めとする。和田氏の試案では、①BEVとFCEVをGold(ゴールド)、②PHEVをSilver(シルバー)、③HEVをBronze(ブロンズ)とクラス分けしている(表1)。ペナルティとしては、現金による罰金のほかに、カーボン・クレジットの購入義務も考えられる。

表1 和田氏による日本版ZEV規制(試案):車両別比較[単位:%]

表1 和田氏による日本版ZEV規制(試案):車両別比較[単位:%]

ZEV:Zero Emission Vehicle、EV(BEV)およびFCEVのゼロエミッション車のこと
TZEV:Transitional Zero Emission Vehicle (PHEV)、過渡的なZEV。比較的BEVに近いところから、TZEVといわれる。PHEVのこと
AT PZEV:Advanced Technology Partial Zero Emission Vehicle(HEV)、ハイブリッド車のこと
※Gold(BEV、FCEV)、Silver(PHEV)、Bronze(HEV)ではカーボン・クレジットで差を設けるべき。
[出典]日本電動化研究所(試案)
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、和田 憲一郎氏、「日本に於ける環境対応車の現状と将来」(株式会社日本電動化研究所)をもとに一部加筆・修正して作成

〔2〕船舶なども含めた、包括的なゼロエミッションへの法整備

 さらに自動車だけでなく、船舶や建設、農業などすべてのモビリティの包括的なゼロエミッション化を和田氏は課題に挙げる。それは環境保護のみならず、日本メーカーの振興にもつながる。そのための法整備を国主導で行うべきだ、と和田氏は述べている。

〔3〕日本製バッテリー生産は毎年2兆円規模の支援

 それでは、日本経済の大幅な下振れリスクを回避するために、どうすべきか。井上氏は次の3つを挙げている。

 1つ目は、日本政府による日本製バッテリー生産工場建設・稼働の戦略的な支援だ。これは、日本自動車産業の独立性を高め、他国の覇権から守るために必須で、国内OEMバッテリーメーカーに対して建設地の国内外を問わず、投資と支援を継続的に行うべきだ、としている。さらに、この支援は、国内での工場新設は、内燃機関からBEV化のために失われる雇用の受け皿となるため、その観点からも意義がある。

 一方、日本における発電状況は依然としてCO2排出が多く注9、これを製造工程で使うことはLCA注10で不利となり、製品の競争力低下が懸念される。その対策として井上氏は、地域と連携した再エネ発電所付き大規模バッテリー工場を提案している。

 CO2排出を抑制する再エネ需給ネットワークを、地域と構築しながら工場を建設・稼働し、日本全体のバッテリー生産量を引き上げる。ゆくゆくは、生産しているバッテリーを活用した定置型の蓄電施設なども建設し、それらと組み合わせながらCO2排出をさらに低減しつつ生産を行う。海外には、すでに稼働している例があるという。

「2030年想定リスク下限の26.8兆円(図4)を踏まえると、今年から30年までの約10年間に、毎年2兆円規模の支援を政府が行うべきです。このぐらいの規模でないと海外のメーカーに対してまったく太刀打ちできないというのが現状です」(井上氏)。

〔4〕政府主導による集合住宅への充電施設支援

 2つ目として、ゼロエミッション化には、BEV自体のいっそうの普及促進も欠かせない。その方策の1つとして、井上氏は政府・自治体主導によるマンションなど集合住宅対策を挙げている。集合住宅でBEV充電設備を設置する場合、管理組合の合意が必要だが、これが設置ヘの大きなハードルになり、BEVの普及を阻む要因となっている。

 そこで、イギリスのロンドン市では新たに条例を定め、設備の設置を促進している。住人からの充電施設設置の要望に集合住宅の管理組合だけでなく、集合住宅管理者協会(ARMA:Association of Residential Managing Agency)が連携して対応するもので、これによって、設置費用の75%は政府の補助が下りる。こうした基盤整備も、政府や行政の主導のもとで行っていく必要があるだろう。

〔5〕廉価BEVを中心とした購入補助

 3つ目として、BEV購入促進を目的とした補助金政策を挙げる。日本でも行っているが、特に廉価BEV普及を視野に入れた制度設計が必要だ、と井上氏はいう。例えばフランスやドイツでは、補助対象のBEVの上限価格を決めている(表2)。

表2 廉価EV(BEV)優遇・内燃機関⾞廃⾞促進の補助⾦例

表2 廉価EV(BEV)優遇・内燃機関⾞廃⾞促進の補助⾦例

[出典]Wallbox をもとに抜粋して筆者作成
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5 月9日)、井上眞人氏(イタリア・トリノIED 教授)資料より

 つまり高額なBEVには補助を薄くし、その一方でより多くの人が購入できる廉価BEVを厚く補助し、BEVの全体数を増やす。それによって、ゼロエミッション化を広く進める。こうした目的に沿った制設計を日本も見習うべきだ、と井上氏はいう。

*    *    *

 以上、「ZEV開発の国際潮流と日本現況」について、前編では「ZEV化に向かう世界の自動車産業」を、後編では「EV転換による脱炭素効果と日本の自動車産業の課題」を見てきた。

 これらを通して、ゼロエミッション(ZEV)化は、自動車産業だけでなく、今後の日本の経済や社会全体においても、最重要課題の1つとなってきたことがわかる。

 自動車産業の現状における日本のゼロエミッション(ZEV)化の出遅れは、ぜひとも挽回しなければならないが、そのためには、国の強い主導が不可欠だ。

【本記事における「BEV」などの表記について】

電動車の型式とその名称は世界的に表記統一が進んでおり、本稿もそれに則って記載しているが、一部資料等で他の記述と混在している場合があるので注意していただきたい。以下は、電動各車の略称と正式名称。

  • BEV:Battery Electric Vehicle、バッテリー搭載の電気自動車
  • FCEV:Fuel Cell Electric Vehicle、燃料電池による電気自動車
  • PHEV:Plug-in Hybrid Vehicle、外部充電機能を備えたハイブリッド車
  • HEV:Hybrid Electric Vehicle、ガソリンエンジンと蓄電池による自動車

◎発表者プロフィール(敬称略)

和田 憲一郎(わだ けんいちろう)氏

株式会社日本電動化研究所 代表取締役

元三菱自動車 世界初の量産型電気自動車「i-MiEV」開発責任者。
1989年三菱自動車入社。2005年に新世代電気自動車「i-MiEV(アイ・ミーブ)」の開発スタート後、MiEV商品開発プロジェクトのプロジェクト・マネージャー就任。2009年の発売後はEV充電インフラビジネスを牽引。2013年3月退社後、株式会社日本電動化研究所を設立し、Eモビリティ開発で培った経験・知見をベースに、モビリティー・エネルギー、家&街づくりをつなぐビジネスなど各界で活躍中。

井上 眞人(いのうえ まさと)氏

イタリア・トリノIED(Istituto Europe di Design) 教授

元日産自動車 初代「日産リーフ」チーフ・デザイナー。
米国カリフォルニア・アートセンター(Art Center College of Design)卒業後、日産自動車先行デザイングループ チーフ・デザイナーとして、世界の自動車ショーで発表されるコンセプトカーのデザイン開発を統括。その後、世界初の大規模量産電気自動車となる日産リーフのデザインダイレクターとなり、日産の電気自動車デザインなども統括。2014年よりイタリア・トリノの美術・デザイン大学であるIAAD(Istituto d’Arte Applicata e Design)のトランスポーテーション学科 教授。2021年末より、同様のトリノの大学IEDにてトランスポーテーション学科 教授。


▼ 注7
2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略:2020年12月25日、菅政権が掲げる「2050年カーボンニュートラル」への挑戦を、「経済と環境の好循環」につなげるための産業政策として策定された。

▼ 注8
カリフォルニアZEV規制: 2035年までに州内で販売される新車をすべてZEVにすることを義務づけるカリフォルニア州知事令、2020年9月23日発令(Governor Newsom Announces California Will Phase Out Gasoline-Powered Cars & Drastically Reduce Demand for Fossil Fuel in California’s Fight Against Climate Change
Published: Sep 23, 2020)

▼ 注9
日本は水力、再エネ、原子力といった非化石による電源比率が22%(2022年、資源ATエネルギー庁データによる)と低く、全体の7割以上を原子力により発電しているフランスや、非化石電源が5割を占めるイギリスなどよりも大きく見劣りしている。

▼ 注10
LCA:Life Cycle Assessment、ライフサイクルアセスメント。製品・サービスの資源採取から生産・流通・消費・廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体の環境負荷を定量的に評価する手法。ISO(国際標準化機構)の環境マネジメント国際規格(ISO14040、ISO14044。2006年)が制定されている。

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