世界の自動車マーケットと日本の自動車産業
図1 主要国の新車販売台数(2021年)
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、和田 憲一郎氏、「日本に於ける環境対応車の現状と将来」(株式会社日本電動化研究所)より
〔1〕中・米・欧を中心とした自動車市場の全体像
新車販売状況について、和田氏によれば、2021年は世界で約8,300万台が販売されたが、それを国や地域別で見ると中国、米国、欧州で世界全体の66%を占めている。これに日本とインドを加えると7割を超える(図1)。新車販売はこれらの国や地域がメインのマーケットとなる。残りの24%は、アフリカ諸国や中南米諸国など100カ国あまりが占めている。人口1億4,400万人のロシアでさえも全体の約2%にすぎず、これらの国々や地域における、販売のメインは中古車となる。
日本の自動車メーカーの生産状況はどうだろう。総生産台数約2,400万台(2021年)のうち約7割が海外工場での生産によるもので、これは全世界で現地生産化(ノックダウン)が進展しているためだ。日本国内で生産され海外輸出される台数を合わせると、全体の約8割が海外向けとなる。
「こうした状況を見ると、日本の自動車メーカーが今後も世界と互して事業展開するには、中国、米国、欧州を抜きにしては語れません。これらの地域で近年、環境規制が厳しくなっていますが、そういった動向に対応していかないと今後の自動車ビジネスは立ちゆかなくなります」と和田氏は語る。
〔2〕次世代の電動車動向:先進の中国、ガラパゴス化する日本
次にBEV(Battery Electric Vehicle)などの電動車(Electrified Vehicle)の動向について、井上氏は、2021年における自動車総販売台数をもとに主要マーケットの状況を次のように解説する。
図2 2021年度 世界の電動車販売台数
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、井上眞人氏(イタリア・トリノIAAD 教授)資料を一部加筆修正
- 欧州の電動車の動向
欧州では、電動車の販売台数は伸び、2016年からの5年間で約13倍となっている。2021年には全体の新車販売台数がマイナス2%となる中、10〜12月期には2割に迫る伸びの勢いだ。その総数は219万台、対2020年比では64%増の伸びを記録している。 - 中国の電動車の動向
中国では、2021年の電動車の新車販売台数が、前年比2.6倍の293万台に達している。その結果、ガソリン車を含めた全体の新車販売台数が4年ぶりにプラスに転じた。電動車は総販売台数の21%を占め、そのうちBEVは17%(その他はPHV:Plug-in Hybrid Electric Vehicle)。特筆すべきは2021年12月だけで、50万台以上もの電動車が売れたことだ。それは、日本における1カ月のすべての自動車販売数(ガソリン車含む新車・中古車。2021年12月)に匹敵する数字だ。 - 米国の電動車の動向
米国では、2021年の電動車販売台数は60万8,000台で、新車販売に占める比率は2.9%。そのうちBEVは44万3,000台(2.1%)で、前年比85%増、全新エネルギー車販売の73%(=44万3,000÷60万8,000)を記録している。 - 日本の電動車の動向
日本の2021年の電動車比率は2.0%。うちBEVは2万1,139台、対前年比45%ではあるものの、全体比率では1%にすぎない。
これらを総合してグラフ化したのが図2である注1。世界で、2021年度の電動車販売台数は欧州119万台、中国293万台、米国60.5万台、全世界での電動車比率が8.5%程度まで上昇してきている。それに対して、日本はわずか2.1万台。「これを見れば、日本がいかにガラパゴス状態であるかわかります」(井上氏)。
いまなぜ、ZEV化が求められているのか
〔1〕ガソリン車に代わる「次世代車」の定義とは
「私たち人類は、地球が46億年かけて作ってきた石油をはじめとする地下資源を、産業革命からたった300年で使い果たそうとしています。それに代わるのは、この宇宙船地球号に外部から入ってくるエネルギーである太陽光しかない」と井上氏は警鐘を鳴らす。
したがって、次世代は地下資源に頼らず、外界からの太陽光エネルギーと、それがもたらす気象変化を利用した水力発電や風力発電だけで社会全体を動かす仕組みを作らないと、本当の意味での永続性は確立できない。
そうした視点から次世代の人類が使う自動車には、まず、エネルギー問題への対応が求められる。国際的には、今後も人口の増加が予想され、しかもエネルギー問題も厳しさが増す状況の中で。加えて、地球温暖化による異常気象を食い止めるための脱炭素化が、世界的に喫緊の課題となっている。この環境問題に関する明確な答えも次世代車に求められる要件となる。
つまり次世代車とは「エネルギー問題と環境問題に、明確な答えを提示できる自動車である」と、井上氏は定義している。
〔2〕課題解決につながるのはBEVなどのZEVしかない
次世代車がクリアすべき課題について、井上氏は、パリ協定(COP21)注2で定められた四輪車のCO2排出総量と低減目標をベースに解説した。
今後、ガソリン車の販売台数が増加しても燃費改善をしない場合、CO2排出量は増加を続け、2050年に95.7億トンで飽和すると予測されている(図3)。これに対して、パリ協定では2050年まで段階的にCO2排出量を17億トンレベルにしていくことを目指すと決められており(図3のグレーのライン:COP21目標ラインTarget)、その削減比率は82%にもなる。また、その削減量は、2015年からCO2排出量を年率8%で規制を想定したライン(図3のオレンジのライン)とほぼ重なる。これがCO2排出量の目標達成への道筋となる。
図3 パリ協定で採択されたCO2削減目標
出典:PWC Japan
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、井上眞人氏(イタリア・トリノIAAD 教授)資料を一部加筆修正
〔3〕CO2排出量の目標達成に向けたシミュレーション
CO2排出量の目標達成に向けてシミュレーションをしたのが図4である。図4では、乗用車を今後、全車HEV(ハイブリッド自動車。燃料はガソリンのみで走行)とした場合と、全車BEV(電気自動車。ガソリンは使用しない、電気のみで走行)とした場合を比較している。
図4 HEVとBEV(EV)におけるCO2排出量の比較
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、井上眞人氏(イタリア・トリノIAAD 教授)資料を一部加筆修正
HEVは、ガソリン車のCO2排出量を3割削減する技術による自動車である。これは図4に示す太い赤ラインとなる。2025〜2026年までは「COP21目標ライン」よりも下回っているが、それ以降、CO2排出量は増加の一途を辿る。
全車がBEV(EV)となった場合の想定が、図4の太いブルーのラインとなる。ただし、これには考慮すべき前提があり、それが図4のブルーの矢印で示す「脱炭素発電量」だ。走行時にCO2を排出しないBEVであっても、火力発電由来の電気を使用して(蓄電池に充電)いては、全体的なCO2排出量の削減につながらない。そのために、走行に使う電力は再生可能エネルギー(以降、再エネとする)、つまり脱炭素発電由来のものを使う必要がある。日本の方針では、2050年に脱炭素発電量100%という目標が掲げられているが、井上氏は、それまでのステップとして2020年20%、2030年50%、2040年70%の脱炭素発電比率を設定している。
その前提によれば、脱炭素発電比率の低い2020年ではHEVのほうがCO2排出量の削減効果が高いが、その後5年程度で逆転する。そして、2050年に脱炭素発電量比率が100%になった際には、BEVのCO2排出量は総体でゼロとなる。このように、CO2排出量の削減に関して、HEVとBEVでは歴然とした優劣が生まれる。しかもHEVは、2025〜2026年以降は脱炭素化の阻害要因となり、現状のガソリン車と同じ扱いでしかならなくなる。
こうしたデータから井上氏は、「『エネルギー問題と環境問題に答えを出す』という次世代車の定義にあてはめると、BEVをはじめとするZEVしかない」と断言する(表1)。また、この結論は、欧州委員会(EC)の法規制「Fit for 55 package」(後述)の議論の出発点ともなっている、と同氏は指摘する。
表1 次世代車に関するHEVとBEV(EV)の比較
出所 「ゼロエミッション車に向かう世界の中の日本」メディア・ブリーフィング(2022年5月9日)、井上眞人氏(イタリア・トリノIAAD 教授)の資料をもとに編集部で作成
▼ 注1
本項で掲げたデータは、各国・地域によってBEVとPHEVが混在している場合がある。また本項ではBEVとPHEVを総称して「電動車」と記載している。
▼ 注2
パリ協定(COP21):国連気候変動枠組条約第21回締約国会議、2015年11月30日〜12月13日にフランス・パリで開かれ、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための新たな国際枠組みが「パリ協定」として採択された。