〔2〕損失と損害(通称ロスダメ)への対応
─編集部 2つ目の注目点である、損失と損害(Loss and Damage)という課題への対応について教えてください。
田村 図5に示すように、パリ協定では気候変動対策については、「緩和」「適応」「損失と損害」という3つのアプローチが規定されています。
まず「緩和」(Mitigation)ですが、省エネの取り組みや再エネの拡大、森林の整備などを行って脱炭素化を行い、ネットゼロ(実質上、温室効果ガス排出ゼロ)を実現することで、気候変動の緩和を目指すことです。
次に「適応」(Adaptation)ですが、すでに発生しつつある気候変動による悪影響(山火事や干ばつなど)を防止したり、軽減したりすることや、途上国への支援を強化することです。気候変動を「緩和」できれば、「適応」のニーズを抑制できます。
最後の損失と損害(Loss and Damage、通称‘ロスダメ’)は、「緩和」や「適応」などの対策を行ったうえでもなお避けられない被害のことをいいます。「適応」がうまく進めば、ロスダメを最小化することが可能になります。
図5 気候変動対策における3つのアプローチ「緩和」「適応」「損害と損失(ロスダメ)」出所 IGES椎葉 渚、「気候変動の影響による損失と損害(ロス&ダメージ)COP28に向けた動向の整理」、2023年11月22日
─編集部 気候変動対策においては、「緩和」「適応」「損失と損害」の3つが重要なことなのですね。
田村 はい。ただこの3つのうち、ロスダメ(損失と損害)の課題に対応するには、被災から回復するための基金が必要です。現在、台風をはじめ豪雨、干ばつ、熱波、山火事などが世界中で甚大な被害をもたらしています。さらに途上国では、貧困層を中心に、生活基盤や食糧安全保障への悪影響が顕在化しています。
途上国側は先進国に対して、これまで先進国がCO2などの温室効果ガスを大量に排出してきた歴史的な責任を追求しています。このようなことから、前回のCOP27で、気候変動の悪影響に対して、「特に脆弱な途上国」のロスダメに対応するために、新たな基金を設立することに関しての合意が成立しました。そこで、その基金をどのように運用していくかということで、「移行委員会」(TC:Transition Committee)が設立され、COP27からCOP28までの1年間、基金の運用について審議されてきました注10。
─編集部 移行委員会での審議結果はどうだったのでしょうか。
田村 運用ルール等について、移行委員会では一応の合意がなされました。ただし、それぞれの国が妥協した内容であり、不満も見え隠れしていました。また、COP28の交渉が始まると、他の交渉議題との取引材料に使われ、「ちゃぶ台返し」が起こる可能性も懸念されました。つまりCOP28での正式採択は予断を許さないところがありました。
しかし、COP28の議長国UAEがかなり根回しというか事前調整などの外交努力や、手腕を発揮したこともあり、COP28の初日に移行委員会から提案された「ロスダメ基金の運用方法」などが正式採択されました。このためCOP28は幸先の良い、まさにロケットスタートしたのです。
─編集部 それは素晴らしいですね。ところで、ロスダメ基金は、現在どの程度の基金が集まっているのでしょうか? 目標金額はどのくらいなのでしょうか?
田村 現在、8億ドル弱(1,160億円弱。1ドル145円換算)の基金が集まっているようです。
─編集部 ドジャースの大谷翔平選手との契約金(7億ドル、1,015億円)くらいですね(笑い)。
田村 はい。実際のロスダメの見積もりと比べると桁が違うのです。今後、途上国では3千億ドル~4千億ドル(40兆円~60兆円程度)の被害が出るとの試算もあり、8億ドル弱というのは、少なさすぎるのです。
すでに、例えばドイツやフランス、UAEなどは多くの額を拠出していますが、中国がまだ拠出していないなどの課題もあります。基金の目標金額は、各国の政治判断となりますが、各国の拠出金などに頼っていたら到底足りないほどの大きな金額なので、以前からいわれているような革新的資金メカニズム(例えば金融取引税。金融機関が行う金融取引に課税する税制)のような仕組みを導入することによって、目標を達成していくことも必要かと思います。
(後編に続く)
撮影 松本 裕之
注10 www.iges.or.jp/sites/default/files/2023-11/20231122_shiiba_0.pdf