2030年頃には本格的なビジネス展開を目指す
─編集部 ペロブスカイト太陽電池に関する実証事業の詳細と現在までの結果について教えてください。
阿部 具体的な実証事業の期間は、前述したように2023(令和5)年10月(2023年度)~2026(令和8)年3月(2025年度)ですが、初年度の2023年度は2024年3月に1週間実施し、完了いたしました。大さん橋の一角にスペースを確保し、そこに設置したパネル(板状で薄い建材)にペロブスカイト太陽電池モジュールを貼りました。また、発電システムで必要となる器材(制御装置等)のほか、塩害評価用のフィルム、環境評価用の温度や日照などのセンサーなどもセットしました。
初年度(2023年度)の実証は2024年3月に行われましたが、環境省の実証事業採択から間がなかったこともあり、まずは10センチ角の小さいモジュールを10枚使った発電テストを1週間行いました。そこで、60W程度の電力を確認しています。また、PSCモジュールの貼り付け方法によっては雨水が浸入したものが発見されたので、その結果をもとに対策を進めています。
─編集部 今後の実証事業の予定やゴールはどのようになっていますか?
阿部 2024年度は、さらに規模を拡大した実証を2024年11月初旬から実施予定です。貼り付けるPSCモジュールを増強して発電量を増やすことをはじめ、シリコン型では設置が難しい段付きの屋根や、トラックなどの幌(ほろ。車両などを覆うための防水布)にモジュールを貼り付ける幌タイプなどの設置の可能性を追求します(図5)。
同時に、交換容易性を高めるためには、どのような方法が適切かといった評価も行います。着脱が容易なベルクロ(マジックテープ)で貼り付けることを考えていますが、その際の発電効率や、交換で剥がすときにPSCモジュールに負荷がかかっても発電能力に影響ないか、そもそも他の貼り付け方法はないかなども検討しています。
最終的には、こうした苛烈な環境下でも、まずは15㎡のモジュールで1.5kW程度の定格出力が実現できるのではないかと見込んでいます。
─編集部 実用化の時期に関して、他の企業からは2025年度中には販売するというニュースも伝わっていますが、御社のスケジュールについて教えてください。
阿部 現在開発中のため、発売時期などはまだ具体的にはなっていません。当社としても2025年頃には実用化したいと考えています。まずパートナーを募って様々な場所や方法で販売の実証を行いながら市場形成を始め、2030年頃には補助事業がなくともお客様にメリットを享受いただけるビジネスとしていきたい。そのような事業化プランを描いています。
図5 実証事業で検討されているペロブスカイト太陽電池(PSC)の設置形状
JB:Junction Box、ジャンクションボックス。接続箱。配線用ケーブル(電線)同士を結合したり分岐したりする役割と同時に、風害や水害などから電気接続部分を保護する役割もある。
出所 株式会社マクニカ提供
日本は世界に勝てる強みをもっている
─編集部 ペロブスカイト太陽電池の可能性や将来性についてどのように考えていますか。
阿部 ペロブスカイト太陽電池の中核となる原材料のヨウ素(I:Iodine、アイオダイン。原子番号53。別名:ヨード)は、日本はその生産量で世界第2位(図6)、埋蔵量では他を圧倒して第1位です注6)。日本にある資源を使って安価で安定的に長期間生産ができるわけですので、それが最大の強みだと思っています。
加えて前出の図2に示したロール to ロールの生産技術でも、日本は世界でもトップクラスの技術を誇ります。ペロブスカイトの発電層を精緻に塗ることは、発電効率や耐久性の向上に不可欠です。また、高い技術力は今後のコスト抑制にも威力を発揮するはずです。
図6 ヨウ素生産量の国際シェア(日本:第2位)
出所 資源エネルギー庁、「次世代型太陽電池に関する国内外の動向等について」(2024年5月)、「ヨウ素の国際シェア」より一部抜粋して掲載
─編集部 図7に見るように、日本のエネルギー自給率は先進国の中でも13%とかなり低く、エネルギー安全保障上の課題があるといわれています。また、現在普及しているシリコン型太陽電池では、日本は中国との市場競争で完全に負けています。そこで、日本発でしかも原材料(ヨウ素)も世界第2位と豊富なペロブスカイト太陽電池には、大きな期待が寄せられていますが、今後の動向についてはどのように考えていますか。
阿部 現状は確かにそうなのですが、日本企業は決して技術で負けたのではなく、多額の補助金といった中国政府の政策の後押しが大きな敗因だった、と私は捉えています。
ペロブスカイト太陽電池、特にフィルム型に関しては、日本は強みを握っています。製造に関する技術面のネガティブ要素はほとんど見当たらないと思っています。日本政府もグリーンイノベーション基金などで、本腰を入れてその技術開発と普及促進を図っています。
だからといって安泰だとは少しも思っていません。一刻も早くこの実証事業を終わらせて実用化、そして本格的な市場形成を目指したいと考えています。
図7 主要国のエネルギー自給率の推移
出所 資源エネルギー庁、「今後のエネルギー政策について」、2023年6月28日
注6:米国内務省 米国地質調査所、「U.S. Geological Survey, Mineral Commodity Summaries, January 2024(鉱物商品の概要、2024年11月)」、P97参照(Mine Production:生産量、Reserves:埋蔵量)