[特別レポート]

インダストリー4.0構想にもAI活用が進む「産業データ連携」

― ハノーバーメッセ2025特別レポート ―
2025/06/10
(火)
大串康彦 産業戦略アナリスト

産業データ連携のこれまでの課題:産業データ連携の構想が普及しない3つの理由

 ドイツが、インダストリー4.0の概念の下で10年以上前に提唱した産業データ連携の構想の普及は、現時点にて十分に進展しているとは言い難い。
 東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員の小川紘一氏は、2022年時点の時点において、欧州が主導する産業データ連携の取り組みに関し、中堅企業の参加が限定的であり、企業間をまたいだデータ連携の具体的な実装事例が極めて少ないこと、IoTプラットフォームである米GEの「Predix」や独シーメンスの「Mindsphere」などの企業間データ連携を目指した大規模案件についても普及には至っていないこと、を指摘した注4。同氏は、産業データ連携の構想が普及に至らない背景として、以下の3つの課題を挙げている。

 【第1の課題】レガシーインフラ(既存の古いインフラ)との接続性や、企業間を跨いだデータの標準化・構造化といった技術的課題が未解決であり、それが実装の障壁となっている。
 【第2の課題】データ提供企業におけるセキュリティ上や競争上の懸念から、他社へのデータ共有に対して慎重な姿勢が見られる。また、データ提供者にとっての明確な経済的対価やインセンティブが存在しない。
 【第3の課題】現行の産業データ連携の仕組みには、利用者や参加企業が自律的に拡大・発展していくための成長メカニズムが欠如している

 本稿では、上記の3つ課題が2025年現在までにどのように解決されてきたのか、あるいは解決に向けた取り組みがどのように進展しているのかという観点から、著者がハノーバーメッセにて得た知見をもとに、欧州主導の産業データ連携の現状について見ていく。

第1の課題:データの標準化・構造化に関する課題に対する取り組み

 著者がハノーバーメッセを見学した限りにおいて、産業データの標準化および構造化に関する課題は、以下のようなアプローチによって克服されつつあるように見受けられた。

〔1〕アセット管理シェル(AAS)の活用

 まず、標準化・構造化がなされていないデータへの対応については、インダストリー4.0構想の初期段階から提案されている「アセット管理シェル」(AAS:Asset Administration Shell)の活用が中核となっている。ここでいう「アセット」とは、サイバー空間と接続される物理的資産(例:機器、センサー、製造ライン)だけでなく、非物理的資産(例:ソフトウェア、シミュレーションモデル)も含まれる。AASは、これらのアセットをデジタル上で体系的かつ標準化された形で表現する枠組みであり、接続性(Connectivity)と相互運用性(Interoperability)の確保を目的として設計されている。「シェル」とは標準化されたデジタル情報をデジタル的に格納するものである。

〔2〕AASの構造

 AASの構造は、国際電気標準会議(IEC:International Electrotechnical Commission)によるIEC 63278-1規格に基づいて標準化されており、「デジタル銘板」「技術データ」「製品仕様」「カーボンフットプリント」「CADデータ」などの「サブモデル」と呼ばれる情報カテゴリーごとに整理されている。また、AASに格納されるすべての情報が必ずしも公開されるわけではなく、情報の開示先を限定するアクセス管理機能も備えている。 メッセ会場で確認した複数の企業による発表や製品展示では、各アセットの情報がいずれも統一されたフォーマットで表現(写真3)されており、標準化が実装されていることが確認できた。こうした取り組みによって、異なる企業間でもデータの相互活用が進みつつあり、産業データ連携の前提条件の1つであるデータ連携の共通基盤の形成が、着実に進展しているものと考える。

写真3 機器のAASの表示例(CONTACT Softwareブース)

出所 著者撮影

〔3〕今回のメッセではAIの活用例も登場

 AASの活用が、産業データにおける標準化・構造化の方法として着実に進展している一方で、今回のハノーバーメッセでは、それを補完・支援する技術としてのAIの活用例が数多く見られた。

(1)シーメンスの産業基盤モデル(IFM)
 中でも注目されたのは、シーメンス(Siemens)がプレス発表の中で発表した産業基盤モデル(IFM:Industrial Foundation Model)である。これは、CADデータ、三次元モデル、時系列データ、プロセス図、電気回路図、部品表など、多様かつ異なるフォーマットの産業データを統合的に処理可能なAIモデルであり、従来の大規模言語モデル(LLM:Large Language Model)と比較して、より高い精度、品質、信頼性をもつことが特徴とされる。このIFM(産業基盤モデル)によって、例えば技術者がこれまで多くの時間と労力をかけて行っていた、プロセス図の作成や設計作業が自動化・高品質化されることが期待されている。シーメンスからAASとの直接的な統合についての明言はなかったものの、AASのデータ構築過程において、IFMがデータの変換や分類、属性付けといった局面で活用されることが想定される。

(2)リタール(Rittal)の「AI駆動の産業自動化」
 電気設備を収納する筐体(エンクロージャー)および産業用自動化ソリューションの大手メーカーである独リタール(Rittal)は、「AI駆動の産業自動化」(AI-driven Industrial Automation)をテーマに、AIを活用した電気設備の収納筐体の3次元設計の実演を行った(写真4)。実演では、エンクロージャーの型式を決定し、その中に収める電気部品を選定・配置する一連のプロセスが示された。 この設計作業では、サプライヤーが提供する各電気部品の技術情報をもとに、必要な部品を選定し、それを盤内に適切に配置、収納、接続する設計が求められるが、AIの活用によって、従来は技術者が手作業で行っていた工程の多くが自動化され、設計時間と労力の大幅な削減が実現される。
 こうしたAIの導入は、単なる業務効率化にとどまらず、設計精度の向上といった観点からも、今後の産業データ連携の推進力となり得ると考えている。

写真4 リタールのエンクロージャー自動設計(リタールのブース)

左側は高品質データを基に作られた筐体のデジタルツイン(物理的な実物製品をデジタル上に表現したもの)、右側は設計対象となった筐体の実物

 

出所 著者撮影


注4:出所:セミナー「 オープン&クローズ戦略と知財・標準マネジメント」第4回

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