≪1≫e-Japan/u-JapanからNGNへの展開
―日本の「NGNの国家戦略」についてお聞きする前に、日本ではe-Japan戦略からu-Japan政策へと発展し、このことがNGNの登場と密接に関係しているように思います。したがいまして、これらの流れとの関係も含めて、日本におけるNGNへの流れを大局的に整理してお話いただけますか。
渡辺 図1に示すように、日本政府は2005年までに世界最先端のIT国家を目指して、2000年にIT基本戦略を決定し、2001年1月にIT戦略本部(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部)を内閣に設置して、e-Japan戦略を決定。2003年7月には、さらにこれを発展させたe-Japan戦略Ⅱを策定し、このプロジェクトを推進してきました。
その後、2005年以降も世界最先端のIT国家であり続けるという目標を掲げ、2004年7月に総務省はe-Japan戦略の後に続く戦略としてユビキタス社会の実現を目指して、u-Japan政策を打ち出しました(http://www.soumu.go.jp/menu_02/ict/u-japan/)。
―e-Japan戦略からu-Japan政策への発展ですね。
渡辺 そもそも2000年にe-Japanを政府として取り組んだ一番の動機は、当時、日本のインターネットなどをはじめとするネットワークが、欧米に比べてインフラの面からも、料金の面からも立ち遅れていたという認識からです。そのため、これからのICT社会構築に向けて、当時e-Japan戦略で打ち出したのは、2005年を目標に日本は世界最先端のIT国家になろうじゃないか。そのために、何をすべきなのか。具体的には、2005年までに高速のインターネットと超高速のインターネットの整備などを目標として掲げ、電気通信事業者、プロバイダ(ISP)などとも連携した結果、当初の目標以上に、高速で、低廉な、世界最先端のブロードバンド環境が実現しました。
≪2≫予想以上に早く、世界最先端のITインフラ国家へ
―「当初の目標以上に」とは、具体的には?
渡辺 2005年までに世界最先端のブロードバンド環境を実現することを目標に、インフラ整備などに取り組んだわけですが、2003年頃には、当初の目標が実現され、そのインフラを活用したアプリケーション開発に視点をおいた取り組みとして、e-Japan戦略Ⅱというのをつくり、単にネットワークの部分だけではなくて、新しいアプリケーションをどんどんつくっていこうという戦略になったわけです。いわば、高速道路はつくったけど、その道路を走るさまざまなアプリケーションという車をつくっていこうという取り組みです。
そこで、このようなe-Japan戦略Ⅱから、もう一つu-Japanへのつながりを説明しますと、e-Japan戦略の結果、日本はブロードバンド環境の面からみますと2005年には前述したような状況となり、世界最先端のブロードバンド環境を実現しました。しかし、2005年以降も引き続きフロントランナー(先頭の走者)でいるためには、新たな視点での政策の推進が必要だと言うことで、u-Japan政策というのを立ち上げたわけです(図2)。
その実現に向け、いろんな意味での研究や、コンテンツの開発も含めてアプリケーション開発に取り組んでいるところです。また、併せてそれに伴う形での法的な側面とか、社会的な側面も取り組もうということで、現在、さまざまな政策を展開してきているという状況です。
≪3≫今、なぜNGNなのか!NGNへの3つの戦略
―そのような中でのNGNの取り組みですね。
渡辺 そうです。なぜ今NGN(Next Generation Network)をやるのかという疑問があると思います。
1つは、今お話ししたように、ネットワークのインフラができ上がって、その上にアプリケーションをどんどんつくっていくことになると、アプリケーションが乗りやすいネットワーク環境をつくることが必要になってきます。そうすると、オールIPのネットワークというインフラをつくってしまえば、そのネットワーク上にアプリケーションを乗せるときには、インタフェースさえIPに合わせれば、映像配信アプリケーションであるとか、携帯用アプリケーションであるとかに関係なく、個別に考えずに乗せることができるわけです。
―それが、NGNが目指すIPで統合したネットワークということですね。
【第1の戦略】NGNは、打ち出の小づちのようなインフラ・ネットワーク
渡辺 次世代ネットワーク(NGN)の1つの特徴というのは、図3の真ん中に示すように、これまでネットワークは基本的に固定網と移動網と別個にネットワークを構築して、サービスが提供されてきました。しかし、次世代ネットワーク(NGN)というのは、図3の右側に示すように、1つのIPネットワークというインフラを構築して、そこにFTTHあるいは3G(モバイル)、高速無線LANなどのアクセス・ネットワークを接続することになります。一方、IPネットワークの上位には、アプリケーションを接続する仕組みがあります。
したがって、電話も、携帯(3G)も、光(FTTH)も、無線LANもすべて、IPネットワークという共通の土台の上に乗るようになります。これによって、IPネットワークというインフラのもとにアプリケーションをどんどんのせていくことができるようになるのです。具体的には、電話のアプリケーション(IP電話)やテレビ電話のアプリケーション、映像配信アプリケーションなどを、それをどんどんつくっていく。
このことは逆に言うと、アプリケーションをどんどん生んでいくことのできる打ち出の小づちのようなインフラ・ネットワークをつくるということにほかなりません。これこそが、NGNを実現する1つの大きな目的なのです。こうすることによって、従来、固定ネットワーク用のアプリケーションや移動ネットワーク用のアプリケーションというように、別々につくっていたものが、IPネットワークという1つのインフラの上で動作し機能することになるわけです。
【第2の戦略】運用コストの低減と低廉なサービスの提供
渡辺 2つ目が、本来はこれが一番最初かもしれませんけれど、現状の交換機による通信のインフラ・コストは、非常に高くなっています。一方、IPネットワークは汎用のルータをベースにするため、非常に安くネットワークを構築できる。しかも、この汎用のルータで、これまでの回線交換機でやってきた電話網と同等の機能を実現することが技術的に可能になってきたわけです。
また、電気通信事業者にとっても、ネットワークの維持・管理や保守などを考えますと、ルータなどのネットワーク機器を使ってネットワークをつくったほうが維持・管理や保守が容易であり、しかも安くできる。逆に、交換機などによる従来の電話ネットワークは、部品も非常に高いうえに、製造を中止しているメーカーが多くてなかなか見つからない、あるいは修繕のために必要となる部品の備蓄をしなくてはならないなど、継続的にネットワークの運用を図るには、種々の課題が出てきたわけです。つまり、IPネットワークに切りかえることにより、トータルで低廉なサービスを提供できるようになるということになります。
【第3の戦略】NGNで国際競争力を付け、世界に打って出て行く時
渡辺 3番目は、現在のネットワークの延長の世界、すなわちインターネットの延長の世界ということを考えますと、この分野は米国に席巻されているというのが現状なわけです。ご承知のとおり、もともとNGNというネットワークの標準化の議論は、インターネットに完全に市場を奪われてしまった欧州が、起死回生をねらって、ITU-Tという国際標準機関においてNGNの標準化を進めてきたという見方もあります。
NGNの標準化については、まさに現在、NGNリリース1がほぼ完成し、リリース2、リリース3に向かっていく段階です。したがって、これからまさしく商用のNGN製品をつくり、NGNネットワーク・システムを構築し、実際のサービスを提供するフェーズに入っていくことになります。そういった意味では、日本の企業がNGNに関して商用ベースの製品やサービスをどんどんつくって、世の中にデビューさせ、世界に打って出る時にきています。
これらを通して、国際競争力を飛躍的に向上させるためにも、早期にNGNネットワークを構築し、日本で使える環境をつくっていく。そうすることによって国際競争力を大きくしていくことも大きな目的です。
以上をまとめますと、図4(ネットワークの早期IP化の意義)のようになります。要は日本のNGNは、IPネットワークを土台にして、打ち出の小づちのようにアプリケーションをどんどんつくっていき、ユビキタス社会を早期に実現していくということ。2番目は、IPベースのネットワーク・インフラをつくることにより、低廉なサービスを提供できるようになること。3番目は、国際競争力をつけるために、早期に次世代ネットワーク環境をつくって、いろいろな産業を生んでいこうじゃないかということです。これらが、まさに「なぜ今日本として、NGNに取り組むのか?」という問に対する答えなのです。
≪4≫当面、当面ばかりでなく重要な将来への投資
―インターネットで米国に席巻され、日本も、欧州も米国主導型のネットワーク社会(インターネット社会)になってしまったことに対して、今後の研究開発はどのように進めていくべきでしょうか。。
渡辺 研究開発というのは、ある程度遊び的な部分がないと、今日、明日という短期的な仕事のためにだけすることが重視され、将来への投資は後退してしまいます。現在、ビジネスになっている製品というのは、10数年も前に投資し研究開発が行われた成果なのです。そういった意味から、実際10年先はどうなるかわからない面がありますが、将来のための投資をどうしていくか。そのようなことができるように、企業として将来のためにある程度の余力を持っておくというのが重要と思います。(つづく)
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プロフィール
渡辺 克也
総務省総合通信基盤局電気通信事業部
電気通信技術システム課長
略歴
1984年 慶応義塾大学工学部卒業
1984年 郵政省入省
1997年 郵政省東海電気通信監理局放送部長
1998年 郵政省電気通信局マルチメディア移動通信推進室長
2001年 総務省情報通信政策局研究推進室長
2003年 独立行政法人通信総合研究所 主管
2004年 独立行政法人情報通信研究機構 統括
2005年 現職