[スペシャルインタビュー]

NGNの国家戦略を聞く(3):NGN関連の国家予算と次世代ネットワークへの研究開発体制

2007/05/29
(火)
SmartGridニューズレター編集部

 ITU-T勧告であるNGNリリース1に基づいたNGNのフィールド・トライアル(実証実験)が、NTTによって開始されるなど、NGNは商用化に向けて大きく動き始めました。
 そこで、総務省 総合通信基盤局 電気通信事業部 電気通信技術システム課長の渡辺 克也氏に、NGNに関する日本の国家戦略をお聞きしました。
 渡辺課長は、これまで政府のe-Japan戦略やu-Japan政策づくりに参画しながら情報通信研究機構(NICT)で多彩な研究活動を展開。現在、NGNの標準化をはじめ、日本政府のIT戦略の最前線でリーダーシップを発揮しています。
 インタビュー内容は、e-Japan戦略からNGNへ、また諸外国の動向をとらえながらNGNの国家予算と、NGNの次にくるNWGN(新世代ネットワーク)の展望にいたるまで多岐にわたっています。
 今回は、「≪テーマ3≫:NGN関連の国家予算と次世代ネットワークへの研究開発体制」について語っていただきました。(文中、敬称略)
聞き手:インプレスR&D 標準技術編集部

NGNの展望と課題を聞く! (1)

≪1≫NGN関連の総国家予算:2007年度は35.5億円

―前回お話いただいたようなNGNに関する日本の標準化体制ができ、ITU-Tでは勧告としてNGNリリース1がほぼ完成しています。しかし、社会的インフラとなるNGNを具体化し実際のサービスを提供するには、いろいろと財政的な問題や技術的な問題も起こると思います。そこで、NGN関連の日本の国家予算あるいは研究体制について、具体的なお話をしていただきたいのですが。

渡辺 後の話とも関係してきますが、次世代のネットワークをどうするかという国の研究開発については、ネットワーク・アーキテクチャ(ネットワーク構成)の面から見て、図1に示すように、2010年と2015年と2つのフェーズ(シナリオ)があります。すなわち、図1に示すように、第1のフェーズは2010年までにNGN(次世代ネットワーク)をつくることです。

図1 ネットワーク・アーキテクチャの段階的進展
図1 ネットワーク・アーキテクチャの段階的進展(クリックで拡大)

 第2のフェーズは、2015年に、NGNの次のNWGN(New Generation Network、新世代ネットワーク)をつくることです。このNWGNでは、NGNの世代(ジェネレーション)更新(第2世代とか第3世代)ということではなく、新しいパラダイム・シフト(NGNとはまったく異なるアーキテクチャへの移行)を起こす可能性をもっているということです。

 当面、この2つのシナリオで展開していきます。具体的には、2010年のNGNは、研究開発というよりも、「標準化やものづくり」に軸を当ててやるべきだろうと思っています。一方、2015年のNWGNは、まさしく10年先をにらんで、研究開発のプロジェクトとしてやるべき課題と思っています。すなわち、実用化に向けて標準の整備や相互接続、ものづくりを基本にするのが2010年に向けての対応であり、2015年はその先を見据えて、新しいパラダイムをつくるための研究開発を行っていくことを目指しています。

 予算的な話を大雑把に整理して申し上げますと、表1のようになります(総務省のウェブサイトを参照)。総務省としての全体的な予算は、16兆1,845億円ですが、その中で「u-Japan政策」の展開が140.7億円(昨年121.0億円)、その内、世界を先導する新世代ネットワーク技術が99.7億円(昨年86.0億円)ですが、NGN関連はこのうちの35.5億円(昨年27.6億円)となっています。

表1 2007年度総務省所管予算(案)の概要
表1 2007年度総務省所管予算(案)の概要(クリックで拡大)

 2010年のNGNに向けては、先ほどお話した基準づくりや、端末との相互接続の問題などを踏まえたルールづくりなどが中心になっています。後者の2015年に向けては、一歩先の研究開発としての相互接続の技術とか、ネットワークの制御技術などの研究開発に重点をおいた対応となっています。

≪2≫新世代のネットワーク:ダイナミック・ネットワークの開発へ

渡辺 次世代ネットワークとも若干関連することではありますが、現状のインターネットにおける問題を解決するために、いくつか解決しなければならない問題があります。インターネットの基幹通信網であるバックボーンについて、トラフィック交換をするIX(Internet Exchange、インターネット相互接続点)が東京に一極集中してしまっている現状があります。

 これは、例えば福岡にあるサーバーに宮崎からアクセスしようとした際に、東京を経由しなければならないということなのです。九州に閉じたアクセスであれば九州内でトラフィック交換をし、一極集中している東京のIXの負担軽減を進めていく必要があります。IXの一極集中の是正は、IXが災害などにより重大な被害を受け十分に機能しなくなった場合に、日本のインターネット環境が機能を停止することを回避するために重要な課題であり、研究開発を急ぐ必要があります。総務省では、2年前から、インターネットの一極集中を是正するための技術を確立することを目指して、それに関する研究開発プロジェクトを始動させています。

 また、インターネットのバックボーンに関する研究開発プロジェクトとは別に、2015年の新世代ネットワーク(NWGN)に向けた新しい研究開発として、去年(2006年)から研究プロジェクトが動き始めています。さらに、これと併せて、図2に示すように、今年度(2007年度)からダイナミック・ネットワークの研究開発プロジェクトもスタートしています。

図2 ダイナミック・ネットワークとは
図2 ダイナミック・ネットワークとは(クリックで拡大)

―ダイナミック・ネットワークというのは?

渡辺 これは「新世代ネットワークとは何か?」ということとも関係してきます。1つ概念としてあるのは、図2に示すような、固定系ネットワークや携帯(モバイル)ネットワーク、あるいは無線LANネットワークやセンサー・ネットワークなどが混在している環境の上に、ダイナミック・ネットワークというバーチャル(仮想的)なネットワークをつくろうという考え方です。

 ダイナミック・ネットワークというのは、オーバーレイ・ネットワーク(仮想ネットワーク)ともいわれます。このような、ダイナミック・ネットワークというコンセプトを導入することによって、現在動いている固定系や無線系などの実際のネットワークを活用しつつ、しかも利用者に固定系とか無線系といった違いを意識させることなく、相互に通信できるようにするものです。

渡辺克也氏

 そうするとことによって、利用者からは、複数のネットワークが、あたかも1つのネットワークが動作しているかのように見えるのです。しかし、実際には、裏側では、あるときは固定ネットワークを使用し、あるときは携帯ネットワークを使用し、あるときは無線LANを使用するというように、ケース・バイ・ケースで柔軟に使い分けているのです。

 このダイナミック・ネットワークの研究開発を、今年度(2007年度)から始動する予定です。このような課題に取り組みながら、2010年までの技術基準づくりと、2015年という10年先の研究開発による新しい種づくりの両方を、展開しつつあります。

≪3≫NGNに関する国際的なプロジェクトの動向

―国際的には、例えば米国などでインターネット2をはじめ、いろいろ次世代のプロジェクトが動いていますね。また、欧州やアジア諸国でも活発化していますが、この予算で、それらと競争できるのでしょうか?

渡辺 当然のことながら、10年先を目指して、米国、欧州、アジア諸国が活発に研究開発に取り組んでいます。図3(1)~図3(3)に海外で推進されている、主なネットワーク技術関連プロジェクトの動向を示します。例えば、米国の官学連携プロジェクトのプラネット・ラボやGENIイニチアチブ(GENI:Global Environment for Networking Investigations)、欧州では第6次につづいて、2007年から第7次フレームワーク・プログラム、韓国ではu-IT839戦略、中国では2006-2020年国家情報化発展戦略などを展開しています。当然彼らは、10年先の新世代ネットワーク(NWGN)の世界をどうつくっていこうかということで、研究をスタートさせています。

図3(1) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(米国)
図3(1) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(米国)(クリックで拡大)
図3(2) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(欧州)
図3(2) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(欧州)(クリックで拡大)
図3(3) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(アジア)
図3(3) 海外におけるネットワーク技術に関する動向(アジア)(クリックで拡大)

≪4≫ダイナミック・ネットワークの狙い

渡辺 この背景には、例えば、米国はインターネットで、世界を制覇したという成功体験がありますので、再び制覇したいという強い願望、すなわち2匹目のどじょうをねらって動き出しているのです。したがって、日本は手をこまねいていては、世界の競争に勝てませんので、やはり10年先にターゲットを絞って積極的に2015年プロジェクトを展開していく必要があると思っています。

 特に、ネットワークの信頼性をどう高めていくか、というのが大きな課題であると思っています。日本におけるこの分野の技術は信頼性が非常に高いという長所があるので、これを最大限活かすことで、日本の出番やチャンスも大いにでてくるのです。また、アプローチとしては、ベストエフォート型ネットワークと、信頼性の高いギャランティー型ネットワークの2形態のアーキテクチャを提供し、ユーザーが必要に応じて選択して利用できるような仕組みが出てくることになるでしょう。

 先ほどお話したダイナミック・ネットワーク(仮想ネットワーク)は、重要な通信の際はそのときだけその信頼性の高いオーバーレイを使用して通信するというような仕組みが考えられています。米国のプラネット・ラボもそういう方向で、動いています。これが米国にとって、2匹目のどじょうになってしまわないように、日本としてこれから取り組もうとしているところです。

 そうなると、予算上の制約もあるので、集中と選択によって、将来に投資する仕組みをどうつくっていくかが重要となります。

―ギャランティー型と非ギャランティー型のオーバーレイになってくるというのは、結構ダイナミックでおもしろい仕組みですね。

渡辺 そのダイナミック・ネットワークのアーキテクチャをどのようにつくるか。これからが決戦場と思っています。(つづく)

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プロフィール

渡辺 克也氏

渡辺 克也

総務省総合通信基盤局電気通信事業部
電気通信技術システム課長

略歴
1984年 慶応義塾大学工学部卒業
1984年 郵政省入省
1997年 郵政省東海電気通信監理局放送部長
1998年 郵政省電気通信局マルチメディア移動通信推進室長
2001年 総務省情報通信政策局研究推進室長
2003年 独立行政法人通信総合研究所 主管
2004年 独立行政法人情報通信研究機構 統括
2005年 現職

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