≪1≫SDPとSUPREE Vision Premier(スプリー・ビジョン・プレミア)の違い
■ NGNのサービス開発については、よくSDP(Service Delivery Platform、サービス提供基盤)の重要性がアピールされますが、これと「SUPREE Vision Premier」はどういう関係なのでしょうか。
佐藤 はい。SDP(サービス提供基盤)というのは、NGNのネットワーク上にサービスを開発するためのプラットフォームのことです。ここでサービスというのは何かというと、多くの場合、サーバ・アプリケーションを指しています。NGNというのは基本的にエンド・ツー・エンド(端末と端末間)で通信するためのプラットフォームですが、同時にインターネットのようなクライアント・サーバ型〔端末(クライアント)とサーバ(Webサーバ)間〕のアプリケーションを高品質に提供する機能も用意されています。そのクライアント・サーバ型のサーバ・アプリケーションを簡単に開発できるように提供しているのが、SDPです。
SDPは、グループウェアや販売管理などのSasSアプリケーションへ、ユーザー管理やデータベース機能を提供する、ネットワーク上のソフトウェア・ライブラリのようなものです(SasS:Software as a Service、ネットワークを使用してユーザーの要求に応じてアプリケーション・ソフトを提供する仕組み)。
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)
■ もう少しわかりやすく説明していただけますか。
佐藤 そうですね。SDPは、既にいくつかのベンダーが戦略的に取り組んでいます。例えば、IBM(注1)はプレゼンスといったユーザー状態を管理するプラットフォームを提供していますし、オラクルの場合、Webアプリケーション・サーバ製品を手掛けるBEA社(注2)を買収した他、大規模データベースをNGN上で使えるようにするためのプラットフォームを提供しています。それらを、サービス事業者が自由にNGNを介してSaaSとして利用したりできるようにするためのプラットフォームがSDPだと思います。
注1 IBMのSDPの例:http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20071126/505
注2 BEAの例(現オラクルのSDP):http://wbb.forum.impressrd.jp/feature/20080522/615?page=0%2C1〕
サーバ・アプリケーションを実現するSDPに対して、弊社が提供するSUPREE Vision Premierは、利用者側となる端末(クライアント)サイドで、NGNの機能を簡単に実現できるようにするのがねらいです。NGN端末を実現するためには、NGNのUNI(User Network Interface, ユーザー・網インタフェース)に対応することが必要なりますが、SUPREE Vision PremierがUNI仕様への対応を実現していますので、とても簡単にNGNに対応したクライアントを作ることができます。
したがって、よくミドルウェアという側面から、SDPとSUPREE Vision Premierは競合すると誤解されがちなのですが、実際にはそうではなくて、SUPREE Vision Premierでできるのは端末側のインタフェースだけであり、具体的にはNGNのテレビ電話や会議といったシンプルなコミュニケーション機能なのです。
当然ながら、端末として簡単にテレビ電話の機能をつくることができても、テレビ電話だけでは、今の世の中でなかなか商品価値が出ないという問題があります。
■ たしかにおっしゃる通りです。
佐藤 そこで、いかに周辺のサービスと組み合わせるかがキー・ポイントになります。具体的には、例えばそのSDP上に相手端末の位置検索の機能が提供されたとしたら、その位置検索とコミュニケーション機能を組み合わせたアプリケーションを、だれでも簡単につくれるようにするのがSUPREE Vision Premierというものです。
■ SDPの場合は、キャリア側の課金システムなどと連動させてつくられているミドルウェアであるため、NGNのサービスを開発するうえで、大変便利(課金システムが不要)なものとよく聞きますが、このSUPREE Vision Premierの場合はどうなのでしょうか。
佐藤 SUPREE Vision Premierは、電話ソフト(テレビ電話を含む)としてコミュニケーション機能を実現するものです。ですから、利用の際には電話としての課金がNTT東西で行われるだけとなります。SUPREE Vision Premierについては、専用サーバなどの設置は不要なのです。
≪2≫SUPREE Vision Premier:VoIP/NGN関連技術をパッケージ化したソフト
■ もう少し具体的に、SUPREE Vision Premierの特徴をわかりやすく説明していただけますか。
佐藤 SUPREE Vision Premierは、ソフトフロントがこれまで培ってきたSIP、VoIP技術や、NGN関連技術を一つにパッケージ化したソフトウェアです。具体的には、NGN UNI仕様に従った呼制御(発着信切断といった電話の制御)や、音声・映像のマルチメディアのリアルタイム通信制御、自動設定の機能を備えています。
また、マルチメディア通信といいますと、音声や映像を圧縮(符号化)・伸張(復号)するコーデック(Encoder Decoder。符号化・復号装置)というものが必要になります。しかし、そのコーデックにつきましても、SUPREE Vision Premierの中に映像用のMPEG-4と、7kHzの広帯域の音声を実現するG.711.1(注3)を組み込んだ(エンベデッド)状態で提供しています。ですから、ユーザーの方がいちいちコーデックなどを用意しなくても簡単に使えるのです(図1)。
注3 G.711.1:Wideband embedded extension for G.711 pulse code modulation、G711パルス符号変調に対する広帯域エンベデッド拡張。G711ベースの64~96kbpsエンベデッド広帯域音声符号化方式に関する標準。既存のG.711端末・システムと相互接続を確保しつつ広帯域(7kHz)音声での高音質音声通信を実現する規格。
≪3≫SUPREE Vision Premierのビジネス・モデル
■ それは楽ですね。
佐藤 さらに、利用にあたっての手続きやコストを簡略化していることも、SUPREE Vision Premierの大きな特徴です。
MPEG-4やG.711.1という技術の利用には、パテント・ロイヤリティ(特許使用料)が発生します。MPEG-4の場合にはMPEG LA(MPED Licensing Administrator、MPEG特許管理組織)という団体に対してパテント・ロイヤリティを払う必要があり、G711.1の場合にはシプロ(SIPRO 注4)という団体に対して支払う必要があります。
注4 シプロ(SIPRO):カナダのSipro Lab Telecomのこと〔通称:SIPRO(シプロ)、1994年に創設〕。VoIP(IP電話)やテレビ会議システムなどの機器に使用される国際標準のG.729規格をはじめとする音声符号化圧縮技術関連(ITU-T勧告Gシリーズ)のライセンス(特許)に関する管理・運用業務を行っている民間企業。
■ なるほど。
佐藤 これらの組織に対してパテント・ロイヤリティを払う場合は、外国の団体ですのでその契約手続はなかなか煩雑となりますが、SUPREE Vision Premierでは、ソフトフロントにて手続きを完了しているため、負担になることはありません。すなわち、ユーザーの方は、一切そういった心配なしに、SUPREE Vision Premierをダウンロードしてお使いいただくことができます。
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)
■ なるほど。それはありがたいですね。
佐藤 もう一つ特徴的なのが、NGNとして現在、日本国内でサービスされているのはNTT東西の「フレッツ 光ネクスト」(NGNのサービス名)ですが、SUPREE Vision Premierは、すでにフレッツ 光ネクストに対する検証を終えた状態になっているということです。したがって、通常ですと、NGN対応のアプリケーションを開発しようとすると、開発した後にNGNに関する検証を行い、アプリケーションが通信品質を実現しているかをチェックしなくてはならないのですが、これに関してもSUPREE Vision Premierを利用する場合には、アプリケーションで特別な検証は不要な状態になっています。
ですから、アプリケーション開発ベンダーは、このSUPREE Vision Premierをダウンロードしてお使いいただくだけで、先ほどのパテント・ロイヤリティの手続きや、NGN検証の作業が必要なく、自由にアプリケーションを開発して、自由にビジネスすることができるというのが大きな特徴になっています。
■ アプリケーション開発ベンダーが開発したアプリケーションを販売する場合のビジネス・モデルは、どうなるのでしょうか。
佐藤 ビジネス・モデル的には、お客様(アプリケーション開発ベンダー)がアプリケーションを開発する期間内(6カ月)においては、SUPREE Vision Premierを無償でお使いいただけるということにしておりまして、それを実際に商品として販売する際に、ロイヤリティをいただくというビジネス・モデルにしています。図2に、SUPREE Vision Premier事業のビジネス・スキームを示します。
■ そのロイヤリティは、売上げの何%になるのですか。
佐藤 ロイヤリティは、パーセンテージではなく固定料金となっています。SUPREE Vision Premierがインストールされるパソコン1台当たり約630円程度を、ロイヤリティとしてお支払いいただくことになっていますが、1回お支払いいただくだけで、その後は自由にお使いいただけます。
したがって、10台お使いいただく場合には、約630円×10台=約6300円程度をお支払いいただくことになります。
■ その価格で採算が採れるのですか。
佐藤 やはり、630円程度と単価が低いので、採算という点ではどうしても時間がかかってしまいます。具体的に今回の事業単体で採算をとるには数年を見ていますが、今後、NGNアプリケーションのすそ野を広げていくことによって、NGNのユーザー数を増やし、弊社のNGNビジネス全般にフィードバックできるようにしていきたいと考えています。特に、SUPREE Vision Premierの内部をカスタマイズしたいというお客様もいらっしゃるので、そのカスタマイズ対応などからも売上を得たいと考えています。
また、NGN普及促進を目指すSUPREE Vision Premierの事業で、採算を得るまでのビジネス・リスクをサポートしていただくために、2009年2月に「NTTとソフトフロントが業務・資本提携」し、NTTから出資していただいています(注5)。
注5 ソフトフロント/ニュースリリース:「NTTとソフトフロントの業務・資本提携について」http://www.softfront.co.jp/news/caverage/r-090204.html
≪4≫NGN対応テレビ電話とインターネット・アプリを容易にマッシュアップ
■ なるほど。このSUPREE Vision Premierが、NGNのサービスを容易に開発するミドルウェアとして期待されているのですね。
佐藤 そうです。NGNはまだスタートして1年余しかたっておらず、現在その基盤が整ってきた段階ですので、ビジネスのすそ野を広げていくのはこれからです。先ほどお話ししましたように、サーバ・ベンダーなどに対して、NECやIBM、オラクルなどのIT企業からSDPによる大規模なサービスを構築するプラットフォームの提供は比較的進んでいます。しかし実際に、セキュアで高品質なサービスをNGNによって安価に利用したい小規模なベンダーの場合は、やはりNGN対応のサービスを開発して提供するというのは敷居が高いところがあります。自分たちで新しいアプリケーションを開発したいと思っても、まず何から手をつけてよいのか、よくわからないというのが現状だと思うのです。
■ SUPREE Vision Premierが、その1つのトリガーになるという位置づけですか。
佐藤 そうですね。トリガーになると思います。ローエンドで、しかもわかりやすく使えますので。私も自宅で、SUPREE Vision Premierを実際にダウンロードして、会社のテレビ会議と接続可能な、テレビ電話アプリを作ってみたりしました。高価な装置がなくても、パソコンとWebカメラさえあれば、きれいな映像でテレビ会議ができます。このように手軽にできるので、個人でソフト開発されているような方でしたら、いろいろなアイデアを生かしてサービスをつくることができるようになると思います。
■ 例えば、AさんがあるNGN対応のサービスをつくったとすると、それをNTTのNGN網を使って自宅から商売できるようになるのですか。
佐藤 そうですね。フレッツ 光ネクストと、ひかり電話の回線があれば、あとはアイデア勝負です。例えば、Aさんが、NGN対応のテレビ電話とインターネットのアプリケーションの何かをマッシュアップ(組み合わせて)で実現するようなアプリケーションを開発したとしましょう(図3)。
すると、そのアプリケーションは、シェアウェアなどと同様に、インターネット上でもソフトウェア販売することができます(シェアウェア:オンラインによるソフトウェアの流通形態の一つ。例えば、ユーザーがネットワーク経由でソフトを取得し、一定期間試用して、納得したら料金を払って利用する仕組み)。
このとき、SUPREE Vision Premierを使えば、先ほどのお話したようにパテント・ロイヤリティの手続きや、NGNの品質検証作業など、そういった面倒なことは一切なくできるのです。図4に、NGN環境におけるSUPREE Vision Premierのシステム構成図を示します。
≪5≫SUPREE Vision Premierと課金・海外展開
■ 課金はどうするのでしょうか?
佐藤 課金に関しては、NGNを使いますので、通話料に関しては通常の電話と同じようにNTT東西へお支払いいただくことになります。実際には、アプリケーションをご利用になられるエンド・ユーザーの方がお支払いいただく形になると思います。
アプリケーション開発ベンダーの方が、唯一しなくてはならないことは、先ほど申し上げたように、その販売するアプリケーションのロイヤリティ分(つまりパソコン1台当たり約630円×ユーザー数分の料金)をソフトフロントにお支払いいただくということだけです。
■ 海外展開はどうなのでしょうか。例えば、日本でのビジネスがうまくいったので、イギリスやアメリカ、そして韓国などでもビジネスしたい場合です。
佐藤 海外展開は弊社でも非常に期待しているところですけれども、現状ではNGNは、まだまだ海外ではほとんどサービス開始が行われておらず、これから本格化していくところです。そこで弊社もうまくNGN関連企業と歩調を合わせて、弊社の製品を海外に出せればいいなとは考えています。
≪6≫SIPの役割とSUPREE Vision Premierの適用例
■ このSUPREE Vision Premierの中で、御社の得意とするSIPはどのような役割を果たしているのでしょうか。
佐藤 もともとNGNのUNI仕様は、SIP(セッション開始プロトコル)を基本技術としています。相手先を電話番号で特定し、相手とセキュアな通信路(セッション)を確立するのは、SIPの役割です。さらにNGNでは、重要な帯域制御もこのSIPで行っています。NGNに対応するSUPREE Vision Premierでは、まさしくSIPが中心的な役割を実現しています。
■ なるほど。ところで、この製品はもう実際に動いているのですか。あるいは、これからなのでしょうか。
佐藤 既に完成しており、2009年5月29日からお使いいただいています。実際に弊社の専用サイト(http://www.supree.jp/)からダウンロードいただき、NGN対応のアプリケーションを自由に開発できる状況になっています。図5にSUPREE Vision Premierのアプリケーションのイメージとして在宅介護支援サービス例を、図6にグループウェア・サービスの例を示します。
■ 企業における具体的な利用例はあるのでしょうか。
佐藤 まだ公開したばかりなので具体的な事例というのは多くはありませんが、前回(第1回)に紹介したイリイ(株)様がSUPREE Vision Premierを使った、NGN対応の小型のコールセンターソリューションを開発されるということで、2009年6月9日、プレスリリースも出させていただきました。イリイ社がSUPREE Vision Premierを使った最初のプロダクトになると思います。過日の「Interop Tokyo 2009」のソフトフロントブースにて、NGN対応をしたイリイ社のCTI(Computer Telephony Integration、コンピュータと電話の機能を連携・統合させたシステム)ソリューション「BIG CTIコネクター」のプロトタイプ・デモンストレーションを参考出展しました。
イリイ社の「BIG CTIコネクター」とは、本社などで一元管理されたオンラインのCRM(Customer Relationship Management、顧客情報管理システム)や販売管理システム、フルスクラッチで構築した(まったく新規に構築した)基幹システムに、電話の発信者番号を引き渡すことによって、簡単にCTI機能を追加できるアドオン・ツールです。
エンド・ユーザーの方には、SUPREE Vision Premierを使用した「BIG CTIコネクター」を導入することで、CTI利用に関わる初期費用を大幅に軽減することが可能になります。フレッツ 光ネクストとひかり電話の回線があれば、特別な装置がなくても「BIG CTIコネクター」の機能が利用できるようになり、着信した電話番号に対応して顧客情報を表示・管理するといったCTI機能が、極めて低コストで利用できます。今後、イリイ社ではNGN対応「BIG CTIコネクター」の製品版を開発し、販売を行う予定となっています。
以上のほかには、日本IBM(株)様と共同でLotus Sametime(ロータス・セイムタイム)というコミュニケーション・ソフト(グループウェア・ソフトのロータス・ノーツの姉妹製品)がありますが、そのSametimeの中にこのSUPREE Vision Premierを組み込んで、IBM社のLotus SametimeをNGN対応にする取り組みを進めている最中です(図7)。
■ これからが楽しみですね。
佐藤 そうですね。NGNの普及の度合いというのは、私たちにとっては非常に重要なパラメータになっていますから、NTTグループをはじめとするNGN関係各社の進展と歩調を合わせて新しいビジネス・モデルを創出していこうと期待しています。
--つづく--
バックナンバー
第1回:NGNの普及を加速する簡易なNGNアプリ開発キット『SUPREE Vision Premier』
第2回:SDP(サービス提供基盤)とSUPREEの違いとそのビジネス・モデル
第3回:今後有望な、アンドロイド対応SIPの組込みデバイスへの適用
プロフィール
佐藤 和紀(さとう かずのり)氏
現職:株式会社ソフトフロント 取締役 研究開発担当
【略歴】
通信機器メーカー、ソフト・メーカーを経て、
2000年:ソフトフロントに入社。SIP/VoIPミドルウェア
のOEM提供、SIP製品の開発支援に携わる。
2005年:同社取締役に就任。
2007年から研究開発担当として開発を取り仕切る。