[スペシャルインタビュー]

NGNアプリ開発キットと業界初のアンドロイド対応SIP戦略を聞く(第3回:最終回)

2009/08/03
(月)
SmartGridニューズレター編集部

NGNやモバイル環境においてリアルタイム・コミュニケーションを実現するSIP(Session Initiation Protocol、セッション開始プロトコル)の先進的なベンダーであるソフトフロントは、簡易で低コストなNGNアプリケーション開発用のツール・キットや業界初のアンドロイド対応のSIPなど、新しい戦略的なSIP関連製品を続々と発表し、注目を集めています。ここでは、固定環境の次世代ネットワーク(NGN)環境における開発キット「SUPREE Vision Premier(スプリー・ビジョン・プレミア)」や移動環境のアンドロイド対応のSIP製品について、(株)ソフトフロント 取締役 研究開発担当 佐藤和紀(さとうかずのり)氏に、その開発の背景やビジネス戦略をお聞きした。
今回(第3回:最終回)は、
第1回:NGNの普及を加速する簡易なNGNアプリ開発キット『SUPREE Vision Premier』
第2回:SDP(サービス提供基盤)とSUPREEの違いとビジネス・モデル
につづいて、今後有望な、アンドロイド対応SIPの組込みデバイスへの適用などをお話いただきました。

NGNアプリ開発キットと業界初のアンドロイド対応SIP戦略を聞く(第3回:最終回)

≪1≫アンドロイド対応のSIPとはどういうものなのか

■ 次に、ソフトフロントが発表した、アンドロイド対応SIPはどういうものなのでしょうか。なぜ、ソフトフロントさんが目をつけたのか、その辺のお話からしていただけますか。

佐藤 アンドロイドは、グーグルが新しく無償のモバイル用オープン・プラットフォームとして提唱し、まずは携帯電話機(ハンドセット)を安価に開発するためのプラットフォームとして今に至っていると思います。CPUリソース(情報処理能力)が少ない移動端末デバイスでも、柔軟にアプリケーションを開発でき、さらにはアプリケーションを流通させる(マーケットプレイス)ようなところまでもフォーカスに入れて、アンドロイドというアーキテクチャが提唱されています。

佐藤和紀氏〔(株)ソフトフロント 取締役〕
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)

そのアーキテクチャ自身は、携帯電話だけでなく、いろいろな組込みデバイス〔例:STB(セット・トップ・ボックス)〕の分野にも使われると期待されていますが、現状としてはハンドセットの動きが先行していて、組込みのほうはまだまだこれからという状況です。

そこで、アンドロイドを組込みシステムのプラットフォームとし、携帯電話以外のさまざまな機器・システムに対して、共通のフレームワークやプラットフォームを参加会員各社で共同開発し、その普及を促進することを活動目的として、2009年2月12日に一般社団法人OESF(Open Embedded Software Foundation、http://www.oesf.jp/)という団体が立ち上がりました。

このOESFで、日本の企業が中心となり、グーグルが考えたアンドロイドをいかに日本が得意とする組込みデバイスの中で活用していくかということの議論を始めたところです。その中にいくつかワーキング・グループを立ち上げていて、STBでどう使うか、コンシューマ・エレクトロニクスでどう使うかというような議論が活発に行われています。


図1 OESFのメンバーであるソフトフロントのSIPダイヤラのデモ(Interop2009)〔SIPダイヤラ:電話番号を用いて相手を指定し、データ交換を行うための通信アプリケーション〕(クリックで拡大)

図1 OESFのメンバーであるソフトフロントのSIPダイヤラのデモ(Interop2009)〔SIPダイヤラ:電話番号を用いて相手を指定し、データ交換を行うための通信アプリケーション〕


その中でVoIP(IP電話)のワーキング・グループがあり、まさしくIP電話を含めて、NGNで使われているようなホーム・ゲートウェイやVoIPのアダプターなどにもアンドロイドが使えるのではないかなど議論が行われています(図1)。

≪2≫アンドロイドでリアルタイム・コミュニケーションの実現へ

■ 実際にOESFでは、どのような議論が行われているのでしょうか。

佐藤 そうですね。実際にこのような取り組みや議論を始めてみますと、アンドロイドでは、まだまだ音声や映像などのリアルタイム・コミュニケーションを実現するための機能の整備が整っていないというのが見えてきました。

このリアルタイム・コミュニケーションで中心的な役割を果たす機能というと、やはりSIPの部分なのです。SIPの機能があればエンド・ツー・エンドでさまざまなマルチメディア・アプリケーションが実現できるようになるのです。そこで、そのSIPのコアとなる部分を、ソフトフロントのこれまで培ったノウハウをベースに提供できないかということを考えまして、アンドロイド対応のSIPを開発しました。(図2図3


図2 Android + SIP による組込み機器への展開(クリックで拡大)

図2 Android + SIP による組込み機器への展開


図3 ソフトフロントのAndroid対応SIPの特長(クリックで拡大)

図3 ソフトフロントのAndroid対応SIPの特長


佐藤和紀氏〔(株)ソフトフロント 取締役〕
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)

■ アンドロイドは、いわゆるリアルタイム性に弱いということでしょうか?

佐藤 アーキテクチャとして弱いということではなく、未開拓という状況なのだと思います。リアルタイム・アプリケーションというのは、組込みのアプリケーションの中でも、ちょっと特殊なアプリケーションだと思うのです。

■ どんなふうに特殊なのでしょうか。

佐藤 組込みの世界ですと、最初に使われるのは多分ネットワーク機能をもち、クライアント・サーバ型でデータを受信して表示するような、表示端末装置のようなものから普及していくのが一般的です。

■ エンド・ツー・エンド型ではなくクライアント・サーバ型ですね。

佐藤 リアルタイムでデータを交換しながら通信をするコミュニケーション・デバイスというのは、まだまだ組込みの中でも大きい割合を占めているものではありません。とくにアンドロイドでは、まだまだそこに関しては未整備という状況なので、そこはソフトフロントが中心となって開拓していく必要があるというところで、今注力している状況なのです。

≪3≫国際標準(スタンダード)とドメスティック・サービスへの課題

■ これからオールIP化されたLTE(3.9世代)の時代を迎えて、音声や映像を、IPをベースとしたパケット通信網上で提供するいわゆるIMS(IPマルチメディア・サブシステム)が注目されていますが、この中心にもSIPが活躍していますね。このようにSIPというプロトコル(ソフト)がすごく重視されていくということになってくると、グローバルにもそこの部分が脚光を浴びてくるようになりますね。その辺はどう思われますか。

佐藤 グローバル(国際的)に脚光を浴びてくると思いますけれども、難しいのは、通信サービスというのはあくまでもドメスティック(各国の国内的)なインフラをベースとしたサービスであるというのも重要なパラメータではないかと思います。ドメスティック・サービスであるがゆえに、その地域・国独特の文化に対応した機能があり、どうしても独特の仕様というのが発生してしまいます。

一方、それとは別にスタンダード(国際的に共通に使える標準)にするという動きはありますけれども、ドメスティック・サービスの部分はどうしても捨てられないのです。そのドメスティック・サービスの部分まで踏み込んで実装していくというのが、やはりこのSIPに関しての難しいところなのです。ドメスティックな側面が残っているだけに、SIPに関して逆にグローバルな相互接続性の問題というのが、今もなお消えない問題として残っていると思います。

■ なかなかむずかしい課題ですね。しかし国内のビジネスは確実に拡大していますね。

佐藤 はい。ソフトフロントがまさしく得意とするのは、そういった各キャリアの機能ですとか網の仕様に対して、細かく追随できるところだと思います。弊社はそこの特徴を生かして、アプリケーション開発ベンダーが、例えば「どこどこのキャリアさんの仕様がどうだから」というのを一切気にしなくてもSIPの機能をお使いいただけるように、プラットフォームの整備に注力しているところです。

≪4≫「普及のテンポが意外に速い」と予測されるアンドロイドへの期待

佐藤和紀氏〔(株)ソフトフロント 取締役〕
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)

■ アンドロイドも含めてSIPビジネスの競合も当然多くなってくると思いますが、ここら辺の競合はどうなのでしょうか。

佐藤 今後、競合は出てくると思いますが、それに備えるためにも今から着手して、このOESFの中で中心的に活動しているという先行者としてのメリットを生かし、事業を展開していきたいと考えています。

■ アンドロイドの立ち上がりについては、どのようにとらえていますか。

佐藤 こういったプラットフォームの熟成というのは通常、非常に時間がかかるものです。過去の組込みでのオープン・プラットフォームの例を見ても、例えば日本国内ですとITRONでTOPPERS(トッパーズ、注3)という2003年に設立されたプロジェクトがありますが、このプロジェクトによって実際の製品として使われているのはまだ少数というところです。またOSGi(注4)という、アンドロイドと同じようにJavaを使って、機能を柔軟にバンドル・ソフトウェアでアドオン(追加)できるプラットフォームもありますが、これは比較的早かったのですが、それでも数年かかってようやくここまできたという状況ですね。

このような流れの中で、アンドロイドについては、アンドロイドが非常に注目を浴びているということと、応用範囲が広いということで、各社から非常に多くの問い合わせを受けている状況ですから、普及のテンポは意外に速いのではないかと期待しています。


注3 TOPPERS:Toyohashi OPen Platform for Embedded Real-time Systems。TOPPERSプロジェクトは、ITRON仕様の技術開発成果を出発点として、組込みシステム構築の基盤となる各種のソフトウェアを開発し、良質なオープンソースソフトウェアとして公開することで、組込みシステム技術と産業の振興を図ることを目的としたプロジェクト(2003年9月設立)

注4 OSGi Alliance:旧名称Open Services Gateway initiative。OSGi Allianceは、遠隔から管理できるJavaベースのサービス・プラットフォームを標準化(1999年3月に設立)。2004年9月に「OSGiユーザフォーラムJapan」を設立(http://www.osgi-ufj.org/)。

■ それは注目点ですね。

佐藤 そうですね。オープン化の時代の流れもあって、加速度的に進むこともあり得るかと期待しているところです。しかし、実際の商品が出てくるまでにはもう少し時間がかかるかと思います。

■ NTTドコモは、7月10日からグーグルのアンドロイドOSを搭載した台湾HTC社製のスマートフォン「HT-03A」を発売しましたね。

佐藤 そうですね。携帯端末(ハンドセット)のほうは進んでいるので、次々にアンドロイド対応製品が早く出てきています。その流れが、組込み用のデバイスのほうにもどんどん広がってくれば、弊社が思っている以上に加速度的に広がってくるかもしれません。

■ アンドロイド以外に、LiMo Foundation(リモ・ファンデーション)などの携帯用OSもありますが、いかがですか。

佐藤 弊社はリモ(LiMo)にも注目しています。リモの場合にはLinuxという比較的軽易のOSを用いたプラットフォームを基本にしているというところと、ターゲットが明確に携帯電話のハンドセットに絞っているというところが注目点です。また、エンベデッド・デバイスの世界では広く組込みLinuxが使われていて、基本技術としては実績があります。

ただ、携帯向けのリモが、そのままリモとして組込みデバイスに使われていくという動きには、ならないのではないかという印象をもっています。これは、リモが携帯電話に特化した純粋なソフトウェア・プラットフォームとしているためです。逆にアンドロイドは、要素技術から、アプリケーションの流通までを含め、かなり広くカバーしたアーキテクチャになっているので、そういったところでアンドロイドに期待しています。

≪5≫「NGNとインターネット」のアプリケーションをマッシュアップして

■ 最後に、これからのソフトフロントのビジネス戦略をお話しください。

佐藤 現在、通信業界におけるプラットフォームとして見た場合、オープンなベストエフォート型のインターネットと、マネージドな品質保証型のNGNという2種類のIPネットワークがあり、何かのアプリケーションをつくろうとしたときの選択肢が以前よりは増えています。しかし、選択肢が増えているにもかかわらず、どうも世の中の議論が、NGNを実際に使っていない状態でNGNの議論をしたり、NGNとインターネットを比較したり、「NGNのほうがすぐれている」、「いや、インターネットのほうがすぐれている」という対立論になっている気がします。

しかしこの両者は、本質的に異なるネットワークなのです。インターネットが得意とするのは、クライアント・サーバ方式(クライアントとWebサーバによる通信方式)でデータを大量にさまざまな人に配信する、非常に安価に気軽にオープンに使えるというところです。一方、NGNが得意とするのは、これとはまったく逆のアプローチで、特定の人と特定の人の間(エンド・ツー・エンド間)で、秘匿性・信頼性の高い通信を行い、それを品質高く実現するというところなのです。

佐藤和紀氏〔(株)ソフトフロント 取締役〕
佐藤和紀氏
(ソフトフロント
取締役)

■ おっしゃる通りと思います。

佐藤 ですから、NGNが得意なことをインターネットでやろうとすること自体に技術的に無理があり、その逆もしかりだと考えています。例えば、インターネットでエンド・ツー・エンドの通信を行おうとすると、エンドとエンドの中間に仲介サーバを立てなくてはなりません。また、そのサーバを立てようとすると、サーバのアーキテクチャをどう設計するのか、そのサーバをどこにホスティングする(設置し管理する)のか、毎月のサーバの運営費はだれが支払うのかなど、いろいろなビジネス上の問題を解決しないとサービスの提供できないのです。

このような場合に、インターネットで地図などのパブリックな情報を取得・表示し、機密性の高いコミュニケーション情報をNGNでエンド・ツー・エンドでやり取りするといった、インターネットとNGNを組み合わせた使い方が本来できるはずなのに、今はなかなかそういった動きになっていないところがあります。

■ なるほど。

佐藤 第1回、第2回でお話しした、2009年5月から弊社が提供を開始したSUPREE Vision Premierは、例えば電話がかかってきたとすると、そのかかってきた電話番号からインターネットを検索して、電話主の住所を引っ張ってきて、その住所をグーグルの地図(グーグル・マップ)を使って表示するなど、いろいろなアプリケーションをインターネットとNGNを組み合わせてマッシュアップ(注5)形式でつくれるようになるのです。SUPREE Vision Premierというのは、インターネットとNGNというものを、対立的ではなくて組み合わせて使うことができるツール・キットになっていますので、これをきっかけに新しいサービスが、広がってくるのではないかと期待しています。

注5 マッシュアップ:Mashup、複数のサービス(コンテンツ)を組み合わせて新しいサービス(コンテンツ)をつくること。

こうして、ソフトフロントのSUPREE Vision Premierを使用して新しいアプリケーションの開発が進み、また、通信機器メーカーも関連機器を積極的にNGN対応していただいて、NGNがより普及していく中で、弊社が目指す便利で豊かなコミュニケーション環境を実現し、その中で事業展開していければと思っています。

■ そうなるといいですね。

佐藤 今、WiMAXや次世代LTEなどの無線も含めて、ネットワークはオールIP化に向かっています。一方、iPhoneやアンドロイドの登場によって、携帯端末はいわゆるキャリア(通信事業者)主導の垂直統合から、オープンな水平分離に向かい始めています。通信環境は、このように、現在、端境期(はざかいき)に入ってきているので、インターネットとNGNをうまく抱き合わせで使ってビジネスを展開していきたいと思っています。

■ それはすばらしい発想だと思います。

佐藤 ありがとうございます。

■ 長時間にわたりありがとうございました。

--終わり--

バックナンバー

第1回:NGNの普及を加速する簡易なNGNアプリ開発キット『SUPREE Vision Premier』

第2回:SDP(サービス提供基盤)とSUPREEの違いとそのビジネス・モデル

第3回:今後有望な、アンドロイド対応SIPの組込みデバイスへの適用


プロフィール

佐藤 和紀氏〔(株)ソフトフロント 取締役 研究開発担当〕

佐藤 和紀(さとう かずのり)氏

現職:株式会社ソフトフロント 取締役 研究開発担当

【略歴】
通信機器メーカー、ソフト・メーカーを経て、
2000年:ソフトフロントに入社。SIP/VoIPミドルウェア
のOEM提供、SIP製品の開発支援に携わる。
2005年:同社取締役に就任。
2007年から研究開発担当として開発を取り仕切る。


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