≪1≫上野原ブロードバンドコミュニケーションズ(UBC)設立の背景
=「2011年のアナログ放送波の停波」と「ブロードバンド・ゼロ地域の解消」=
2011年にアナログ放送波の停波による地上デジタルテレビ放送への移行に伴い、地上波民放の放送免許が原則として県域単位で付与されることから、民放連では区域外の再送信(注1)を禁じる方針を打ち出している。またCATVで地上波放送などを同時再送信するためには、「放送局側の同意を得ることが必要」と有線テレビジョン放送法で定められている。このような規制から、上野原市においては、山梨県における放送局の圏内4局〔NHK総合(甲府)、NHK教育(甲府)、テレビ山梨(UTY)、山梨放送(YBS)〕を除く、NHK総合(東京)、NHK教育(東京)、日本テレビ、東京放送、フジテレビジョン、テレビ朝日、テレビ東京等の東京波についてCATVや共同視聴組合で地上波放送を同時再送信するためには、「再送信を行う局とエリア内を放送対象とする放送局に同意を得ることが必要」となってしまうのである(山梨県上野原市HP「地上デジタル放送について」より⇒
http://www.city.uenohara.yamanashi.jp/oshirase/chijou-degital01.html)。
(注1)区域外の再送信:放送免許の対象地域外でケーブル局や視聴組合が放送を受信して再送信すること。
同市は、約60余の共同視聴組合(山の上にアンテナを立て分配器で共同視聴)があり、ほとんどの住民が共同視聴組合方式でテレビを視聴する、難視聴地域となっている。世帯数で言えば、市の80%にのぼる約8,400世帯が共聴システムを利用していることになる(山梨県上野原市HP「情報通信基盤整備事業をご理解いただくために」より⇒
http://www.city.uenohara.yamanashi.jp/oshirase/pdf/jouhou-gorikai06.pdf)。
このような事情から、市民が地上デジタルテレビ放送の全チャンネルを見るためには、
(1)自分で地上デジタルテレビ用アンテナを立てる
(2)共同視聴組合で見る(その際、分配機器等をデジタル対応装置に変える必要ある、また、この場合も前述の再送信同意は必要となる)
などへの対応が必要となってくるのである。
また、当時の同市の調査結果においても、上野原市の多くの地域で、地上デジタルテレビ放送の一部または全チャンネルを視聴することが困難となることが予想された。
そこで上野原市では、市独自で各家庭まで光ファイバ・ケーブルを敷設し、その資産を第三セクターへ貸し出しCATVサービスを提供することを計画した。この資産とは、もともと2004年度に同市が実施した「地域イントラネット基盤施設整備事業」において、市役所を中心に市内の公共施設63カ所を光ファイバで結び、行政・教育・防災分野の情報提供を行う環境を整備した際の「余り芯線」(敷設した光ファイバの何本かをCATVに割り当てること)の幹線および、新たに施設された引き込み線などである。
この地域イントラ用にすでに敷設し、もともと持っていた光ファイバの余り芯線を、CATVブロードバンド用に貸し出すことによって、地上デジタルテレビ放送への対応を行うとともに、高速インターネット・サービスやIP電話サービス、音声告知サービス等の事業を展開することにしたのである(後述)。これにより、「2011年のアナログ放送波の停波による難視聴問題」と「ブロードバンド・ゼロ地域の解消」(注2)の2つのデジタル・デバイド(情報格差)を解決し、住民サービスの向上や地域の発展に取り組むことになったのである。
(注2)総務省:デジタル・ディバイド解消戦略-官民連携によるブロードバンドの全国整備- http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/broadband/index.html
≪2≫市内全域を完全なFTTH(光ファイバ化)に
=公設民営によるFTTH上のCATVサービス=
写真3 真野浩氏
〔UBC取締役〕
このような背景から上野原市では、すでに各家庭まで光ファイバ(FTTH)を整備する工事(2006~2009年度)を行っており、市内の有効世帯(10,001世帯)のうち、病院や老人ホーム等の公共施設を除いた約9,000世帯中90%近くは、光ファイバの引き込み工事が完了している。
上野原市が前述の第三セクターで実施する事業として検討を進めるなか、2005年10月、地元の企業数社がCATV事業および電気通信事業を始める意向を示し、同年11月に「株式会社上野原ブロードバンドコミュニケーションズ」(以下UBC、http://www.u-bc.net/)が設立された。同市はさまざまな検討の結果、このUBCに出資して第三セクターを設立し、CATVサービスを提供することとなった。
「各家庭まで光ファイバを敷設したとしても、実際には、維持コスト、つまり保守費用がかかってしまう。各家庭の毎年のランニング・コストを自治体では維持管理できない。その結果‘公設民営’でやりましょう。設備投資は市が行ったがランニング・コストは、芯線を貸したお金でまかなえば効率がよい。芯線を借りるほう(UBC)は、自分達が保守しなければ事業が成り立たない。そこで、市からIRU(注3)で光ファイバを借りてサービスを提供することにした。」(UBC取締役 真野浩氏)という、相互メリットのうえに第三セクターは実現したのである。
(注3)IRU:Indefeasible Right of User、関係当事者すべての合意がない限り、一方的に契約破棄や終了ができない永続的な使用権のこと。地方公共団体が整備・保有する光ファイバ網を電気通信事業者等へ開放する場合の一般的な契約方法。
≪3≫上野原市の事業の予算化は「合併特例債」で
〔1〕合併に伴う「合併特例債」とは
一般ユーザーの光ファイバへの加入金(注4)も、それに伴う各家庭への光ファイバの引き込みや、ONU(Optical Network Unit、ユーザー側に設置される加入者線終端装置)の設置工事まで(注5)の基本インフラはすべて上野原市が行ったため、住民の負担する費用は0円となっているが、実際の上野原市の事業予算はどのような構成であったのだろうか?
(注4)(注5)通常、山梨県の大手のCATV会社であれば10万円程度かかると言われている。例えば、圏内大手のNNS(株式会社日本ネットワークサービス)の場合、加入金が108,000円で、引き込み工事は、場所により別途付帯工事金が必要。
同市は2005年2月13日、隣接する上野原町と秋山村が合併し「上野原市」として誕生した。ここに、情報基盤整備をするための絶好のタイミングがあった。これは、合併に伴う「合併特例債」においては、社会基盤として必要な情報基盤整備が認められているためだ。
通常、初期の設備投資は、100%を上野原市がすべて負担する場合だと、だいたい8,900~9,000世帯で1世帯あたりのFTTHの整備費用が18万~22万円くらいかかる。このため、仮に1世帯あたり20万円だとすると、10,000世帯あれば20億円かかってしまう。それに加えて、テレビ視聴用の費用としてテレビの受信設備、再送信設備、ネットワークの運用設備などがかかる。
〔2〕投資額を削減できた2つの要因
UBCの場合、実際には、次の2つの理由で投資額を削減することができた。
(1)1芯3波を使ったということ〔1本の光ファイバ上にインターネットの上り/下り(2方向)+テレビ(1方向)の3波を同時に流すこと。図2、図3〕
⇒ 2芯の光ファイバシステムの場合、映像系(1芯)と通信系(1芯)のスプリッタ(分波器)が必要であるが1芯の場合は不要となるため投資額は半減、さらにそれらに伴うコストも削減できる。実際には、幹線に利活用する余芯線の数に限りがあり、2芯の場合には幹線部分も追加整備が必要となる。
(2)基幹網として、もともとあった地域イントラを使ったこと
⇒ 2004年度に実施した「地域イントラネット基盤施設整備事業」ですでに敷設済み(前述)。
このCATVシステムの場合は、映像系と通信系等の総額で、市の負担が16億円程度、UBCが8億円の設備投資額で合計24億~25億円ほどであった。市の負担額16億円のうち2/3は、「合併特例債」の使途として適用したのだ。その結果、市の実質的な純公債(借金)は、1/3の約5億円だけである。この金額は、長期に国に返済していかなければならないが、2/3の約10億円は、国と県が負担することになっている。
≪4≫UBCのサービス内容とシステムの構成
UBCが提供するサービスは、大きく2つに分けられる。
(1)映像サービス(テレビ・サービス):「ベーシックTVサービス」と「プレミアムTVサービス」の2種類
(2)通信サービス(インターネット接続サービス):「プレミアムNETサービス」と
「スーパープレミアムNETサービス」の2種類(いずれもプロバイダー契約、VoIP込み)
が基本で、(1)と(2)の両方で月額4,725円(税込;一戸建ての場合)から利用できる(料金表詳細⇒ http://www.u-bc.net/joining_guide.html参照)。加入契約数は、2009年10月1日時点で3,300世帯である。前出の図2に示した、UBCが提供するサービスを実現する各システムの構成を写真4-1~写真4-3に示す。
また、上記以外に、上野原市が敷設した情報通信網を利用する、IPによる「音声告知サービス」も提供している。これは、UBCの加入者かどうかにかかわらず、上野原市が光ファイバの引き込み工事を行ったところにはすべてUBCが「告知端末」を無料で貸与し、登録メンバーに電話番号と暗証番号を与え、登録番号と暗証番号を入れて伝言をいれると、スピーカーが鳴って告知するというもの(伝言ダイヤル、あるいは昔の市民向けの有線放送サービスのようなもの。写真7-1~写真9)。市役所や学校からの案内や、災害時の緊急情報放送、自治会内での知らせなどにも利用できるようになっている。現在は、市役所とUBCでの大規模な試験運用を行っている。
≪5≫地域発のコンテンツが全国配信へ
〔1〕地元市民へのサービスとして自主番組を配信
UBCでは、前述したサービスのほかに、地元市民へのサービスとして自主番組(コミュニティチャンネル)を制作し配信している(写真10、写真11、写真12)。例えば、上野原市の市議会放送や地域の幼稚園や小学校の運動会などのイベント等である。共同視聴組合と提携していて、そこにも自主番組を流しているので、UBCの加入契約数は3,300であるが、共同視聴組合の加入者も含めると、実際の視聴者数は5,000~6,000人いるということである(自主放送の番組表⇒http://www.u-bc.net/archive_data/ubc-channel.pdf)。上野原市の典型的で閑静な街並みを写真13に示す。
地域密着型の番組だけに、「孫が出ているから」と言って放送された番組をほしいとの要望もあるらしい。そのため同社では、1番組あたり1,000円でDVDの販売も行っているとのこと。
〔2〕UBC制作の英会話番組が「ギャオネクスト」で全国配信へ
さらに、画期的な出来事がこの7月(2009年)にあった。同社制作の英会話番組「Wendy's World」が、株式会社USENで提供されているインターネット番組(オンデマンド)サービス「ギャオネクスト」(GyaO NEXT)で全国配信され始めたことだ(http://nxtv.jp/guide/lifestyle/?genreid=36&subid=135&up_mypage=2)。同社で制作されたコンテンツをUSENに販売しているのだという。
「インターネットのコンテンツが、いかにテレビ番組と比較して質のいいものができるかというところが今後の課題。すでに何社かがんばっているところもあるが、コンテンツは圧倒的にテレビの制作会社に負けている。インターネットのほうが顧客の多様性が高いはずなので今後の課題だ。」(UBC取締役 真野浩氏)
自主放送は、UBCでは現在はまだすべて自社負担で制作をしているとのことだが、今後は広告モデルとして、スポンサー提供の番組制作も考慮している。質の良いコンテンツであれば、地域発のコンテンツがどんどんと全国配信されることも夢でないことが、同社ではすでに実証されている。
≪6≫WiMAXサービスも視野に入れた新サービスへの展開
単に、映像や通信のサービスを提供するCATV会社は多くあるが、同社のように独自の地域密着型で事業展開していくことで、地域の活性化だけでなくユーザー(住民)の意識を向上させることが可能となり、ひいてはそれが自治体の総合力となって新しい情報発信・収集のあり方へ変えていくことになるのではないだろうか。さらに、期待されている地域WiMAXへの取り組みも開始しており、自治体による新しいブロードバンド・サービスの先進的なモデルとして、UBCの今後に期待したい。
--終わり--
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