≪1≫新標準「LIME」の魅力はどこにあるか
■ このたびは、IPTV用の新しい国際標準「LIME」(ライム)の第2回目の国際的な相互接続試験を行った「Interop Event on IPTV」が成功し、おめでとうございました。私も取材させていただきましたが、新しい流れを強く感じました。主催者の側として川森様からイベントの内容をお聞きする前に、まず、LIMEとはどのようなものなのかを簡単に整理していただけますか。
川森 ありがとうございます。現在、放送と通信が本格的に融合する時代を迎え、IPネットワーク上で、テレビ番組や映像配信サービスを提供するIPTVが、いろいろな形で国際的に広く普及してきています。
このような背景のもとに、ITU-Tでは、2008年からIPTVの標準化に向けた専門合同会合であるIPTV-GSI(注1)で審議を重ね、その一環として、2009年12月に、IPTV対応の新しい国際標準「LIME」を策定したため、国際的に大きな注目を集めているところです。
私は、現在、ITU-T内のIPTV-GSI議長として、IPTV関係の標準化やその普及を促進しています。この新規格「LIME」は、ITU-Tで「H.762勧告(注2)」(マルチメディア記述言語」規格として、策定された新しい勧告(標準)なのです。
(注1)IPTV-GSI:Global Standards Initiative、ITU-TでIPTVなど特定のテーマに関する課題(Question)に取り組む専門合同会合
(注2)H.762勧告:Lightweight interactive multimedia framework(LIME)for IPTV services、IPTVサービスのための軽量なインタラクティブ・マルチメディア・フレームワーク、すなわちマルチメディア記述言語。
■ LIMEの魅力はどのようなところでしょうか。
川森 この新規格「LIME」(H.762)の魅力は、日本のデジタル放送方式で普及している、BML(注3)という独自のマルチメディア符号化規格を参考にして拡張しながら、IPTV用標準として欧州のDVB方式(注4)、米国などのATSC方式、日本などのISDB方式など、いろいろ異なるデジタル放送方式に依存しない、しかもハイブリッド(IPTV+デジタル放送)にも使用できる汎用的で国際的な共通仕様として策定されたことです。
(注3)BML:Broadcast Markup Language、放送用マークアップ言語
(注4)DVB:Digital Video Broadcasting、欧州のデジタル・テレビ放送規格
ATSC:Advanced Television Systems Committee、米国の地上デジタル放送規格
ISDB-T:Integrated Services Digital Broadcasting Terrestrial、日本の地上デジタル放送規格
写真2 リョン・ケン・タイ氏
(Mr Leong Keng Thai)
シンガポール政府、通信情報開発庁の通信郵便部門長官
このように、いろいろな放送方式に依存しないで、しかもIPネットワーク上でサービスが提供できるIPTV用規格ですから、今後、国際的に普及していく可能性が大いにあります。さらに、現在注目されているHTML5という規格とも整合性がよいため、HTML5のサブセット化を目指している点も大きな魅力の一つです。
■ 今回のITUの『Interop Event on IPTV』イベントの内容や狙いについて簡単に紹介していただけますか。
川森 第2回の『Interop Event on IPTV』イベントは、シンガポールの研究拠点「フュージョンポリス」(Fusionopolis)で開催(2010年9月23〜27日)され、27日に公開デモが行われました。
「フュージョンポリス」(写真1)とは、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR:Singapore Agency for Science, Technology and Research)が、シンガポールを情報通信・メディア、物理化学、生物化学や工学分野における世界のハブとするために新しく開発された拠点となっているところです。
このようなこともあり、シンガポール政府から、VIPとして通信情報開発庁(Infocomm Development Authority; IDA)の通信郵便部門長官(Director-General、Telecom&Post)であるリョン・ケン・タイ氏(Mr Leong Keng Thai、写真2)も参加され、歓迎スピーチや『Interop Event on IPTV』イベントの視察(写真3)なども行われました。
≪2≫第2回『Interop Event on IPTV』イベントの特徴
今回の第2回『Interop Event on IPTV』イベントは、IPTVに関連するITU-T勧告の相互接続性や実効性を試験するとともに、デモ・展示し、普及を推進するために行われました。具体的には、スイス・ジュネーブでの第1回Interopと合わせて次の(1)〜(6)に示すようなITU-T勧告等に準拠するIPTVシステム(製品・サービス)の相互接続性の検証試験と、関連製品のデモンストレーションを行ってきました。
(1)H.701(コンテンツ配信エラー訂正)
(2)H.721(IPTV端末:基本モデル)
(3)H.750(メタデータ)
(4)H.761(Ginga-NCL、注5)
(5)H.762(LIME)
(6)H.770(サービス発見/選択)
(注5)Ginga-NCL:Ginga(ジンガ)-Nested Context Language、いろいろなコンテンツ間の「関係」を書く言語(グルー言語)。ブラジルのPUC-Rio(ポンティフィカル・カトリック大学)が開発し標準化された言語。
このイベントは、ITU-T内のIPTVをテーマに関する専門合同会合「IPTV-GSI」のもとに実施されるイベントとして位置づけられています。
■ それでは、今回、シンガポールでIPTV-GSIの主催で第2回『Interop Event on IPTV』イベントについて、今回の特徴や意義あるいは、印象としていかがでしたでしょうか。
川森 今回の特徴と意義という点でいうと、第1回はヨーロッパに対してのアピールという意味で非常に大きな意味があったのですが、前回(第1回)は、IPTVとはどのようなものかという、全体的なイメージを見せることに主眼を置きました。今回の第2回目は、アジアに位置するシンガポールで、前回以上の内容と、アジアならではの要求条件にこたえるという意味もあり、ITUのIPTVの特徴を前回以上に出したいという目的がありました。
そういうこともあり、今回の『Interop Event on IPTV』イベントで強調されたことの1つは、QoE(Quality of Experience、体感品質)です。これは光ファイバ(FTTH)のネットワークを使っていない国では、非常に大きな問題になっています。例えば、通信回線が遅いために、コンテンツが乱れたり、IPパケットが頻繁に落ちてしまうという現象です。そのような問題にどう対処していくかということが、シンガポールも含めて大きな問題になっているのです。このため、ITUで策定した標準に従って、どのような形でQoEが保証できるかをテストすると同時に、それをショーケースで見せたというのが1つの特徴でした。
■ アジアならではのというお話ですが、アジアとヨーロッパでは、どのようなところが違うのでしょうか。
川森 アジアとヨーロッパの大きな違いは、ヨーロッパはまだ、光インフラがおくれているのです。現在、電話線(銅線)によるDSLが中心で、これから本格的に光ファイバ(FTTH)を導入しようという段階です。この面では、実はアジアのほうが先行していまして、ヨーロッパでは、例えばIPTVでハイディフィニションテレビ(ハイビジョンテレビ)のQoEなどについても、まだまだの状況です。
そういう面からみますと、アメリカとかアジアでは、光ファイバを使ったネットワーク(FTTH)がだんだん浸透しつつあります。例えばシンガポールでは、光ファイバの敷設が活発で、2013年までにNGNを全国の95%まで普及させる勢いです。そういう意味で、アジアならではというのが1点だと思います。
もう一つの特徴というのは、「端末でのセキュリティ」を試験するという点で、家電メーカーさんに参加いただいて、それをデモしました。これによって、ITUとして、著作権侵害の問題についても、真剣に考えていることをアピールできました。しかも、ITUの標準に準拠した端末(H.721対応)で著作権保護ができるということ、さらにその端末を使って、ユーザーが自由に、IPTVコンテンツ(番組)を心地よく視聴できたことも、アジアならではという点だったと思います。
■ それでは、各ブースのことについては後でお話しいただくことにして、いきなりセキュリティ(著作権保護)のお話が出ましたので、この辺からお聞きしますが、コンテンツのセキュリティについて、マーリン(Marlin、注6)を使っているデモがありましたね。
(注6)マーリン:MDC(Marlin Developer Community)が策定した家電AV機器やマルチメディア・サービスのためのコンテンツ管理方式。具体的には、メーカーや機器が異なる家電AV機器の場合でも、利用しやすいDRM(Digital Rights Management、デジタル著作権管理)として開発されたもの。MDCは2006年に、パナソニック、フィリップス、サムスン電子、ソニーとDRMの基本技術を持っているインタートラスト社の5社がファウンダーとなって設立された。
川森 あのデモは、パナソニック・シンガポールのデモでした(写真4)。簡単に説明しますと、暗号化されたコンテンツをサーバに置いといて、そのサーバからストリーミングで取得したものを、ブルーレイディスク対応の「ディーガ」のハードディスクレコーダー(写真Aの右下:DIGA DMR-BR580)に一旦ためておき、それをブルーレイディスク(BD)に焼き込んだり、あるいはミニSDカードに移して、それを携帯電話で、安全に見ることができる、というデモでした。
例えば、携帯電話やスマートフォンで見たり、あるいはほかのブルーレイディスクプレーヤーで見るというような、いわゆる「エクスポート」(コンテンツの外部持ち出し)と言われるんですけれども、そういうことが可能です、というデモですね。この際、ハードディスクから外部にコピー可能かどうかを、ライセンスによって制御できることやハードディスクからBDやカードに移されるたびに、可能コピー回数が減っていくことも示しました。
■ 今回(第2回)出展社に関して、第1回目の出展社と第2回目の出展社はどう違っていたかというのを説明していただけますか。
川森 今回の一番大きな特徴としましては、シンガポール国内の会社が参加したということですね。あと、韓国の会社が2社(後述)になったということがあって、日本の企業(NTT、NEC、沖電気、住友電工、三菱電機)そのものの数は変わってないのですけれども、外国の企業がそれだけ増えたということが特徴です。
前回は、シスコと韓国のTVSTORMだけだったのですが、今回シスコが抜けたかわりに韓国のテラオン(Teraon)という会社が参加して、かつ、シンガポールの会社が3社〔サーブタッチ(ServTouch)とブイワン・マルチメディア(V-one Multimedia)、パナソニック・シンガポール(Panasonic Singapore)〕が入ったので、全体としては出展社数が増えた形になっています。
≪3≫イベントを盛り上げた日本からのLIME対応製品とデモ
〔1〕住友電工の展示内容
■ 今回のデモ展示では、日本勢がリードし、イベントを盛り上げていたという印象でしたが。
川森 そうですね。日本勢のブースでも、一番大きく大々的な展示を行ったのは住友電工さんでした(写真5)。
住友電工さんはIPTVの分野でも、国際標準を搭載して確実なビジネスしていこうという会社の方針が明確で、今回のLIMEの場合も、確実にビルドアップしてデモを行っていました。ビジネスをグローバルに展開する意気込みが伝わってきて非常に充実したショーケースの構成でした。
■ 住友電工がブースでデモしていた、LIMEを搭載したSTB(セットトップボックス)の印象はいかがでした。
川森 はい。写真5の手前のほうに写真6のSTBが展示されていましたが、このSTBは、H.721(IPTV基本端末仕様)対応の「IP-STB」(製品名:StreamCruiser)です。具体的には、LIME(H.762)はもちろんのこと、サービス発見選択機能のH.770をはじめとしてハイデフィニッション(1080i)や、ISDB-Tの地上デジタルIP再送信やARIBのデータ放送に対応し、H.750対応メタデータ処理機能をもつECG(電子コンテンツ案内)も搭載されています。
つまり、先に挙げたITU-Tの勧告のすべてに対応しています。とくにH.701に準拠した品質保証が大きな特徴の一つで、今回のInteropイベントでは、それを使った映像の高品質を保証しているというデモが目玉のひとつでした。また、住友電工のITU-T 対応のSTBを使用したIPTVサービスのイメージは、写真7のように紹介されていました。
■ そのLIMEにも対応したSTBは、もう商用化されてといると聞きましたが。
川森 このSTBは、NTTぷららの「ひかりTV」にも採用されていますが、すでに100万台の出荷を超えており、すべてではありませんが、最近のものはLIMEも搭載されています。これほど早くから、LIME対応のSTBを提供しているのは、世界でも最大規模です。
■ それは早い対応ですね。ところで、住友電工は、LIME以外にどんなソリューションを持っているのですか。
川森 メタデータですね。メタデータのアプリケーションも作っているので、メタデータとLIMEとの連携なども考えているようです。
■ メタデータとLIMEの連携とは、簡単に言うとどういうことなのでしょうか。
川森 メタデータというのは、簡単に言うと、テレビの番組表用の情報のようなもので、サービス側から番組表(メタデータ)を送ります。この時、テレビ画面の表示に関するところを、メタデータを利用していろいろ変更・制御できるのです。
そのときに、LIMEを使うと変更の部分が楽にできるということです。さらに、住電さんの場合は海外展開も考えていらっしゃるので、国際標準であり、欧州や北米でも採用されているメタデータと整合性のあるITU-T対応のメタデータを実装しているので、海外でのビジネス展開がしやすくなるというのも1つあるのではないか、と思います。
〔2〕三菱電機の展示内容
■ 三菱電機でもLIME対応のSTBが展示されていましたが。
川森 そうですね。三菱さんのIPTV用STBも、ITU-TのH.721(IPTV基本端末仕様)に準拠し、LIME(勧告H.762)のほか、サービス発見選択機能のH.770を搭載していました。このSTB「M-IPS200」(写真9)は、すでにNTTぷららの「ひかりTV」に導入され、使用されています。今回は、写真8に示すように、通常のテレビ(リニアTV)で、沖電気さんのサーバから3チャンネルのハイデフィニッションのIP放送を送信し、チャンネルで番組を選択して、ハイディフィニションで見せるというデモが中心でした。
■ 非常にきれいでしたね。
川森 ええ。非常にきれいな画像だったと思います。またサイズも小さく、よくできたSTBに仕上がっていて、会場での評判も良かったです。
〔3〕沖電機の展示内容
■ 次に、沖電気(写真10)は、今回のデモでメディアサーバを提供し、盛り上げていましたね。
川森 はい。沖電気さんの場合、端末側の展示ではなく、サーバ(メディアサーバ、写真11)でご参加いただきました。具体的には、LIMEサーバといいますか、LIMEコンテンツを配信するサーバと、VoD用のビデオサーバの両方提供していただいて、デモだけでなくて、デモの前に行われたいろいろな相互接続試験においても、沖電気さんのサーバを参照実装(レファレンス)として使わせていただきました。
■ ということは、今回のLIMEのデモでは、すべて沖電気のサーバにつなげてつながったのですか。
川森 はい。全部つながっていました。今回はNECさんと沖電気さんの両社でサーバを用意してくれたので、それぞれクロスにつなげて試験が行われました。ですから、住友電工の端末(STB)も三菱電機の端末(STB)も、NECの端末(PC)もつながっていました。NTTは、自社製端末を持っていないので、レグザというITU-T H.721とLIMEに対応した東芝の端末(液晶テレビ)を使ってデモをやりました。
〔4〕NECの展示内容
■ NECは、H.721準拠のパソコン(ValueStar)でデモしていましたね(写真12)。
川森 NECはITU-TのLIMEも含めてHシリーズ勧告(H.721、H.726他)に準拠した製品は、すべてつくる方針で取り組んでいくようです。今回の展示では、VoDのサブシステムによって、ブックマークサービスとスタートオーバーサービスという2つのサービスをデモしていました。VoDにおけるスタートオーバーサービスとは、リニアTVにおいてレコーダーなしでも、視聴中の番組を番組の頭から追っかけて再生できるサービスです。また、ブックマークサービスとは、途中まで見ていてブックマークしておき部屋を移動してもその続きを視聴できるサービスです。
LIMEとの関係では、写真CCの図のサービスポータルの部分をLIMEで作成していました。今回は、VoDサービスを選択する文字だけのシンプルな画面をLIMEで作成し(写真13)、写真14に示すように、サービスポータル部と写真13の右端のH.721準拠のパソコン(ValueStar)やテレビとやり取りし、番組を選択するデモを行いました。番組案内はビデオ画面にオーバーラップする形で表示されます。
〔5〕NTTの展示内容
■ NTTブースは、LIMEウィジェットを使ってテレヘルスのデモを行っていましたね。
川森 そうですね。NTTは、写真15に示すように、LIME対応の東芝のREGZAを使用し、写真15の画面の下部に表示された、LIMEで作成されたウィジェットを使ったデモを行っていました。
IPTV上のe-Health(e-ヘルス)用LIMEウィジェットによって、テレヘルスとIPTVの連携デモを行いました。ブースには、体重計、万歩計、血圧計などが展示され、これらの計器で計測された健康データが無線とIPを使ってIPTVに渡され、画面上にグラフとしてリアルタイムに表示されるというデモを実演しました。
写真16は、血圧計で測定したデータをお医者さんに送信するデモで、写真17は、送信されたデータをもとにカウンセリングを受けるまでの流れを解説したパネルです。
(第2回に続く)
プロフィール
川森 雅仁(かわもり まさひと)氏
現職:
NTTサイバーソリューション研究所 主任研究員
【略歴】
人工知能研究、自然言語処理研究開発を経て、コンテンツメディア流通関連技術(IPTV、固定携帯連携サービス、メタデータ、著作権管理等)の研究開発に従事。
DVB(欧州のデジタルテレビ放送方式規格化組織)、ARIB(電波産業会)、ITU(国際通信連合)などで、通信放送関連の標準化に携わる。
2009年より、ITU-T IPTV-GSI議長。