≪1≫韓国テラオン(TERAON):アンドロイド端末でパーソナル・モバイルIPTVをデモ
■ 前回(第1回)は、日本からの出展を中心にお話しいただきましたが、今回は韓国勢の出展内容についてお話しいただけますか。
川森 韓国はテラオン(TERAON)とTV Stormが出展していました。両社ともサムスン電子やLGエレクトロニクスからスピンアウトしたエンジニアが設立した会社です。
写真1に示すテラオンのブースでは、IPTVソリューションとして、同社のハイブリッドIPTV STB(セットトップボックス)である「RevoQ」(写真2-1)を使用して多彩なデモを行っていました。LIMEについては、まだ完璧な実装ではありませんが、LIMEの機能を模倣したデモを行っていました。テラオンの場合は、小さいモバイル端末でのアンドロイドのデモだったのです。アンドロイドで、そこにLIMEもどきのブラウザを搭載していました。
■ LIMEそのものではなかったのですね?
川森 そうです。一応LIMEブラウザと書いてはありました(写真2-2)が、まだLIMEのコンテンツはできてはいないようですが、今後、ITUの標準を実装していくことについては、やる気は十分のようでした。
このRevoQ(Hyblid IPTV)は、写真3-2に示すように、デジタル・テレビ放送(ATSC/DVB-T)やYouTubeなどに対応(すなわちハイブリッドに対応)し、Webブラウザやウィジェットと連携していろいろなアプリケーションを動かすことできます。また、会場では、写真4に見るように家庭では固定テレビでIPTVを(写真4左)、モバイル環境では、アンドロイド端末などでパーソナル・モバイルIPTVを、シームレスに楽しめるデモも行われました。
先ほどお話したアンドロイド端末(写真2-2)にはサムスン製のギャラクシーS(Android 2.1)が使用されていました。このアンドロイド端末には、LIMEもどきのブラウザを搭載していましたが、LIMEについてはこれから本格的に取り組むとのことでした。また、そのアンドロイド端末には、同社が開発した、現在ITU-Tで議論されているH.720シリーズ(IPTV端末関係の勧告)やH.760シリーズ(IPTVマルチメディア・アプリケーション関係の勧告)をベースにしたWBTMというミドルウェアが搭載され、デモが行われていました(WBTM:Web Based Terminal Middleware)。これは、韓国のETRI(Electronics and Telecommunications Research Institute;韓国電子通信研究院)が積極的に協力して作成されたものです。
川森 このテラオンのブースでは、現在のところ、まだIPTVサービスそのものを受信できるわけではなくて、単にWebサーバにアクセスして、ストリーミングができるというレベルです。一応、YouTubeのAPIをサポートしているので、YouTubeのコンテンツを独自のインタフェースで見せることができます。あと、ユーザー・インターフェースのところは、XMLを基にした独自のUI(ユーザー・インタフェース)定義言語を使用していて、好みに合わせたいくつかのデザインに変更できるようになっていました。
≪2≫韓国TV Storm:LIMEを搭載したAndroidベースのSTBをデモ
■ もう一方の韓国のTV Stormの展示はいかがでしたでしょうか。
川森 韓国のTV Stormは、シンガポールのV-one Multimedia(ブイワン・マルチメディア)という会社と共同で出展していました。TV Storm自身はミドルウェアのベンダーで、V-one Multimedia社は、STB(セットトップボックス)のメーカーです。現在、両者とも、AndroidベースでITU-T標準に準拠したSTBをつくっています。
川森 TV Stormは、今回、相互接続試験「Interop Testing Event on IPTV」のほうにも参加していただきましたが(前回はショーケースだけであった)、今後さらにITU-T準拠の製品を売り出していく方向です。V-one Multimediaも、ITU準拠の製品をシンガポール中心にビジネスを強化してきており、両者は共同歩調で市場を拡大しようとしています。
具体的には、TV Stormは同社が得意とするミドルウェアによって、AndroidベースのSTB製品にLIMEブラウザを搭載したり、HTML5フルブラウザを搭載して、端末の高機能化を推進しています。写真7は、TV StormのAndroidベースのIPTVソリューションのアーキテクチャです。このように、TV StormとV-one MultimediaのSTBは、IPTVだけでなくて、Webにも対応し、さらにZigBeeを採用して、スマートグリッドにも対応できる仕組みも製品の中に取り入れていく考えのようです。
さらに、スマートTV系、簡単に言うと、ウェブTVの高機能化したような製品の開発も推進しているようです。現在、注目されている分野ですが、それが果たしてIPTVというビジネスにとってどうなのか、IPTVのサービス・プロバイダーがそれに対してどう見ているのか、あるいは放送業界がどう動いているのか、ということは、まだ未知数なところです。
≪3≫日本のIPTVサービスと欧州の「HbbTV」標準などの動向
■ ありがとうございました。今回の「Interop Event on IPTV」の内容は大変興味深く、取材を通して、通信と放送の融合がこれから本格化していくことを実感することができました。ところで、日本と世界のIPTV関係の新しい動きをお聞きしたいのですが、まず、日本の放送業界では、NHKオンデマンドなどのように、すでに、インターネット経由でもテレビ番組が視聴できるIPTVサービスが提供刺されていますね。
川森 そうですね。アクトビラでもひかりTV(NTTぷらら)でも視聴できるようになっていて、IPTVサービスは、さらに広いメディア(パソコン等)でも視聴できるようになっています。日本の環境は世界的に見ても進んだ環境となっています。これだけ光ファイバが敷設されている国は他にはないわけですし、それから、ITU-Tで標準化されたIPTVが、テレビに載っているような国もないわけです。しかも、これらとはまた別に、デジタル・テレビ放送でBMLのようなWebとの整合性の高いものが使われているという国も日本以外にないのです。
■ 確かに、おっしゃる通りです。そういう日本の強みをもう一度見直してみることも必要な時期に入ってきたのでしょうね。ところで、欧州では放送とブロードバンド通信を融合させるということで、欧州の13の放送関連企業が「HbbTVコンソーシアム」(HbbTV:Hybrid Broadcast Broadband Television)を設立(2009年8月)し、HbbTVの標準規格化を策定するなど新しい動きも出ていますね。
川森 そうですね。この動きをどのように見るか。なぜ今、欧州でHbbTVとかスマートTVと言っているか、この背景を簡単に言いいますと、欧州にはデジタル放送もなければ、光ファイバもなければ、IPTVもないからなのです。
■ 欧州にはデジタル放送としてDVBがありますが。
川森 はい、確かにありますが、欧州のデジタル・テレビ放送の規格であるDVB(Digital Video Broadcasting)には、インタラクティビティ(双方向性)がないのです。唯一、英国で、MHEG5(注1)がインタラクティブ性を提供するために広く使われています。一方、日本では、BML(注2)を使ってインタラクティブ性を提供しています。
(注1)MHEG:Multimedia Hypermedia information coding Expert Group、DVBにおけるマルチメディア符号化方式(双方向マルチメディア・コンテンツを記述する言語)
(注2)BML:Broadcast Markup Language、放送用マークアップ言語(ISDBにおける双方向マルチメディア・コンテンツを記述する言語。)
ITU-T IPTV-GSI議長の
川森雅仁氏
ですから、まさに私が『IPTV用の新標準「LIME」ハンドブック2010』(川森 雅仁著、インプレスR&D刊、2010年9月)(http://r.impressrd.jp/iil/LIME2010)でも詳しく解説したように、インタラクティビティ(双方向性)を備えているのは、日本と英国だけなのです。欧州のドイツにもフランスにもないのです。そうすると、どうしたらいいか。次に考えられるのは、IPTVとかケーブル(CATV)ですね。しかし、欧州では光ファイバがほとんど敷設されていませんから、ハイディフィニション(高精細)のコンテンツを提供するIPTVは、帯域が足りなすぎて通らないのです。それでは、ハイディフィニション・コンテンツを送信しながら、双方向性を同時に実現するにはどうしたらいいか。そこで欧州が苦肉の策で思いついたのがハイブリッドのHbbTVなのです。
■ ハイブリッドというのは、どのような意味ですか。
川森 はい。デジタル放送でハイディフィニション(高精細)の映像と音声を提供する一方、インタラクティブ(双方向)なコンテンツは、インターネットから取ってくる(提供される)という意味です。今まで放送のコンテンツ(番組)と、インターネットのコンテンツとはまったく別物でした。ですから2つのコンテンツを統合的に扱えるように、日本のBMLというのは非常にそこの部分を注意し、配慮されてつくられているのです。
■ 具体的には、どのように配慮されているのですか。
川森 BMLでは1次リンク、2次リンクというのがあって、「放送局側の責任を持ったインタラクティブ・コンテンツやサイト」とそれ以外の「一般のサイト」とを峻別しています。インタラクティブなコンテンツについても、放送コンテンツが、画面上でインタラクティブ・コンテンツによって隠されないように(視聴できるように)しなさいとか、インターネットのコンテンツを取ってきて表示してもよいが、もし2次リンクから取得するなら、放送の映像は消しなさいとか、BMLのブラウザは落としてしまってHTMLだけにしなさいとか、いろんなガイドラインがあり、放送局と端末の間で決まっているわけです。
HbbTVの場合、そういう配慮をせずに、放送を見ている時にブラウザを立ち上げて、インターネットのコンテンツをとってきてもよいということにしてしまったので、欧米の放送局の中には、放送コンテンツの一意性(Integrity)をどうしたら守れるのか、わからなくなっているところがあるのです。
≪4≫パンドラの箱を開けたHbbTV:テレビ広告への影響
■ それは大きな問題に発展しそうですね。もう少し具体的にお話ししていただけますか。
川森 例えば、ドイツのARD(ドイツの公共放送)という放送局が、現在、HbbTVを使った放送サービスを提供しているのですが、放送番組の途中でリモコンの操作によってブラウザが出てきてオーバーレイ(画面の重なり)ができてしまいます。そうすると番組を見ているときに、インターネットからEPG(番組案内)を取得してブラウザ上で、放送番組にかぶさって表示されてしまいます。そういうことを視聴者が一番やるタイミングというと、番組と番組の間にあるCMのときの可能性が高いのです。
■ なるほど。
川森 そうすると、CM(広告)をやっている放送局で、CMが出てくるたびに、視聴者のリモコン操作で放送画面が、インターネットから取得されてブラウザで表示されるEPG(電子番組案内)で隠されてしまったら、放送の広告を見てないことになってしまいますよね。つまり、テレビの広告を見なくて、その代わりにインターネットから取得したEPGを見ているわけです。
■ そうですね。そうなると、広告スポンサーは怒りますよね。
川森 その通りです。現在、インターネットが広告媒体として重要になってきて広告が増大してきています。そのようなときに、CMが放送される時間になるとインターネットから得たコンテンツ「EPG」が視聴者に見られている、ということになったら、広告主からすると、テレビ番組が視聴されていても、CM(広告)のほうは、視聴者に見てもらえないことになります。その結果、広告主は、結局、視聴者は放送CMの代わり(CMを放映している間)に、インターネット・コンテンツを見ているんだろうと考えるようになってしまいます。
そうすると、広告主は、まず、インターネット上のEPGに広告を載せるようになるでしょう。そして、どっちみち広告もインターネットにあるEPGで見るのだったら、じゃあ、放送に広告など出さないで、広告は全部インターネットで流しますよという理屈が出てくるわけです。そういうことになったら、放送の広告媒体としての価値が、下がってしまいますね。
■ 私もそう思いますし、そういう放送には広告を出しませんね。
ITU-T IPTV-GSI議長の
川森雅仁氏
川森 そうなる可能性があるのに、欧州では、去年(2009年)ぐらいからHbbTVがもてはやされ、サービスが開始されました。ある面で、これは、パンドラの箱(この世のあらゆる災いを入れた、開けてはいけない箱)を開けたようなものです。言ってみれば、HbbTVは、放送業界自身が放送番組の上に、ブラウザのインターネット・コンテンツを重ねて表示してもよい、というお墨付きを付けたようなものです。このような背景から、その後、HbbTV以外にも、サムソンはサムソン独自の、パナソニックはパナソニック独自の、ソニーはソニー独自の、グーグルはグーグル独自のと言うように、家電メーカーなどが、それぞれ別々のブラウザやインタラクティブ・コンテンツの仕様を作ってテレビ端末をつくり出してしまいました。これらが、現在一般にスマートTVとかコネクトTV(connectedTV)と言われるものです。
■ まさに現在、おっしゃるようにパンドラの箱を開けてしまったような様相を呈してきましたね。
川森 つまり、家電メーカーさんは、基本的には市場で商品が売れればよいので、別に仕様には、そんなにこだわらないわけです。ですから、サービスがあり、テレビが売れるのでしたら売ります、ということになります。したがって、HbbTVもつくるでしょうし、それとは別に、例えば、ソニーの場合でしたらアプリキャスト(注3)の端末もつくるし、普通のHTML端末もつくるし、最近では、「Google TV」プラットフォームを搭載したインターネットテレビ「Sony Internet TV」を2010年10月から発売しました。これは1台でHD(高精細)テレビとネットを利用できようになっています。
(注3)アプリキャスト:テレビを見ながら簡単にインターネット上のコンテンツやサービスを楽しめる環境を提供するソニーの技術。ソニーの液晶テレビ「ブラビア」に搭載されている。
このように、例えばソニーとしては、HbbTV対応のテレビ、グーグルTV用のブラウザ、アプリキャスト用のブラウザと、3種類つくっても、それぞれ市場で売れれば、企業としては構わないわけです。
≪5≫LIMEはIPTV市場のドライビング・フォースになるか
■ それでは現在、国際標準のLIMEと同じレベルの技術にはどのようなものがあり、競合しているのでしょうか。
川森 現在、世の中には独自仕様を含めるとたくさんあります。ヤフー(Yahoo!)のヤフーTVとか、米国でやっているコネクテッドTVと言われているテレビ端末に搭載されているブラウザなどです。米国では特にウィジェットと呼ばれる小さなアプリをテレビ端末にダウンロードして利用する、というのがはやっています。これも放送に関係なく画面を隠してしまうのでやはり問題になっています。
それから、先ほどお話ししたスマートTVに載っているブラウザやHbbTVのブラウザや、アプリキャストのブラウザもあります。グーグルTVは、多分HTML5だと思います。このように、いろんな種類のインタラクティブな枠組みのためのブラウザが登場していますが、これらはすべて標準化されているわけではないですし、先ほどお話ししたような問題が出てくるのです。
■ 先ほどのお話というのは?
川森 今までの放送用のテレビの場合は、普通ブラウザを使用していませんから、ブラウザと画面が重なることはなかったのですが、現在はブラウザによってテレビ放送の画面が、サービス側の意図と関係なくかぶされる可能性が出てきてしまったのです。
■ つまり、LIMEのように、テレビ放送の画面とブラウザの画面をきっちり管理してやっているわけではないということなのですね。
川森 そうです。その通りです。
■ そうすると、LIMEがIPTV市場の強力なドライビング・フォースになる可能性があるということですか。
川森 私はあると思っています。つまり、結局、現在標準化されていてかつすでにIPTVの中で使われているブラウザとしては、今のところLIMEとGinga(ジンガ)-NCL(ITU-T H.761)ぐらいしかないのです。LIMEは、もともとマネージドIPTV(管理サービス型IPTV)向けなので、サービス・プロバイダーがコントロールできるようなブラウザとしてつくられています。ですから放送局がサービス・プロバイダーになっていれば、放送局がコントロールできるわけです。
■ なるほど。
川森 このような背景もあり、欧州で最近開催(2010年9月)されたWBU(World Broadcasting Union、世界放送連合)のワークショップのプログラムの中で、一番最初に標準としてLIMEが挙がっていたのです(写真8)。このように、ハイブリッド用にも使える標準としてLIMEが挙げられていているなど、最近は世界の放送事業者からも注目されるようになり、LIMEへの期待が高まっているのです。
(第3回に続く)
プロフィール
川森 雅仁(かわもり まさひと)氏
現職:
NTTサイバーソリューション研究所 主任研究員
【略歴】
人工知能研究、自然言語処理研究開発を経て、コンテンツメディア流通関連技術(IPTV、固定携帯連携サービス、メタデータ、著作権管理等)の研究開発に従事。
DVB(欧州のデジタルテレビ放送方式規格化組織)、ARIB(電波産業会)、ITU(国際通信連合)などで、通信放送関連の標準化に携わる。
2009年より、ITU-T IPTV-GSI議長。