[特集]

電力自由化で変わる電力取引! 改革を実施する日本卸電力取引所(JEPX) ― 取引形態を刷新し「1時間前市場」を導入へ ―

特集 パート3
2015/10/30
(金)
SmartGridニューズレター編集部

卸電力取引所における5つの改革の内容

表3 4時間前市場と1時間前市場の違い

表3 4時間前市場と1時間前市場の違い

〔1〕第1の改革:「1時間前市場」という新しい市場を開設へ

(1)4時間前市場から1時間前市場へ

 現在、電力のスポット取引(短期契約の実物取引)では、1日(24時間)当たり48コマの電力商品があり、1コマ30分(24時間÷48コマ)単位で取引されている(表3、図4)。

図4 4時間前市場と1時間前市場の比較

図4 4時間前市場と1時間前市場の比較<br />
シ

シングルプライスオークション方式:入札価格によらず約定価格(取引価格)で取引される方式。例えば、10円/kWhで売りの入札を出していても、約定価格が15円/kWhであれば、15円/kWhで売られることになる。
ザラバ取引:一般の株式市場と同じで、売りと買いの値段が合致したら取引を行う方式のこと。
出所 日本卸電力取引所の資料より

 このように、現在は4時間前市場の取引であるが、2016年4月からは受渡の1時間前の時点まで、電気が取引できるようにする改革である。本土との連系線がない沖縄と島嶼(とうしょ。大小さまざまな島のこと)は除いた、北海道から九州まで、全国1市場で電気の取引ができるようになる。

(2)「広域機関システム」との連携

 これを実現するには、全国規模で電力会社と電力会社の間の送電線(連系線)を利用する必要がある。そのため、実際に送電線にどれぐらいの量の電気が流れているかを常時きちんと管理するシステムが必要である。これと連動して、2015年4月に設立された「電力広域的運営推進機関」〔OCCTO、本誌特集パート2を参照(pp.8〜15)〕では、全国規模で、スピーディに電力会社間の連系線をつなぎ、電力の需給や系統監視ができる「広域機関システム」が2016年4月1日から運用開始される予定となっている。

 この「広域機関システム」の運開に合わせて、卸電力取引所の市場もそのシステムと連系して、ぎりぎり1時間前までは調整できるようになる。

 なお、1時間前取引では、ザラバ取引注7という方式で取引が行われる。これは、一般の株式市場と同じで、売りと買いの値段が合った場合に取引を行う方式のことである。

 また、電気の取引単位は、従来1,000kW/

30分(1MW/30分)単位であるところを、100kW/30分単位とし、小さなロットの電気でも取引できるようにする。これは、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを市場で売買する、小規模な電気事業者にも使いやすい卸電力取引所にしようという発想から決められた取引の改革である。

(3)実同時同量制から計画値同時同量制へ

 このように、ぎりぎり1時間前まで調整可能な市場となるため、2016年4月から、系統の利用制度は、実際値ベースの「同時同量」(実同時同量)でなく、計画値ベースの「計画値同時同量」という制度に変更になる。従来の4時間前市場の場合は多少ゆとりがあったが、1時間前市場の場合は1時間前の時点の計画値で固定されてしまい、その後に起こる発電所などのトラブルについては、送配電事業者(一般電気事業者の送配電部門)が対応することになる。

 このため、1時間前までは、電気の小売事業者や発電事業者自身が市場で調整する(電力の需給に責任をもつ)必要がある。

〔2〕第2の改革:スポット取引を毎日実施へ

 また、卸電力取引所のスポット取引については、現在は土曜日と日曜日は休みで、前週の金曜日に土、日、月の3日分をまとめた取引となっている。それを2016年4月1日からは1時間前市場を開設するのと同時に、毎日の取引作業に変更され、土曜日には日曜日の電気を、日曜日には月曜日の電気を取引することになる。文字どおりの1日前市場となる。

 1日前の取引のほうが、取引の翌日の電力需要や気温などの気象状況などが、これまでよりも直近となり精度が上がる。

〔3〕第3の改革:バックアップセンターの設置へ

 卸電力取引所では、1時間前市場の開設に向けたルール作りやシステム開発などのほかに、図5に示す取り組みが行われている。特に1時間前市場は、365日24時間稼働するため、災害時などの復旧にかかる時間の短縮化が求められる。そこで、約30分以内にシステムの復旧(切り替え)することを目的に、関西地区にバックアップセンター(データセンター)を設置した。

図5 1時間前市場開設に関連する取り組み

図5 1時間前市場開設に関連する取り組み

出所 日本卸電力取引所の資料より

 このバックアップセンターは2015年6月から運用が開始されている。これによって、東京都内で大きな災害があった場合にも、関西地区のデータセンターに切り替えることによって、電力市場の取引が停止することは避けられるようになる。もちろん、災害時には、スマートフォンなどの携帯端末を使用して、オペレーションが続けられるように備えている。

〔4〕第4の改革:会員の運転資金を軽減へ(預託金制度の改革)

 すでに2015年6月から実施されているが、卸電力取引所の取引会員の運転資金を軽減する制度の改革も進められている。以前は、卸電力取引所が電気の売り手企業(電気事業者)に支払う売りの代金を一時的に預かる制度(預託金制度)があった。これはいわゆる担保金であり、電気事業者の卸電力取引所に対する金銭不払いの場合に備えた担保である。

 これは、ほかの証券取引所や商品取引所と同じ担保制度となっているが、この仕組みは、2015年6月1日から売り代金と買い代金を日々相殺する方式に切り替えられた。これによって、従来は売り代金を卸電力取引所に1カ月ほど「とめ置いた」が、その「とめ置き金」を相殺することによって、電気事業者に早く返金するのと同様な効果を生む。

 この預託金は、これまでは200億円以上あったが、現在は相殺によってそれが半減(100億円以下)した。これは結果として卸電力取引所の会員(顧客)に運転資金を返していることになり、この預託金制度の見直しによって、運転資金の負担を軽減することが可能となった注8

〔5〕第5の改革:市場監視システムを強化へ

 1時間前市場はザラバ取引で行われるため、よりリアルタイムで電力の需給監視(市場監視)を強化する必要がある。市場監視は、不公正な取引を見張る重要な役割である。このため、卸電力取引所では、市場監視の効率化や高度化を目的として、世界各国の多くの取引所や規制機関などで利用され、実績のある市場監視ソフトウェアを市場監視システムに追加して強化している。

 具体的には、米国でグローバルな証券取引所を運営しているNASDAQ OMXグループ注9で開発された、取引所を運営するための世界標準とも言われているソフトウェアを採用した。

 これまで、NASDAQ OMX グループのソフトウェアは証券取引所を中心に導入されてきたが、卸電力取引所では、世界で初めて電力取引所として、NASDAQ OMX グループの市場監視のためのソフトウェアを導入することを決定し構築されている。

 そのソフトウェアの商品名は「SMARTS」といわれ、すでに世界60カ国(NASDAQのニュース)以上にインストールされている注10

 このような市場監視システムの強化によって、今後、マーケットに異常な動きがある、あるいは何か怪しい入札があっても、それらの記録がすべて残るようにしておくことが可能になる。あるいは、緊急のトラブルであれば、責任者のところにアラートが送られ即座に対応できるようになる。

 さらに今後、電気を商品とみなして投資対象とする動きがあるなかで、卸電力取引所の電気の価格が、東京商品取引所(TOCOM:Tokyo Commodity Exchange)の先物取引に、あるいはインバランス制度に、さらに再生可能エネルギーの買い取り価格にも使われたりする。

 このように卸電力取引所の電気の価格が参照されるため、しっかりとした価格形成をする必要がある。このような社会的責任が高まるということも考慮して、電気に関する価格操作などが発生しないよう監視する体制が構築されている。

 さらに2016年4月からは電気事業法の改正で、同取引所が指定法人になるという制度が施行されることもあり、現在、指定法人になるための条件などの検討も行われている。


▼ 注7
ザラバ(ザラ場)方式:値段優先方式のことで、条件が同じであれば発注が早いものから売買を成立させるオークション方式のこと。「ザラ場」とは、「いくらでも普通にある場(ザラにある場)」という意味で名付けられたといわれている。

▼ 注8
日本卸電力取引所「新しい決済・預託制度に関する説明会説明資料」2015年4月2日、
http://www.jepx.org/outline/pdf/jepx_tr_settlement.pdf?timestamp=1444770505644

▼ 注9
・NASDAQ:ナスダック。National Association of Securities Dealers Automated Quotations)、1971年に全米証券業協会(NASD:National Association of Securities Dealers)によって開設された米国にある世界最大のベンチャー向け株式市場。
・NASDAQ OMX グループ:NASDAQ OMX Group, Inc.、ナスダックOMXグループ会社。2008年2月に米国の証券取引所のNASDAQ(The NASDAQ Stock Market,Inc.)と、北欧のスウェーデンとフィンランドの証券取引所のOMX(OMX AB)が経営統合して誕生した、グローバルな証券取引所。

▼ 注10
日本卸電力取引所(JEPX)がSMARTS 市場監視プラットフォームを導入したことは、NASDAQ社のホームページに公開されている。
NASDAQ:2015年4月21日付けニュースリリース、http://ir.nasdaq.com/releasedetail.cfm?releaseid=907821

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