[特別レポート]

電力・ガス全面自由化に向けたティージー情報ネットワークの基盤改革

― プラットフォーム(クラウド)/アプリケーションフレームワーク/モバイルの新たな取り組み ―
2016/03/06
(日)
SmartGridニューズレター編集部

スマート化推進のためのTGアイネットの新たな基盤づくり

 TGアイネットは、現在、エネルギーの自由化という新しい市場の動きに対応するため、いくつかの領域において新たなチャレンジをしている。ここでは、基盤戦略推進部が取り組む次の3つについて見ていく。

  1. プラットフォーム(クラウド)
  2. アプリケーションフレームワーク
  3. モバイル

〔1〕新たなプラットフォーム(基盤)の形

(1)オンプレミスからクラウドへ

 これまで同社では、セキュリティや堅牢性を重視して、ホストコンピュータ中心に、オンプレミス注4でシステムを構築してきた。しかし、2016年には電力、2017年にはガスの小売全面自由化を控え、これまでのようにホストを中心とした2〜3年かけて構築するシステムでは、自由化のスピードに対応することが難しくなってきた。

 「パラダイムシフトを迎えるとき、スピードは大事。スピード(市場の変化)に対応できないと(ビジネスの)命取りになりかねない、ということをかなり気にしています。ですから、これまではクオリティ、コストだと言ってきましたが、これからは時間(スピード)についても考えないといけない。その選択肢の1つとして、クラウドサービスについて実験・検討しています」と上田氏は語る。

 例えばオンプレミスで仮想化サーバをいつでも自由にリサイジングできるようなものを準備しようとすると、「現在の必要数プラス余剰数、さらにバックアップ設備を一式」もっておく必要がある。これに保守期間数年が経つとリプレースしたり、ハードウェアに加えそれに搭載するミドルウェアのライセンス費用などもかかったりと、導入や運用コストの面でのデメリットがある。

表4 クラウドを使うメリット

表4 クラウドを使うメリット

出所 ティージー情報ネットワーク資料をもとに編集部で作成

 クラウドサービスの主なメリットは、表4に示す通りであるが、上田氏は、「クラウドの一番大きなメリットは、マスメリット」だと言う。「まったくリソースを心配する必要がないというのが前提ですよね。CPUだろうが、メモリだろうが、ディスクだろうが、デマンド(要求)ベースで増やせます。増やせなかったらクラウドじゃないと思うんですね」同時に、保守・運用の心配もなく、その結果人件費の削減が可能となる。

(2)共通プラットフォームとしてのクラウド活用

 同社は、未来像として、図4のようなクラウドの活用を想定している。

図4 ティージー情報ネットワークのクラウドを共通プラットフォームとした活用案

図4 ティージー情報ネットワークのクラウドを共通プラットフォームとした活用案

出所 ティージー情報ネットワーク資料をもとに編集部が作成

 同社が考えるクラウドを使うメリットは、B2C(Business to Consumer)、あるいはB2B(Business to Business)だ。図4のように、共通プラットフォームとしてクラウドがあり、オンプレミスの環境にサーバ陣がある。開発者やパートナーとは、基本的にバックボーンネットワークでもつながっている。

 地域店舗はB2E(Business to Em-ployee)、サービス利用者はB2C。また自由化になると、東京ガスは元売りとしてエネルギープロバイダにも提供することになるため、そこに対してシステムを提供することになる。この場合、エネルギープロバイダとはB2Bの関係になる。さらにIoT(Internet of Things)も考慮しておく。

 「まず直近で控えているのは、託送業務のB2B(エネルギープロバイダ)です。電力やガスの自由化に関してはB2Cもありますが、まずはB2Bを先に対処することを考えていて、早ければ1、2年で構築していかなければならないと考えています。開発環境であれば今でもこのプラットフォームは使えるのですが、本番をのせるとなると、やっぱりかなり慎重に考えながら進めないといけないのです」(上田氏)。

(3)開発環境で利用されているAWSとWindows Azure 

 東京ガスグループで、これまで開発環境で利用されているクラウドサービスはアマゾンのAWS注5とマイクロソフトのWindows Azure注6の2つである。

 AWSは、パートナーA社が準備したサービス環境で、AWS自体はIaaS(Infrastruc-ture as a Service)のため、例えばハードウェアやミドルウェア、管理サーバなどのインフラを、すべてセットで提供してくれるもので、大型プロジェクトにもかなり採用されている。これを経由したオフショア開発注7なども行っている。ただし、これはあくまで開発環境だけで、しかも専用線接続ではなく、インターネット経由の仕組みである。このサービスに関しては、東京ガスグループ内のIT監理グループにおいてセキュリティ審査の結果認められたものである。

 一方、TGアイネットが行ったのはWindows Azureでの展開である。これに関しては初めて専用線接続し、西日本と東日本のサーバができた際に、東日本サーバ側に専用線で接続して開発環境を作ったのである。開発環境と言いながらも、実際提供しているのは、あるプロジェクトで、そこでCI注8、つまり継続的インテグレーション環境を提供している。この環境は、今後も東京ガスグループに展開していくということだ。専用線のため、セキュリティ面での問題はない。

(4)3つのOracle Cloud Service(PaaS)の検証

 現在、TGアイネットが実験・検証しているのがオラクルのクラウドサービスである。これは、オラクルのPaaS注9サービスで、エンタープライズ環境向けのアプリケーション実行基盤‘Oracle WebLogic Server’をクラウドサービスとして提供する、

  1. Oracle Database Cloud Service:オラクルクラウドプラットフォームの中のデータベースクラウドサービス
  2. Oracle Java Cloud Service:アプリケーションサーバを提供するサービス
  3. Oracle Developer Cloud Service:継続的インテグレーションの環境もしくはJavaの開発環境を提供するサービス

の3つを利用している。まずOracle Database Cloud Serviceでデータベースのコストを下げ、Oracle Java Cloud Serviceでアプリケーション、ミドルウェアのコストを下げる。さらに構成管理はOracle Java Cloud Serviceで可能となる。

 Oracle Cloud Serviceを選定した一番の理由はコスト面から。Oracle Cloud Serviceを使えば、Oracle Databaseなどをライセンス料なしで提供してくれるため、このメリットが大きかったという。2015年度いっぱいの検証予定である。

 クラウドなどの検証は、いったんTGアイネットの予算で検証し、その後、東京ガスの予算で別契約する仕組みとなっている。Azureの導入に関しては、専用線接続は、アイネットが検証を2013年から行い、問題なく利用できるということで、2015年度にAzureで東京ガス専用線を接続することが決まった。オラクルに関しても同様で、2015年度はTGアイネットが計画、検証し、正式に導入するとなれば東京ガスとの正式契約になる。

〔2〕新しいアプリケーションフレームワーク「AIOn(アイオン)」の策定

 TGアイネットは、東京ガス全体の基盤戦略を企画、運営していく部隊であるが、具体的にはアプリケーションアーキテクチャグループ(インフラとアプリのつなぎを行っているグループ)である。ここで、東京ガスのアプリケーションをつくるための標準やルールなどを規定している。今後の技術革新に追いついていくため、新しいアプリケーションフレームワークとして、「AIOn(アイオン): All In One(日本語名称:システムライフサイクル支援サービス)」を、2016年度初めの完成を目指して今まさに改定を行っている。

 具体的には、一般的なWebアプリケーションフレームワーク(例えばStruts注10やSeasar注11など)をまず提供する。東京ガスグループでシステムをつくる際には必ずこれに則っとることが課せられ、今後東京ガスグループに導入されるシステムは、基本的にJava EE注12でつくっていくことになる。

 TGアイネットのもう1つのミッションは、東京ガスグループの基準あるいは標準、規約などについて規定することである。  これは一種のカタログのようなもの(実行環境標準)で、東京ガスグループ内で使用するハードウェアやミドルウェア、OSなどに至るまですべてが規定されている。これらに合致しないものはシステムでは利用できないし、各パートナーからの提案があった際にも、これに合致してないものはまず提案の土俵にのせられない。

 時代の流れに合うように、同社では、これらについても現在見直しを進めている。

〔3〕モバイルへの取り組み

 2015年9月からは、Oracle Mobile Cloud Serviceで追加検証を始めている。モバイルで提供したことがないという実績から、ユーザーエクスペリエンス注13にしっかり取り組んでいくのが目的だという。

 このOracle Mobile Cloud Serviceは、Oracle Mobile Application Frameworkによって画面開発が迅速になるというもの。サービス開発者は、バックエンドの資産をメタデータとあわせてAPI化して登録・公開し、タブレットやスマホ、Webなどフロント開発者は、必要な機能やデータをこの「モバイルAPIカタログ」から選択し、端末からAPIコール(呼び出し)ができるよう設定可能なため、開発の生産性が大幅に向上する。

 「エネルギー事業者が提供するユーザーエクスペリエンスって何だろうというところが1つのポイント。東京ガスブランドをどう上げていくのかが私たちの価値の創造そのものなんです。従業員向けのモバイル(B2E)はたくさんあります。ガスの検針だって、もう今どき紙と鉛筆じゃないですからね。点検事業にしても結構大きいパソコン持ち歩いていたり、また営業パーソンは、営業に行くのにモバイルを活用したいというニーズはたくさんあるんです。それらを今まではなかなか提供できてなかった。自由化も迎えるからもう少し一歩踏み込んでということでモバイルに取り組みたい」と上田氏は言う。


▼ 注4
オンプレミス:On-Premises、自社のネットワーク内に機器を保有し自社設備で運用すること。

▼ 注5
AWS:Amazon Web Service、アマゾンが提供するクラウドサービス。

▼ 注6
Windows Azure:マイクロソフトが提供するクラウドサービス。Windows ServerやSQL Server相当の機能に加え、外部アプリケーションとの連携など多くの機能をもつ。

▼ 注7
オフショア開発:ソフトウェアやWebシステム、またスマホアプリ開発などの開発コストを削減するため、海外の開発会社や海外子会社にアウトソースすること。現在ではオフショア開発先として、中国をはじめ、より人件費の安いベトナムやフィリピン、インドネシア、ミャンマーにまで注目されつつある。

▼ 注8
CI:Continuous Integ-ration、継続的インテグレーション。ソフトウェア開発において、ビルドやテストを頻繁に繰り返し行なうことにより問題を早期に発見し、開発の効率化・省力化や納期の短縮を図る手法。

▼ 注9
PaaS:Platform as a Ser-vice。アプリケーションソフトが稼動するためのハードウェアやOSなどの基盤(プラットフォーム)一式を、インターネット上のサービスとして遠隔から利用できるようにしたもの。

▼ 注10
Struts:Webアプリケーションフレームワークの1つ。Java ServletやJSPの技術を用いたオープンソースフレームワーク。

▼ 注11
Seasar:Java言語でソフトウェアを開発するためのフレームワーク。Seasar2はJ2EE/Java EEによる大規模開発を効率的に行うためのフレームワーク。

▼ 注12
Java EE:Java Enterprise Edition。Java言語の機能セットの1つ。企業向けのWebアプリケーションなどを開発するうえで必要となる、ライブラリやフレームワークの仕様がまとめられたエディション。

▼ 注13
ユーザーエクスペリエンス:User Experience、UXと略される。ある製品やサービスを利用したり、消費したときに得られる経験や満足度などの体験をいう。機能や使いやすさだけでなく、ユーザーが真に望むことを楽しく、かつ心地よく実現できるかどうかを重視した概念。

関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...