[スペシャルインタビュー]

リチウムイオン二次電池の開発者・吉野彰氏に聞く! 次世代マーケットへ進むリチウムイオン二次電池

― 小型民生用から車載用・大規模蓄電システムへ ―
2013/11/01
(金)

リチウムイオン二次電池の誕生― 負極にポリアセチレン、正極にリチウムイオンの組み合わせ ―

─リチウム二次電池誕生のきっかけとなったのは何でしょうか。

吉野:その最大の理由は、安全性の問題だったのです。先ほど説明した負極に問題点があったというのは、当時は負極として同じリチウムですが、イオンではなくて金属リチウムを負極にするというのが研究の主流だったのです。

金属リチウムとリチウムイオンとの違いは、わかりやすくいうと、食塩のイオンはプラス極がナトリウムなのです。食塩のナトリウムイオンは極めて安定しています。全然分解しないし、当然火も出ません。しかしイオンになる前の金属ナトリウムというのは、猛烈に反応性が高く、例えば水の中に放り込んだらバッと火が出たりして爆発します。

リチウムも同じで、金属リチウムは非常に反応性が高いのですが、リチウムイオンは逆に非常に安定しているものなのです。

当時は、そういう非常に反応性の高い金属リチウムを負極にしようとしたために、その結果どうしても安全性の問題が最後に残り、商品化が非常に難航していました。ですから、反応性の高い金属リチウムではなく、イオン系で安定したリチウムイオンで同じような機能が出てくれる新しい負極材料が必要だったのです。

─吉野さんの発明はどの部分ですか。

吉野:発明のポイントは、1つは、ポリアセチレンが負極材料の1つの候補になったことです。もう1つは、プラス極(正極)との組み合わせというものでした。

ちょうど1979年、Dr. J. B. Goodenough(グッドイナフ)が、ほぼ同時期に、正極材料としてコバルト酸リチウム(LiCoO2)を発見したのです注1。私たちが負極を模索していているときに、全然関係のないところで現在のリチウム電池の正極を見つけた研究者がいたのです。

グッドイナフ博士の見つけたコバルト酸リチウムを正極にして電池にしようとするのですが、負極に金属リチウムを使おうとするとだめだったわけです。それで、負極材料に新しいポリアセチレン、正極にコバルト酸リチウムというまったく新しい正負材料の組み合わせを見出したことが、リチウムイオン二次電池の誕生のきっかけになったのです。

本来、それで商品化に進むべきだったんですが、やはり最終的にいろんな実用特性を見ていくと、ポリアセチレンだといろいろ難しい問題点が出てきました。そこで、ポリアセチレンと最も似たような化合物というのが実はカーボン(炭素)だったんです。炭素は、いわゆる亀の甲であるベンゼン環が安定していたのです(図1)。

図1 吉野博士により1985年に見出されたリチウムイオン二次電池(LIB)負極に好適な炭素材料

図1 吉野博士により1985年に見出されたリチウムイオン二次電池(LIB)負極に好適な炭素材料

こうして負極に炭素、正極にコバルト酸リチウムを用いる現在のリチウムイオン二次電池が完成しました注2

─リチウムイオン二次電池の仕組みはどのようになっているのでしょう。

吉野:図2を見てください。

図2 リチウムイオン二次電池(LIB)の仕組み

図2 リチウムイオン二次電池(LIB)の仕組み

放電状態で正極のコバルト酸リチウム(LiCoO2)に含有されていたリチウムイオンが充電により放出され、そのリチウムイオンが負極の炭素質材料に取り込まれます。また、放電時にその逆反応が起こり、可逆的にこの反応を繰り返すことにより電気エネルギーが蓄えられたり、放出されたりします。

図2からわかるように、正極のコバルト酸リチウムも負極の炭素も、単にリチウムイオンのホストとして作用して化学的な反応は一切起こっていないのです。

このように、リチウムイオンが正極と負極との間を往来することにより二次電池として作動するというまったく新しい概念の二次電池が誕生したのです。

図3に、現在市販されているリチウムイオン二次電池(LIB。オリジナルは吉野博士による)の電池構造と正極構造を示します。

図3 リチウムイオン二次電池の電池構造と正極構造

図3 リチウムイオン二次電池の電池構造と正極構造


▼ 注1
J.B. Goodenough et al., EP17400B1, application date (priority) April 5, 1979
K. Mizushima, J.B. Goodenough et al., Materials Research Bulletin, 1980, 15, 783

▼ 注2
1980年代の初めにリチウムイオン二次電池(LIB)の原型が吉野博士により考案され、1986年に実用的なプロトタイプが完成した。基本特許の優先権主張出願は1985年で、プロトタイプセルは1986年に米国の会社で委託生産され、同1986年、米国DOT(運輸省に相当)によってLIBは「金属リチウム電池とは異なる」と認められた。
氏によって開発された主な要素技術は以下のとおり。

  1. 炭素を負極とし、コバルト酸リチウム(LiCoO2)を正極とするリチウムイオン二次電池の基本構成の確立。特に、負極に適用可能である特定の結晶構造をもつ炭素材料の発見
  2. 電極、電解液、セパレータなどの本質的な構成要素に関する技術発明
  3. 安全素子技術、保護回路技術、充放電技術などの実用化技術
関連記事
新刊情報
5G NR(新無線方式)と5Gコアを徹底解説! 本書は2018年9月に出版された『5G教科書』の続編です。5G NR(新無線方式)や5GC(コア・ネットワーク)などの5G技術とネットワークの進化、5...
攻撃者視点によるハッキング体験! 本書は、IoT機器の開発者や品質保証の担当者が、攻撃者の視点に立ってセキュリティ検証を実践するための手法を、事例とともに詳細に解説したものです。実際のサンプル機器に...
本書は、ブロックチェーン技術の電力・エネルギー分野での応用に焦点を当て、その基本的な概念から、世界と日本の応用事例(実証も含む)、法規制や標準化、ビジネスモデルまで、他書では解説されていないアプリケー...