IEEE 802.11ah規格で使用される周波数帯
〔1〕802.11ahで使用する900MHz帯の状況
次に、IEEE 802.11ah規格で使用される周波数帯を見てみよう。
表4は、世界各国・地域で利用可能な免許不要のサブギガ帯の周波数割当て状況である。
表4 世界各国・地域で利用可能な免許不要のサブギガ帯の周波数割当て状況・例
日本:ARIB STD-T108「920MHz帯テレメータ用、テレコントロール用及びデータ伝送用無線設備」(2012年2月14日策定)で規定
出所 森健一、島田修作「IoT/M2Mを支える新規無線LAN規格-IEEE 802.11ah-」、電子情報通信学会「通信ソサイエティマガジン」、2016 Autumn No.38をもとに編集部作成、http://www.jemea.org/members/1-1/6.pdf
それぞれ多少のばらつきはあるが、現在検討中のものも含めると、右端に示す900MHz帯(サブギガ帯)が世界共通の周波数帯になる可能性がある。特に、欧州と中国で900MHz帯が認可されれば、2.4GHz帯のように世界共通のアンライセンス(免許不要)帯として利用できるため、大きな市場を創成できる可能性があると期待されている。
〔2〕IEEE 802.11ahのチャネルバンド幅の構成
一方、無線通信を行ううえでは、使用する周波数帯とともに、1つの通信路(チャネル)にどれくらいの周波数の幅(チャネル帯域幅)を割り当てられるかによって、伝送速度が変わってくる。これは、チャネル帯域幅が大きい(パイプが太い)ほど伝送速度を高速にできるからだ。
IEEE 802.11ahは、前出の表1に示すように、チャネル帯域幅を1MHz幅、2MHz幅、4MHz幅、8MHz幅、16MHz幅というように、従来の無線LAN(IEEE 802.11ac)と同様に束ねて利用することが可能である。
図2に、IEEE 802.11ahのチャネル帯域幅の構成の例を示す。図2に示すプライマリー、セカンダリーは、それぞれ次のような意味である。
図2 IEEE 802.11ahのチャネルバンド幅構成
出所 島田修作「IEEE 802.11ahとは」(2016年10月)より
(1)プライマリーチャネル
チャネルを束ねて使用する前の、もともとの通信を行っていたチャネルを意味する。プライマリーチャネルに隣接するセカンダリーチャネルを組み合せることで広帯域化する訳であるが、他のプライマリーチャネルの通信に対しては、より高感度に保護するようにCSMA/CAのエチケット動作(キャリアセンス機能)が行われる。したがって、広帯域動作が混み合ってきた場合は、プライマリーチャネルでの通信に戻す方が、通信が成功する可能性高まる。
(2)セカンダリーチャネル
一方、セカンダリーチャネルは、プライマリーチャネルと比較してやや保護レベルを緩くしたエチケット動作を行うことで、広帯域動作が可能となる機会を増やすように動作する。束ねたチャネルをさらに2つ束ねてより広帯域動作させる場合も、もともとのプライマリーチャネルについては保護するレベルを高感度に維持して、他の通信の完了が優先されるように動作する。
〔3〕米国は最大16MHz幅、日本は最大1MHz幅のみ
(1)IEEE 802.11ahのMCS(変調・符号化方式)と伝送速度
図3に、具体例として、日本と米国における802.11ahのチャネル帯域幅の割当て状況を示す。米国では、前述した1MHz幅、2MHz幅、4MHz幅、8MHz幅、16MHz幅という5つのチャネル帯域幅が利用できる。しかし日本の場合、現状では制度的に1チャネル当たりで使用できるチャネル帯域幅は、最大1MHz幅のみと制限されている。このため、前述した「通信距離拡張Wi-Fi」としての利用は日本ではやや難しい状況となっている。
図3 日本と米国における802.11ahのチャネル割当て
出所 森健一、島田修作「IoT/M2Mを支える新規無線LAN規格-IEEE 802.11ah-」、電子情報通信学会「通信ソサイエティマガジン」、2016 Autumn No.38
表5は、IEEE 802.11ahの物理層におけるMCS(Modulation and Coding Scheme、変調・符号化方式)と伝送速度の例を示したものである。IEEE 802.11ahでは、変調方式としてOFDM注13が採用されているが、OFDMを構成している各サブキャリアには、さらに表3に示すBPSK、QPSK、16QAM、64QAMなどの変調方式が採用されている。
表5 IEEE 802.11ahの物理層のMCS(変調・符号化方式)と伝送速度(例)
※「1MHz幅と2MHz幅」は必須、「4MHz幅、8MHz幅、16MHz幅」はオプション。
出所 島田修作「IEEE 802.11ahとは」(2016年10月)より、一部修正して編集部作成
(2)タイプ1チャネルとタイプ2チャネル
図3に、日本と米国において利用できる802.11ahのチャネル割当て状況を示す。
図3に示す、タイプ1チャネルとタイプ2チャネルとは、次のような意味である。
①タイプ1チャネル
主に、センサーネットワークの場合、センサーごとのトラフィックが小さいので、キャリアセンスの感度を高くして、実行中の他の通信完了の保護を優先する無線システム(例:システムAとする)。キャリアセンスレベルを低い値に設定。
②タイプ2チャネル
主に、通信距離拡張Wi-Fiのように、キャリアセンス感度を比較的低くして、大きなバースト・トラフィックを高いビットレートで処理できるように広い帯域幅の確保を優先する無線システム(例:システムBとする)の2つに区分され、それぞれのチャネルタイプに異なるキャリアセンス(受信感度)レベルが設定されている。
このようにしないと、同一周波数の上で2つのシステム(A,B)を混在させた場合、キャリアセンス感度が高い無線システムAは、広帯域の無線システムBの信号によって通信の成功率が低くなってしまうからである。
米国の場合には、チャネル帯域幅が最大16MHzもあるため、「センサーネットワーク」用にも「通信距離拡張Wi-Fi」用にも使用されるので、タイプ1チャネルとタイプ2チャネルが設定されている。これに対して、日本はチャネル帯域幅が1MHzのみであり「通信距離拡張Wi-Fi」用には使用されないので、すべてタイプ1チャネルのみが与えられている。
〔4〕IEEE 802.11ahの伝送速度の例
次に、表5を見ながらIEEE 802.11ahの具体的な伝送速度を見てみよう。
前述したように、日本は法規制から1チャネル当たりで使用できるチャネル帯域幅は、最大1MHz幅のみと制限されている。
このため、表5からチャネル帯域1MHz幅のOFDM変調の場合(日本の場合)、
- 各サブキャリアにBPSK変調を適用した場合は最小の伝送速度「150kbps」
- 各サブキャリアに256QAM変調
(表6)を適用した場合、最大の伝送速度「4Mbps」となることがわかる。
表6 各種のデジタル変調方式の意味内容
デジタル変調:電波(キャリア)に乗せる信号がデジタル信号の場合の変調方式
出所 各種資料をもとに編集部作成
一方、米国における最大の伝送速度は、
(3)前述したように、チャネル帯域幅を最大16MHz幅まで広げることが可能なため、各サブキャリアに64QAM変調(表6)を適用した場合、最大の伝送速度「117Mbps」(符号化率3/4注14)
まで可能となることがわかる。
このように伝送速度は、チャネル帯域幅、変調方式、符号化率などいくつかのパラメータ(変数)が関係しているため、表5に示すようなMCS(変調・符号化方式)の表が重要となる。なお、IEEE 802.11ahでは、OFDMのチャネル帯域幅は、表5に示す「1MHz幅と2MHz幅」が必須で、「4MHz幅、8MHz幅、16MHz幅」はオプションとなっている。そして、1MHz幅の場合のみ、MCS10という時間領域の繰返しを用いた最もロバスト(頑強)で長距離の通信が可能な変調・符号化方式が用意された。
▼ 注13
OFDM:Orthogonal Frequency Division Multiplexing、直交周波数分割多重方式。送信する高速データの信号を複数のキャリア(複数の周波数。マルチキャリア)に分けて並列に多重化(重ね合わせて)して送信する方式。
複数のキャリア(マルチキャリア)の各個々のキャリアは、サブキャリアと言われ、IEEE 802.11ahでは、1MHz幅の場合は26本のサブキャリアが用いられる(注:参考までに802.11nでは40MHz幅に114本のサブキャリアを使用)。
なお、直交とは、信号がお互いに干渉し合わない関係のことで、変調とは、無線通信では、送信するデータ信号を電波(キャリア。搬送波)に乗せて伝送すること意味する。
▼ 注14
表5に示す符号化率(R:Coding Ratio)とは、送信するデータ信号を誤りなく正しく送信するための工夫(誤り訂正符号)の1つ(例:4ビットのデータを4ビットのまま送るのではない)。例えば、符号化率(R)が3/4とは、送信したいデータ3ビットに対して誤り訂正用の符号1ビットを加えて符号化した後は4ビットになる(これを符号語という)ことを意味している。すなわち、符号化率は3ビット÷4ビット=3/4(75%)ということになる。