[特別レポート]

リチウムイオン電池の3.3倍の性能をもつ日本初のリチウム硫黄電池を開発

― 東京電力HDが「家庭」「EV」「再エネ」「系統」用への展開を目指す ―
2017/02/05
(日)
インプレスSmartGridニューズレター編集部

東京電力HDがリチウム硫黄電池を開発

〔1〕リチウム硫黄電池の試作に成功

 このような革新電池系のイノベーションを背景に、電力会社においても余剰電力の貯蔵や再エネの出力変動対策、あるいは負荷周波数制御注4などに向けた新しい蓄電池への期待が高まっている。

 そこで東京電力HDは、リチウムイオン電池の安全性やコスト高などの課題を解決するため、ポスト・リチウムイオン電池として、高性能で安全な新型電池「リチウム硫黄(Li-S)電池」(図3の赤色部分)を、首都大学東京注5と共同開発し、写真1に示すようなリチウム硫黄電池の試作に成功した(2016年3月)。

図3 革新電池系の重量エネルギー密度(Wh/kg)と体積エネルギー密度(Wh/L)の関係と 今回のリチウム硫黄電池の位置付け

図3 革新電池系の重量エネルギー密度(Wh/kg)と体積エネルギー密度(Wh/L)の関係と今回のリチウム硫黄電池の位置付け

出典「高性能リチウムイオン電池開発最前線(NTS)」に一部加筆
出所 東京電力HD 道畑 日出夫、「新型電池の開発LLZ電解質を用いたリチウム硫黄電池」、2016年10月12日

写真1 リチウム硫黄電池の固体電解質(左)と電池を密閉する容器(右)

写真1 リチウム硫黄電池の固体電解質(左)と電池を密閉する容器(右)

出所 東京電力HD 道畑 日出夫、「新型電池の開発LLZ電解質を用いたリチウム硫黄電池」、2016年10月12日

 写真1に示すリチウム硫黄電池の画像のうち、左側の白い丸いモノは固体電解質注6であり、右側は今回試作した電池を密閉する容器である。容器の大きさは、一般的に用いられている2032型ボタン電池と同じ直径20mm×厚さ3.2mmである。今回の新型電池は、この白い固体電解質の表面に、片面に硫黄正極を塗布し、反対面にリチウム負極を貼り付けた構成となっている。

〔2〕リチウム硫黄電池の仕組み

 表2に、化学的な反応を利用して直流電力を生み出すリチウム硫黄電池(Li-S)とリチウムイオン電池の特徴を比較して示す。

 一般に、電池は表2に示すように、電解質と正極(+極)と負極(-極)の3つの層で構成される。

(1)リチウムイオン電池の課題

表2 リチウム硫黄電池とリチウムイオン電池の特徴比較

表2 リチウム硫黄電池とリチウムイオン電池の特徴比較

出所 東京電力HD 道畑 日出夫、「新型電池の開発LLZ電解質を用いたリチウム硫黄電池」、2016年10月12日

 すでに普及しているリチウムイオン電池は、正極にリチウムの酸化物〔例:マンガン酸リチウム(LiMn2O4)〕が、負極には例えば炭素(C:Carbon)などが、電解質には液体(またはゲル状態。粘性をもつ固体の状態)のリチウム塩の有機電解質が用いられている。

 このうち電解質に着目すると、通常のリチウムイオン電池は有機系の液体注7を使用しているため、動作中に有機電解質が分解して発火性が高い可燃性ガスを発生しやすい。また、負極と電解質が反応しそこからの発熱をきっかけとして、熱暴走(熱が急速に上昇)し爆発しやすい構造となっている。

(2)リチウム硫黄電池

 このようなリチウムイオン電池の弱点を改良するため、電解質を液体から固体に変えて、安全性が高く性能のよい電池の開発を目指し、固体系の電解質として、①酸化物系、②硫化物系、③窒化物系などの固体電解質が検討された。

 その結果、表2の左に示すように、リチウム(Li:Lithium)とランタン(La:Lanthanum)、ジルコニウム(Zr:Zirconium)の酸化物であるLLZ(Li7La3Zr2O12、セラミックス系固体電解質)という、化学的に安定性(安全性)が高く、リチウムイオン導電性の高い固体電解質(セラミックス)が開発された。これと負極にリチウムを、正極に硫黄を組み合わせた「リチウム硫黄電池」が試作されたのである。

 このLLZ系のリチウム硫黄電池は、図4に示すように、従来のリチウムイオン電池に比べて、3.3倍も高いエネルギー密度(Wh/kg)を実現した注8。このようなリチウム硫黄電池は本邦初の開発であり、すでに特許出願申請済みとなっている。

図4 LLZ系電解質を用いたリチウム硫黄(Li-S)電池の試作

図4 LLZ系電解質を用いたリチウム硫黄(Li-S)電池の試作

出所 東京電力HD 道畑 日出夫、「新型電池の開発LLZ電解質を用いたリチウム硫黄電池」、2016年10月12日

〔3〕リチウム硫黄電池の適用領域と今後の展開

 以上、東京電力HDによる次世代の革新電池系の1つであるリチウム硫黄電池の開発の背景、その仕組みや特徴を述べてきたが、最後にリチウム硫黄電池の適用領域を見てみよう。

 前述したように、リチウム硫黄電池は、従来の電池よりも小型軽量化を実現できるところから、例えば、図5に示すような領域に適用できると期待されている。

図5 新型電池「リチウム硫黄(Li-S)電池」の適用例

図5 新型電池「リチウム硫黄(Li-S)電池」の適用例

出所 東京電力HD 道畑 日出夫、「新型電池の開発LLZ電解質を用いたリチウム硫黄電池」、2016年10月12日

(1)一般家庭における定置用の蓄電池(需要側定置用蓄電池)

(2)次世代電気自動車(EV)用の蓄電池

(3)オフィスビルをはじめ病院などの非常用の蓄電池

(4)出力変動がある再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電など)向けの蓄電池

(5)電力系統における余剰電力用の蓄電池

 今後、本格的な再エネの導入や電気自動車の普及時代を迎え、リチウム硫黄電池についてさらに開発が行われ、2020年代後半から安全で信頼性が高く、高出力な蓄電池として活用されることが期待されている。

コラム

kWとkWhはどう違うのか?

 電力(電気)の世界では、WあるいはkW(=1000W)や、WhあるいはkWh(=1000Wh)などという用語が頻繁に登場する。これを、身近に使用されている用語として整理すると表のようになる。

 WやkWという単位は電気を「発電する」あるいは「消費する」「蓄電する」場合などの単位である。WhやkWhという単位は「消費電力量の単位」あるいは「蓄電容量の単位」を表している。「発電する、消費する、蓄電する」という視点から見ると、これらの用語は多少ニュアンスが異なってくるので、ケースバイケースで理解しておこう。

表 W/kWとWh/kWhの違い

表 W/kWとWh/kWhの違い

出所 各種資料より編集部作成


▼ 注4
負荷周波数制御(LFC):Load Frequency Control、電力系統における周波数(50Hzまたは60Hz)などの変動を検出して、制御信号を発電所に送り、発電所の出力を自動制御することによって、電力系統の周波数を一定に保つように制御すること。

▼ 注5
首都大学東京大学院 都市環境科学研究科 分子応用化学域 金村 聖志 教授らとの共同開発。

▼ 注6
固体電解質(リチウムイオン電池の場合):電解質とは、正極と負極に挟まれており、リチウムイオンを運ぶ働きをするもの。電解質には液体や固体などがある。有機電解質とは、有機系の電解液のこと。固体電解質とは、リチウムイオンを通す固体をいう。

▼ 注7
有機系電解質:有機電解液は主にリチウム塩(リチウムイオン)とこれを溶かす溶媒からなる。一般に非常に多くのリチウム塩と溶媒があるが、以下に一例を示す。
・リチウム塩:LiPF6(六フッ化リン酸リチウム)
・溶媒:EC(炭酸エチレン)、EMC(炭酸エチルメチル)など

▼ 注8
具体的には、表2に示すように、リチウムイオン電池=重量エネルギー密度100〜250Wh/kg(体積エネルギー密度:250〜360Wh/L)に対し、リチウム硫黄電池=重量エネルギー密度600〜1200Wh/kg(体積エネルギー密度:1124Wh/L)となっている。

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