米国PNNLにおけるトランザクティブ・エネルギーの実証
〔1〕PNNLにおける実証実験
次に、米国におけるTEに関する実証実験を見てみよう。
PNNL(後述)の例は、米国で数年前(2010〜2015年のプロジェクト期間)から行われている電力システムにおけるイノベーションの代表例の1つである。
米国エネルギー省(DoE:Department of Energy)の傘下で、ワシントン州リッチモンドにあるパシフィックノースウェスト国立研究所(PNNL)注8では、TEに関する実証実験に取り組んでいる。
〔2〕トランザクティブ・エネルギー(TE)のイメージ
図2に、2020年の実用化を目標に実証実験が行われている、PNNLにおけるTEのシステムのモデル(イメージ)を示す。
図2 GoT(Grid of Things)に接続される双方向の分散エネルギー資源(太陽光、風力、分散ストレージ等)の構成例
分散型エネルギー資源:大規模集中型電源に対して、需要地に近接して分散配置される小規模電源の総称。例えば、コージェネレーション・システム、燃料電池など(太陽光や風力などの再エネを含む場合もある)
出所 「Transactive Energy: A Sustainable Business and Regulatory Model for Electricity」
図2に示すように、電力網(Grid)には、IoTを用いて太陽光発電や風力発電、多種類の分散ストレージ(電気自動車や蓄電池など)注9など、あらゆるモノ(各種の分散エネルギー資源注10)が接続されるが、これは、GoT(Grid of Things、すべてのモノをつなげる電力網)とも呼ばれる。電力は、
- 需要者(家庭・工場など)と供給者(電力会社・アグリゲータなど)の間でも、
- 需要者と需要者同士の間でも、
双方向にやり取りされる。
図2では、送電網には大規模集中型発電所やメガソーラー(大規模太陽光発電所)、大容量ストレージが配置・接続され、配電網には一般家庭をはじめプロシューマ注11、商用ビル、工場の各機器あるいは地域のマイクログリッド、各種ストレージが接続されている。
〔3〕これまでと何が違うか:ブロックチェーンの発想
このような需要者(顧客)が設置した各種の分散型電源やストレージなどのエネルギー資源(設備)は、これまでは需要者が自分の利益を最大化するために導入し運用してきた。しかし、今後は、IoTと連携したGoTによって、需要者の資源を電力市場でより自由に取引できるようになり、またより積極的に系統運用に参加できるような技術的な進歩(イノベーション)もおこる。さらに、電力市場が整備され制度的な条件も整ってくる。
このため、現在は大規模火力発電のような集中型発電方式が主流な電力市場であるが、今後は図3に示すように、ブロックチェーン(分散型台帳情報)を活用することによって、これまで不可能であった隣同士でも相互に電気を融通し合うことが可能になってきたのである。
図3 ブロックチェーン(分散台帳情報)のトランザクティブ・エネルギーへの適用イメージ
出所 各種資料を元に編集部作成
図3は、新しく普及し始めているブロックチェーンをベースにした、TEへの適用イメージである。
図3の下表に示す家庭A〜C(各ブロック)で作成された電力設備の能力、および現在の利用状況を示す分散型の台帳情報(データベースの一部)は、TEビジネスを行うために、セキュリティやプライバシーの保護を前提にしたセキュアな信頼関係のうえに、互いが対等に共有する(融通し合う)ことを前提にして作成されたものである。
このように、隣同士が水平かつ対等な関係で取引されることを、ピア・ツー・ピア(P2P:Peer to Peer、対等関係の取引。P2P取引)という。ブロックチェーンでは、前述したように、ある地域の各家庭(各ブロック:家庭A、B、C)が互いの電気設備の容量や現在の利用状況などを知ることができる「共有データベース」が策定される。
これによって、各ブロック(各家庭)が互いに電力状況をチェーン(通信)で相互に確認し合うことによって、信頼性の高い電気の相互融通、つまり「対等な相互取引」が可能になる。
▼ 注8
PNNL:Pacific Northwest National Laboratory、1965年に設立。エネルギーや環境、国のセキュリティなどに関する多くの課題に取り組んでいる研究所。
▼ 注9
ストレージ(Storage):電力を貯蔵するモノ。電気自動車や蓄電池(化学的エネルギー)のほか、大型のストレージとして揚水発電(位置エネルギー)、熱的貯蔵(熱エネルギー)、フライホイール(回転エネルギー)などのエネルギーストレージがある。
▼ 注10
分散型エネルギー資源:Decentralized Energy Resource(DER)。従来から電力供給の中心的役割を果たしてきた大規模火力発電所のような集中型電源に対して、需要地に近接して分散配置される小規模電源の総称。遠隔地の大規模電源に比べて輸送距離が短く、送電ロスが減少する、電源開発のリードタイムが短く、需要の変化に応じた迅速な設備形成が可能となるなどのメリットをもつ。
主な分散エネルギー資源の例としては、コージェネレーション・システムや、太陽光、風力、燃料電池、リチウムイオン蓄電池などがある。
▼ 注11
プロシューマ(Prosumer):生産消費者もしくは生産=消費者(生産もするが消費も行う人のこと)。プロシューマとは、未来学者アルビン・トフラーが1980年に発表した著書『第三の波』の中で示した概念で、生産者(Producer)と消費者(Consumer)とを合成した造語である。