P2P(Peer-to-Peer)電力取引が意味をもつようになった背景
〔1〕太陽光発電システム価格の下落と導入量の急増
5年前には聞くこともなかったP2P電力取引という概念が、急に注目されるようになった背景には何があったのだろうか。
第一に、太陽光発電システムの価格が急激に低下し、導入量が急増していることが挙げられる。2016年第2四半期時点での住宅用太陽光発電設置にかかる工事費を含む平均コストは、ドイツ、イタリア、フランス、オーストラリアでUS$3,000(33万円注2)/kWを切るようになった注3。日本でも2017年の平均システム費用は35.4万円/kW注4であり、5年前と比べ20%程度低減している。
費用の下落に伴い、全世界での太陽光発電の導入は目覚ましく、国際エネルギー機関(IEA)によると、2016年時点での全世界の太陽光発電の累積導入量は約300GWであり、2022年までにこの量は倍増する見通しである注5。このうち住宅用の太陽光発電は約40GWであり、やはり2020年までに倍増するという予測がある注6。
日本の住宅用太陽光発電を見てみると、2016年度末の住宅用太陽光発電の累計導入件数は220万件を超え、過去3年間は毎年15万件以上の割合で増加している注7。
〔2〕FITなど太陽光発電導入支援策の縮小
第二に、固定価格買取制度(FIT)に代表される導入支援策が世界的に縮小していることがある。
スペインでは2013年にFITを撤廃し、新制度に移行した。これによって、既存案件を含め、高収益な太陽光発電案件に対するインセンティブは打ち切られた。イタリアでも、2013年に新規設備の申込が停止となった注8。英国では、2016年から買取価格が大幅に下げられている注9。
太陽光発電からの余剰電力を電力会社などが、太陽光発電のオーナーにとって魅力的な価格で買い取らない場合注10、余剰電力は地域内の別の需要家に買い取ってもらう選択肢が考えられる。これがP2P取引であり、その概念を図1にまとめる。
図1 P2P電力取引が意味をもつ背景(日本の制度を想定)
出所 著者作成
〔3〕規制緩和
第三に、規制緩和の要因がある。日本の現行の制度下では、別の需要家に電気を売るためには小売電気事業者の登録が必要となるが、これは一般家庭や小規模事業者には非現実的な要件である。世界の多くの国や地域でも同様であるが、太陽光発電普及の流れが不可避であることに加えて、多くの事業者が、将来の規制緩和を見込んでP2P電力取引を今のうちから計画していると考える。
電力取引プラットフォームとはどのようなものか
〔1〕配電網に流れる電気の物理的な流れは変わらない
それでは、P2P取引を実現する電力取引プラットフォームとはどういうものであろうか。
まず、太陽光発電の余剰電力の取引では、電力取引プラットフォームの有無によって送配電網に流れる電気の物理的な流れは変わらない。自宅の太陽光発電の余剰電力を隣家とP2P取引しても余剰電力の物理的な流れが変わるわけではなく、「自宅」「隣家」「電力会社」間での数字上での取引の流れが変わったと考えればよい。これを単純な例で図2に示す。
図2 従来の取引およびP2P取引の勘定(例)[単位:kWh]
出所 著者作成
図2は、プロシューマ(太陽光発電オーナー)Aの家庭で、朝9:00から夕方16:00の間に余剰電力が発生し、これをまず需要家Bと取引し、それでも余剰が生じた分は需要家Cと取引するという前提である。今までは電力会社のみが取引相手だったのに対して、P2P取引を行うケースでは「プロシューマ」と「需要家」間での取引が発生する。しかし、各参加者の売電量および買電量の合計は変わらない。
〔2〕自家消費またはP2P取引のみで完結するのはまだ先の話
各需要家の電力消費量データおよび太陽光発電の発電量データは、一般送配電事業者が収集し、各需要家が契約する小売電気事業者に送られる。ブロックチェーンを用いた電力取引プラットフォームとは、既存の電力情報システムにオーバーレイする情報ネットワーク(既存のネットワークとは関係なく構築された上層のネットワーク)を用いており、このプラットフォーム上では、プロシューマ(生産消費者)と需要家間での直接取引が可能である。
上記でオーバーレイという言葉を使ったが、これは、ブロックチェーンを使った電力取引プラットフォームが、既存の電力情報ネットワークを今すぐ置き換えられるわけではないということだ。
余剰電力を取引する太陽光発電オーナーはプロシューマであり、夜間など太陽光発電が行われないときは依然として従来どおり電気を購入する必要がある。それゆえに、従来の電力情報ネットワークは依然として使われる。このイメージを図3に示す。
図3 電力取引プラットフォームと従来の電力情報ネットワーク(イメージ)
出所 大串康彦、ブロックチェーンを使った電力ネットワークの出現(インプレスR&D、『iNTERNET magazine Reboot』、2017年11月発刊)、図2を改変
大容量の太陽光発電に加えて大容量の蓄電池が普及するか、蓄電池を使って24時間電気を供給するプロシューマが増えれば、自家消費またはP2P取引のみで完結することは不可能ではないが、まだ先の話だろう。
▼ 注1
前回同様、「分散型台帳技術(DLT, Distributed Ledger Technology)」と「ブロックチェーン」という用語を区別せず、「ブロックチェーン」に統一する。
▼ 注2
1US$=110円として換算。
▼ 注4
http://www.meti.go.jp/committee/chotatsu_kakaku/pdf/036_02_00.pdf
▼ 注5
https://www.iea.org/topics/renewables/solar/
▼ 注6
http://www.pveurope.eu/News/Markets-Money/90-GW-residential-solar-by-2021
▼ 注7
一般社団法人太陽光発電協会資料および経済産業省資料より
▼ 注8
http://www.meti.go.jp/committee/chotatsu_kakaku/pdf/020_01_00.pdf
▼ 注9
https://www.ofgem.gov.uk/environmental-programmes/fit/fit-tariff-rates
▼ 注10
例えば東京電力エナジーパートナー株式会社は、非FITの再エネ買取価格を公表している。
平成30(2018)年6月分の燃料調整費単価(2.14円/kWh)を用いて計算すると、購入単価は8.72円/kWhとなり、FITの購入単価26円と比べておよそ1/3の金額でしか買い取ってもらえないことがわかる。