[特別レポート]

5G時代に実現されるエッジ・コンピューティングとIoTシステム

― エッジ・クラウドへAT&T、マイクロソフトも参戦 ―
2018/08/01
(水)
安田 豊 京都産業大学 情報理工学部 准教授

【コラム1】 エッジ・クラウドのキャリアにとっての価値

写真4 ONS 2018でのキーノートセッション:AT&TのCTO アンドレ・フィッチ(Andre Fuetsch)氏

写真4 ONS 2018でのキーノートセッション:AT&TのCTO アンドレ・フィッチ(Andre Fuetsch)氏

出所 筆者撮影

 ONS 2018のキーノートセッション“Flipping the Switch to 5G”(スイッチから5Gへの転換)で、AT&TのCTOであるアンドレ・フィッチ(Andre Fuetsch)氏は、現在毎日200PB(200ペタバイト※1)がAT&Tのワイヤレスネットワークを通過している、と述べた(写真4)。「昨年は137PBだから年50%の増加だ」と。

 もちろん5GではビデオストリーミングやVR(仮想現実)、AR(拡張現実)のトラフィックがこれをさらに、いや爆発的に押し上げることは間違いない。

 もしエッジ・クラウドなどの用意がキャリアであるAT&Tなどにない場合、そのトラフィックはAWSやグーグルなどのクラウドサービス事業者から流れ出すことになり、それらはまさにAT&Tの網(ネットワーク)の中を「またいで」行くことになる。

 しかし、AT&Tなどのキャリア網側にエッジ・クラウドがあれば、そのリアルタイム性を動機として新しいアプリケーションをそこに呼び込み、トラフィックを局所に閉じ込めることが可能になる。

 それだけでなく、キャリアのワイヤレス網は付加価値のない「土管」として、200PB/日もの膨大なデータをネットサービス企業に受け渡すだけの存在から脱し、そこから利益を生み出す可能性も生まれてくる。

 つまり、エッジ・クラウドはキャリア自身にとってさまざまな可能性が考えられる重要なパーツだ、と筆者は考えている。

※1 200PB(200ペタバイト)。各単位の関係は次の通り。

1KB(キロバイト)=1000B、1MB(メガバイト)=1000KB、

1GB(ギガバイト)=1000MB、1TB(テラバイト)=1000GB、

1PB(ペタバイト)=1000TB=1000×1000GB=100万GB

〔2〕マイクロソフトも参戦へ

 大規模なIoT応用には、プラットフォームとしてのエッジ・クラウドが重要な役割を果たすことは明らかだ。

 例えばマイクロソフトは、2018年5月のBuild 2018イベント注18で「Azure IoT Edge」を強くプッシュしたが、彼らもまた「ほとんどのデータは、生成されてから数秒で価値を失う」としてエッジの必要性を強調している注19

 しかし、「IoT応用の市場成長」と「エッジ・プラットフォームの整備」はまさに鶏と卵の関係にあり、これまでよい解決策が見えていなかった。今、これが5Gの立ち上がりによって実現され、IoT応用に関して大きな変化が起きようとしている、と筆者は考えている。

 その道のりは平坦ではない。GEはPredix計画を進める中でさまざまな問題に直面し、格闘しながら進んでいる注20

 同じく5Gエッジ・クラウドにも不安な要素は多い。ONS 2018で、エッジ・クラウドを実現する重要なピースとしてアピールされていたARMサーバプロセッサ Centriq 2400は、そのわずか1カ月後に開発・製造元であるクアルコムから、その事業の撤退が報じられている注21(コラム2参照)。

【コラム2】 クアルコムのCentriq

写真6 クアルコムのCentriq 2400を搭載したエッジ・クラウド向けサーバ

写真6 クアルコムのCentriq 2400を搭載したエッジ・クラウド向けサーバ

出所 筆者撮影

写真7 NXPのARMプロセッサ搭載エッジ向けサーバ

写真7 NXPのARMプロセッサ搭載エッジ向けサーバ

出所 筆者撮影

 エッジ・クラウドは、一般的なデータセンターよりも設置環境が悪く、特に冷却能力がそれほど高く期待できない。つまり、従来型のデータセンターを仮定して設計されているx86サーバは、エッジ・クラウドにはあまり向いていない。

 そこでONS 2018では、クアルコムがサーバ向けに設計・開発した64ビットARMマルチコアプロセッサであるCentriq 2400と、それを用いたエッジ・クラウド向けサーバを展示していた(写真6)。

 クアルコムに限らず数多くのプレゼンやセッションでもCentriq 2400が取り上げられており、Centriqベースのサーバがエッジに今後配備されていくのか、と筆者は期待したが、そう甘くはなかった。ONS直後の4月に、クアルコムのサーバ向けARMプロセッサ事業の撤退が発表されたのである。

 ONS 2018では、クアルコムのすぐ隣にNXPがやはりエッジ向けのサーバ展示を行っていた(写真7)。高性能な64ビットARMプロセッサとしては、他にCavium ThunderX2 と Mellanox Bluefield、それにスタートアップのAmpereもある。現実は厳しいが、今後に期待したい。

Profile

安田 豊(やすだ ゆたか)

京都産業大学 情報理工学部 准教授

専門はネットワーク関連技術。KOF(関西オープンフォーラム)などのコミュニティ活動にも参加。


▼ 注18
Build 2018イベント:米マイクロソフトが、毎年開催しているソフトウェア開発者向けの会議。「Microsoft Build 2018」は2018年5月7日〜5月9日の3日間、米国ワシントン州シアトルにあるワシントン州コンベンションセンターで開催された。

▼ 注19
https://azure.microsoft.com/ja-jp/services/iot-edge/

▼ 注20
Alwyn Scott「特別リポート:GEの新たな「選択と集中」、デジタル挽回狙う」

▼ 注21
米クアルコム、サーバー向け半導体事業からの撤退を準備−関係者

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