[クローズアップ]

パリ協定に復帰した米国バイデン新政権の気候危機への取り組み

― データと科学に基づいた意思決定を重視! ―
2021/03/07
(日)
新井 宏征 株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

バイデン氏の気候変動対策の特徴

 この大きな方針、そして選挙中の公約や就任後のさまざまな取り組みや発言を踏まえて細かく見ていくと、膨大な量があるバイデン氏の気候変動対策には、次のような特徴が垣間見られる。

  1. 科学に基づいた政策の重視
  2. 気候変動対策を通した雇用の創出
  3. 国家安全保障や外交政策と気候変動対策の統合

〔1〕科学に基づいた政策の重視

 「科学に基づいた政策の重視」としては、政策の中でのトランプ前大統領への批判を踏まえて、気候変動対策に限らず、科学に基づいた政策を進めていく姿勢を明確に打ち出している注10

(1)ARPA-Cの立ち上げ

 その具体的な動きは、ARPA-C(Advanced Research Projects Agency-Climate、気候高等研究計画局)の立ち上げに向けての取り組みで、「バイデン・ハリス政権、雇用を創出し、気候危機に対処するための米国におけるイノベーションの取り組みを開始」の声明の中で紹介されている。

 これはオバマ政権時代の2009年から活動が開始されたARPA-E(Advanced Research Projects Agency-Climate、エネルギー高等研究計画庁)と同じような役割をもつ組織となるといわれている。

(2)ARPA-Cの例:1/10のコストのリチウムイオン電池等を

 ARPA-Eと同様、ARPA-Cでは気候危機に対応できる可能性があり、リスクは高いが、実現した場合に影響も大きい画期的な技術分野についての取り組みが行われる。

 大統領就任前に出された「クリーンエネルギー革命と環境正義のためのバイデン計画」の中では、ARPA-Cが取り組む対象の例として、リチウムイオン電池の1/10のコストの蓄電池や小型モジュール原子炉、再生可能エネルギーを利用した水素製造、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage、二酸化炭素回収・有効利用・貯留)などが紹介されている。

〔2〕気候変動対策を通した雇用の創出

(1)石炭・発電所労働者等への助成金や技術支援、融資

 「気候変動対策を通した雇用の創出」についても、気候変動対策が雇用喪失や経済成長の阻害につながると主張していた、トランプ前大統領の論点を明確に否定するものとして強調されており、事前の計画や就任後の大統領令の中でも、気候変動対策によるさまざまな分野での取り組みを通して新たな雇用を創出できる点を述べている。

 さらに、炭鉱労働者や発電所労働者のように、気候変動対策を講じることで影響を受ける人たちは米国の経済成長に欠かせない存在であると述べ、移行に関する影響を軽減するための取り組みを行うことを明示している。

 例えば、1月27日の「国内外の気候危機に対処するための大統領令」のセクション218では、「石炭・発電所コミュニティと経済活性化に関する省庁間作業部会(Interagency Working Group on Coal and Power Plant Communities and Economic Revitalization)」を設立し、鉱業や発電所の労働者が住む地域社会の活性化するための助成金や技術支援、融資などを検討することを命じている。

(2)政府の自動車をすべて米国製のEV車へ

 この他にもバイデン氏がスピーチの中で“Buy American”(バイ・アメリカン)大統領令と呼んでいる1月25日の大統領令注11を引き合いに出し、連邦政府の自動車の調達を米国製のゼロエミッション車(EV車)にすることなどを述べ、それが膨大な新規雇用につながることを強調している。

 具体的には、例えば、バイデン氏が選挙中に掲げた「クリーンエネルギー革命と環境正義のためのバイデン計画(The Biden Plan For A Clean Energy Revolution and Environmental Justice)」によると、100%クリーンエネルギーを使ったゼロエミッション車を推進するため、毎年5,000億ドル(約52兆5,000億円、1ドル105円換算)の連邦調達制度を活用するとしている。

 「5,000億ドル」は連邦調達制度で毎年費やしている数字であり、これらすべてをゼロエミッション車に使うわけではないはずだが、この数字のうち具体的にどれだけをゼロエミッション車に費やすのかは明らかにしていない。

 また同じ計画の中では、気候変動危機を重視したクリーン経済と雇用は両立すると主張したうえで、今後10年以上かけて4,000億ドル(約42兆円)を、この分野の産業育成のために投資していくことを掲げている。これは人類を月に送ったアポロ計画の投資の2倍に相当するということを付け加え、投資の意義と規模の大きさを強調している。

 2月11日に出した「バイデン・ハリス政権、雇用を創出し、気候危機に対処するための米国におけるイノベーションの取り組みを開始(Biden-Harris Administration Launches American Innovation Effort to Create Jobs and Tackle the Climate Crisis)」という声明の中でも触れられていたとおり、DOE(Department of Energy、エネルギー省)は、バイデン政権の気候変動危機に関する取り組みを支援する目的で、革新的なクリーンエネルギー技術の研究開発に最大1億ドル(約105億円)の資金提供をすることを発表している注12

〔3〕国家安全保障や外交政策と気候変動対策の統合

(1)気候変動担当の大統領特使を任命

 「国家安全保障や外交政策と気候変動対策の統合」については、これはバイデン政権が気候変動対策を単なる米国国内に閉じたものとして扱っているわけではない点が、さまざまなところから読み取ることができる。

 そのことを示す象徴的な出来事が、オバマ政権で国務長官を務め、パリ協定でも交渉を担当したジョン・ケリー氏を気候変動担当大統領特使(Special Presidential Envoy for Climate)に任命したことだ。

 同氏は就任後の1月27日に世界経済フォーラムのオンラインセッションに登壇し、米国の気候変動対策の方向性を述べ、各国の協調を呼びかけると同時に中国を牽制する注13など、さっそくその手腕を発揮している。

(2)COP26を見据えた気候サミットの招集

 1月27日の「国内外の気候危機に対処するための大統領令」のセクション102では、2021年11月に開催が予定されているCOP26(Conference of Parties、国連気候変動枠組条約締約国会議。前出の表1を参照)を見据えて、2021年4月22日に、Leaders’ Climate Summit(リーダーによる気候サミット)を召集することや、オバマ大統領が2009年3月に創設したエネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム(Major Economies Forum on Energy and Climate、MEF)を再開することなども明示している。

 以上の他、上下水道インフラやヘルスケアへの過小投資や公害などによって歴史的に阻害され、過度な負担を強いられてきた地域社会のために環境正義を確保し、経済的機会を促進することなどを含めて、一口に気候変動対策といっても、幅広い分野に対する、詳細で具体的な政策が打ち出されている。

今後の展開:「雇用とイノベーション、科学と発見」を推進

 政策で掲げられている目標を実現していくのは簡単ではない。すでにさまざまな批判なども出ており、今後、より具体的な実行段階に入っていくと、さまざまな課題が顕在化してくるはずである。

 バイデン氏は、そのような困難に立ち向かうことを覚悟してか、先に紹介した1月27日のスピーチにおいて、「この計画は野心的だが、私たちはアメリカだ。私たちは大胆だ。雇用とイノベーション、科学と発見を断固として進めていく(Our plans are ambitious, but we are America. We’re bold. We are unwavering in the pursuit of jobs and innovation, science and discovery.)」という力強いメッセージを発している。

 米国内にとどまらず、世界中に影響を与えるバイデン新政権の大胆な気候危機への取り組みについて、今後の動向に注目していきたい。

筆者Profile

新井 宏征あらい ひろゆき)

株式会社スタイリッシュ・アイデア 代表取締役社長

SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、現在はシナリオプランニングの考え方を応用し、事業と組織の両面からクライアントの変革を支援するコンサルティング活動に従事。東京外国語大学大学院修了、Said Business School Oxford Scenarios Programme修了。
インプレスSmartGrid ニューズレター コントリビューティングエディター。


▼ 注10
気候変動対策とは直接関係ないものの、1月27日には「科学的整合性とエビデンスに基づいた政策立案を通じた政府の信頼回復に関する覚書(Memorandum on Restoring Trust in Government Through Scientific Integrity and Evidence-Based Policymaking)」も発表している。

▼ 注11
Executive Order on Ensuring the Future Is Made in All of America by All of America's Workers(未来は米国労働者による米国製品によってつくられることを保障することに関する大統領令)

▼ 注12
DOE Announces $100 Million for Transformative Clean Energy Solutions | Department of Energy

▼ 注13
ケリー米特使、気候変動対策への協調呼びかけとともに、中国を牽制(米国) | ビジネス短信 - ジェトロ

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