欧州では水素エンジン車は下火に
ここで、水素エンジンについても触れておこう。
水素エンジンは、ガソリンの代わりに水素を酸素と反応・燃焼させる内燃エンジンの一種である。当初は、水素と酸素を反応させるためCO2は出ず、水(H2O)しか出ないといわれていた。しかし、現実には水素と空気を反応させるため、空気中の窒素(N2)とも反応し、有害なNOx(窒素酸化物)を出すといわれている。
水素と空気の混合比を調整すればNOxは減るが、燃費との関係で最適値があるかどうかは明らかではない。最適値でなければ、最適値にするためのコストが余分にかかる。また、内燃エンジンでは必ず熱を出すため、前号の第1回の記事で述べたように、内燃エンジンのエネルギーから車輪の動力に変換する効率が、モーターのエネルギーが車輪の動力に変換する効率よりもずっと悪い。さらに、水素の生成には低品位の石炭を使って作り出しているため、EVと同様、エミッションゼロではない。
これらの理由から、欧州では水素エンジン車は下火になっている。
EVの急速充電化
EVの走行距離を伸ばすには、バッテリー管理システムに使う半導体技術もある程度は貢献しているが、最も大きな要因は、やはりバッテリーの性能である。しかし、当分バッテリーの性能は半導体と違って、リチウムイオン電池の電極材料の特性で決まり、大きな性能向上は見込めないため、これまではバッテリーを大量に積み込むことで走行距離を伸ばしてきた。
しかし、その代償として充電時間は長くなる。そこで、スマートフォンの急速充電と同様に、EVの急速充電にも対応しなければならなくなりつつある。
充電する場合は、バッテリーよりも大きな電力を注入することで行われるが、そのためには、バッテリー電圧よりも高い電圧の電力をバッテリーに供給することになる。充電時間を短くするためには電圧を上げて一気に電力を供給する方法が使われている。
ただし、電池への充電には、最初は一気に高電圧をかけるが、満充電に近づくと過充電にならないようにゆっくりと充電する。これは、一升瓶に水を入れる動作に似ているといわれている。このため、急速充電では満充電の8割に達したら充電を止めるようにしているが、この8割のタイミングで制御する半導体ICが必要になる。また、高電圧を供給するためのパワー半導体も欠かせない。
このような急速充電向けに、SiCパワーMOSFET注6を使う試みが始まっており、前出のLucid AirにもSiCが使われ、内部で900Vもの高電圧に昇圧する回路に使われている。
急速充電に適すSiC半導体への期待
〔1〕Si(シリコン)からSiC(シリコン・カーバイド)の時代へ
SiC半導体は、耐圧がシリコンよりも高く、急速充電にはうってつけだ。インフィニオン・テクノロジーズ(Infineon Technologies)は、スペインのパワーエレクトロニクスメーカーや充電スタンド業者などと共同で、SiCを使った急速充電スタンドの実証実験を行っている。
SiCは当初、EVのインバーターに使われると期待されていたが、コスト的にはSi(シリコン)と比べて10倍も高いため、まだインバーターに使われるケースは少ない。現在は、Tesla モデル3やLucid Airに使われている程度にとどまっている。
一方、米国の半導体メーカーであるonsemi(オンセミ、米国アリゾナ州)のハッサーン・エルコーリーCEOは、SiCの市場がこれから徐々に立ち上がると見ており、5年以内にSiCウェーハの生産能力を上げていき、さらに10年以内のSiCデバイスやパッケージの生産能力を上げていく、と述べている。ただし同社は、自動車メーカーとはすでにSiC FET(電界効果トランジスタ)について協議に入っており、2023年もしくは2024年頃には多くのクルマメーカーに採用されるとしている。
それまでの数年間は、シリコンのIGBT注7が主流で居続けるだろう。というのは、自動車産業では品質や信頼性はもちろん第一だが、コストへの要求も強い。少しでも値段が高ければ新技術を導入しない。トランジスタ・レベルでもコスト面で、SiCはSiの10倍近くするため、更なる低コスト化が求められる。
〔2〕SiC MOSFETでスイッチング動作が高速化
SiCの最大の魅力は絶縁耐圧(絶縁性が破壊されて電流が流れる電圧)がSiの10倍もあり、高耐圧化してもロスになるオン抵抗注8を低く抑えられる。
IGBTは、電子(マイナス)と正孔(プラス)という2つのキャリア(半導体内で電流を運ぶ粒子)を使って、高耐圧と低抵抗を両立させているが、スイッチング(切り替え)動作がSiCよりも遅い。オンからオフに切り替える時に、少数キャリアの蓄積時間注9がテール(しっぽ)のように残り、どうしても速くできない〔図1(1)〕。少数キャリアの寿命を短くするために重金属をドープする(不純物を添加する)と高速になるが、抵抗が増えることになる。
図1 少数キャリアの蓄積時間のイメージ
※(1)のIGBTでは、オンからオフにスイッチを切り替えるとダラダラとテール(しっぽ)を残しながら最後にゼロになるが、(2)のMOSFETは、きちんとすぐにゼロになる。
IGBT:Insulated Gate Bipolar Transistor、絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ。電源(電力)の制御・供給を行うパワー半導体の一種で、大電力を高速にスイッチングできる半導体。
MOSFET:Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor、絶縁ゲート電界効果トランジスタのこと。インバーターなどパワーエレクトロニクス(電力変換装置)におけるスイッチング電源用に使用されるトランジスタ。
出所 筆者作成
これに対して、SiC MOSFET(前出)は、電子だけで動作するため少数キャリアの蓄積時間がなく高速である〔図1(2)〕。このため、IGBTでは大きなコイルやコンデンサを使わざるを得なかったが、それを小さくできるため、インバーター装置そのものを小型化できる。コイル(インダクタやリアクタともいう)が占める体積は極めて大きく、これを小型にできるメリットは大きい。
▼ 注6
SiCパワーMOSFET:Silicon Carbide MOSFET、SiC(シリコンカーバイド)を用いたMOSFET(モスエフイーティ)。MOSFETとはMetal Oxide Semiconductor Field Effect Transistorの略で、絶縁ゲート電界効果トランジスタのこと。インバーターなどパワーエレクトロニクス(電力変換装置)におけるスイッチング電源用に使用される。
▼ 注7
IGBT:Insulated Gate Bipolar Transistor、絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ。電源(電力)の制御・供給を行うパワー半導体の一種で、大電力を高速にスイッチングできる半導体。
▼ 注8
MOSFETでは、オン抵抗(導通時の抵抗)と耐圧はトレードオフの関係にある。つまり耐圧を上げようとするとオン抵抗も高くなり損失が増える。その逆もある。しかし、SiCは材料のもつ特性からSiよりも耐圧が10倍も高いため、理想的にはオン抵抗を1/10に下げられる。
▼ 注9
半導体の「pn接合」において、順方向(p型にプラス)に電圧をかけるとオン状態になり、電子と正孔が互いに交わるように流れ、n型領域に多い電子がp型領域に入り込み、p型領域に多数あった正孔がn型領域に入り込む。ここで急にオフにすると、p領域に残っている電子とn領域に残っている正孔がなかなか消滅せずに残ってしまう時間のことを「少数キャリアの蓄積時間」と呼ぶ。
MOSトランジスタ(金属酸化膜半導体型トランジスタ)のように電子あるいは正孔しか使わない多数キャリア利用のトランジスタではこの現象は起きない。