日本における洋上風力発電の現状
〔1〕2030年目標クリアは、非常にチャレンジング
辻 エネルギー基本計画が閣議決定(2021年10月22日)され、2030年に温室効果ガス削減割合を46%、さらに50%の高みを目指すという目標が設定されました。電源構成では再エネが36〜38%、その中で風力発電が5%という計画です(表2)。この内容と、洋上を含めた風力発電全体に対しては、どのように見ていらっしゃいますか。
表2 2030年度におけるエネルギー需給の見直しのポイント
※ 現在取り組んでいる再エネの研究開発の成果の活用・実装が進んだ場合には、38%以上の高みを目指す。
出所 資源エネルギー庁、エネルギー基本計画の概要〔令和3(2021)年10月〕をもとに編集部で作成
加藤 そうですね。2030年の目標達成は、非常にチャレンジングだと感じています。
エネルギーの世界では、発電所を新設するのは、一般的なコンバインドサイクル発電方式注6でも最低7〜8年はかかります。洋上風力発電は公募が今年始まったところで、現状では2030年にどれだけ運転開始できるかどうかというと、6GW程度と見込まれています。今後、セントラル方式の公募によって入札の精度や効率を高めたり、また建設技術の革新も進んだりすれば事業開発のスピードも上がってくるので、7〜8GW程度は実現可能であると思います。
辻 陸上風力発電の状況についてもお聞かせください。
加藤 陸上風力の導入量は、2030年におよそ18〜26GWにターゲット注7を置いていて、現実的には18GW程度は確実に実現できるだろうと予測しています。また今後、保安林や自然公園などでの風力発電施設の設置基準の緩和が議論されるようになれば、設備増強のピッチも上がり、26GW程度には伸びていくと考えています。
我々としてはできる限り、温室効果ガスの削減目標の46%をベースに、さらに少しでも上乗せできるよう、頑張っていこうとしています。
辻 エネルギー基本計画策定の過程では、2050年を見込んださまざまなエネルギーミックスの方法が解析事例を交えて議論されていました。こうした議論を更に積み重ねて2050年のビジョンを明確にし、そこを目指す過程として2030年はこうあるべき、という(バックキャスティングのような)示し方ができるとベストだったと思います。
また、基本計画立案の分科会では、今後の原子力発電の具体的な方向性など不透明なところがあり、全体として本当に目標を達成できるのかという心配を、私はしています。
加藤 そうですね。2050年のエネルギーミックスを決めるにあたって、このような長期的な戦略策定には、プランA、B、Cくらいの用意が必要だと思っています。例えば、
- 太陽光や風力発電、蓄電池におけるリチウム電池のようなプルーブン(Proven:実証済み)で、しかも経済的な技術を使った実現性の高いものの組み合わせでのプランA、ここには原子力の再稼働、既存の再エネ発電システムなども入るでしょう。
- また、水素やアンモニアなど、これから技術開発が進んでいくものはプランBとして、
- さらに他のさまざまな最新技術も取り入れてプランC、
といったように、さまざまな観点や仮説から戦略が検討されることが本当は必要です。その方が関係する事業者は、国の目指すベースラインがはっきりして、今後の事業計画を立てやすいのではないかと考えています。
〔2〕洋上風力発電の設置促進への環境整備が完了
(1)不可欠なファイナンスの課題
辻 ところで洋上風力発電を普及させるには、これからまず設備を建設し、事業化する必要がありますが、それにあたって不可欠なのがファイナンスです。これに関してはいかがでしょうか。
加藤 私が2017年に日本に帰ってきたときは、洋上風力を事業化する仕組みや制度は何もありませんでした。2012年7月から施行されていたFIT(固定価格買取制度)はありましたが、洋上風力にとっては「絵にかいた餅」の状態で、実質的には機能していませんでした。
洋上の設備は2,000〜3,000億円の巨費をかけて建設し、20〜30年といった長期利用が基本のため、これを支援する制度がないとファイナンスを呼び込むことができませんし、そうしないと事業として成立しません。
そこで政府にお願いして、再エネ海域利用法を国に作っていただきました。この法律では、認定された洋上風力発電事業には経産大臣によりFITが認定され、最大30年の占用許可が国交大臣により交付されます。「事業者」とそれを支援する「ルール」、それはこの事業を進めるうえでの車輪の両輪になりますが、再エネ海域利用法によってそれが可能となりました。
日本でも、いよいよ洋上風力発電が動き出すための準備ができたといえます。
(2)重要な「官民協議会」の役割
辻 しかし、これまでの日本には、洋上風力発電のための産業も市場も存在していませんでしたよね。それが冒頭の「日本は欧州に比べて20年遅れている」というご発言にもつながっていると思いますが。
加藤 そうです。車輪の両輪ができて、いざ動き出そうといったとき、そのための国としての明確な導入計画がない。IEA(国際エネルギー機関)の統計を見ると、東南アジアでは台湾がいち早く取り組んでいます(図4)。韓国も将来的に25GW程度の洋上風力発電を見込んでいるのに、日本は4GW程度です。
図4 台湾における洋上風力発電の開発状況
出所 一般社団法人 日本風力発電協会、「洋上風力の主力電源化を目指して」、洋上風力の産業競争力強化に向けた官民協議会 第1回会合(2020年7月17日)、「資料4-1」
これでは、欧州のプレーヤーがアジアに進出してきても、台湾や韓国に拠点を置いてしまう。そうなると、日本はそこからの輸入に頼ることになり、国内に産業が興らなくなります。日本国内での、洋上風力発電の産業化と市場の育成は急務なのです。
すでに英国をはじめフランス、米国などの海外諸国は、洋上風力発電と国の産業政策をセットで展開しています。
私がデンマークに赴任していた頃、英国政府は大臣が主体となって産業界の代表と「オフショア・ウインド・インダストリアル・カウンシル」という協議会を開催していて、そこには風車メーカーも事業者も政府関係者も集まり、一体となって洋上風力発電やその産業化を推進していました。
私は、こうした事例を政府に説明して、同様の取り組みをお願いしました。それが現在の官民協議会という体制につながっています。日本は、もともとモノづくりを基本として発展してきた国ですから、官民が一体となって取り組めば、洋上風力発電においても産業や市場も生まれ発展し、良い循環につながっていくと信じています。
辻 洋上風力発電を定着させるには、事業として成立させるためのファイナンスのインセンティブが不可欠ですし、さらに産業化や市場育成など安定成長のための基盤整備も欠かせません。日本では、それらがようやく揃ってきたという状況なのですね。
▼ 注6
コンバインドサイクル発電方式:ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせた複合の発電方式。燃料の天然ガスを燃焼させると、熱の発生と同時にガスの体積が急激に膨張する。この膨張の力を利用して「ガスタービン」を回す。さらにガスタービンから出た高温の排ガスの熱を利用して高温・高圧の蒸気を作り、「蒸気タービン」を回す仕組み。
▼ 注7
日本風力発電協会「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた2030年の風力発電導入量のあり方」(2021年3月15日)の3ページ参照。