100ギガイーサネットを実現する技術
今回の会合において、100ギガクラスの通信速度を実現するための方式が何種類か提案された。大きく分類すると、100ギガクラスの通信速度を、1本のシリアル(直列)・データとして送信する「シリアル伝送」の方式と、複数の信号に分割して送信する「パラレル(並列)伝送」の2種類となる。
【1】シリアル伝送方式
シリアル伝送方式については、ルーセント(Lucent)社のマーカス・ドゥエルク(Marcus Duelk)氏より提案があった(参考文献2)。
ドゥエルク氏によると、DQPSK (Differential Quadrature Phase-Shift Keying、差動4相位相変調、※5)などの変調方式を用いることによって、既存の40ギガクラスの光伝送に近いコストで100ギガの光伝送が可能となるとのことであった。
ただし、100ギガクラスのシリアル伝送では、伝送路上での分散補償(光信号の分散による劣化を補正すること)が不可欠となるため、分散補償によるコスト増を考慮する必要があるとの指摘があった。
用語解説
※5 DQPSK (Differential Quadrature Phase-Shift Keying)
デジタル信号の位相変調方式(Phase-Shift Keying)の一種。90度ずつずれた4つの位相状態で情報を表すことから、Quadrature Phase-Shift Keyingと呼ばれる。1単位時間で2ビット分の情報を送れるので、100Gの送信データであれば変調レートは50Gで済む。DQPSKの"D"(Differential)は、前ビットの位相情報に対して差動的に変調することを意味する。受信側において前ビットとの位相を比較することによりデータを復調できるため、復調装置を簡略化できる利点がある。
【2】パラレル伝送方式
(1) 10ギガイーサ物理層の多重化方式の提案
シリアル伝送方式については、ルーセント(Lucent)社 1社のみからの提案であったが、パラレル伝送方式については、LSIメーカーのブロードコム(BroadCom)や、ベンチャ企業のインフェネラ(Infinera)、日本の日立製作所(中央研究所)など、数社から提案が行われた。
ブロードコムのハワード・フレイジャー氏(Howard Frazier、IEEE 802.3ahの元議長 ※6)からは、IEEE 802.3ah(参考文献6)で規定されている「PME集約(PME Aggregation、PME:Physical Media Entity、物理媒体機能)」方式を再利用して、既存の10ギガ物理層を多重化する方式が提案された(参考文献3)。
PME集約方式では、1つのイーサネット・フレームを64バイトから512バイトの固定長の「フラグメント(Fragment、断片)」に分割し、14ビットのフラグメント番号などからなる2バイトの「フラグメント・ヘッダ(Fragmentation Header)」と、2バイト(または4バイト)の「フラグメント誤り検出シーケンス(FCS:Fragment Check Sequence)」を付加した上で、フラグメント単位で別々の伝送路に分割して送信する(図1)。
これと同様な方式を使用することで、複数の10ギガイーサの物理層を用いて100ギガクラスの通信速度を実現可能としている。より具体的には、32バイトの「フラグメント」に2バイトのヘッダ、1バイトの誤り検出シーケンスを付加して分割送信した場合、10ギガイーサを11本用いることで100ギガの通信が可能となる。
●この方式の利点
このような方式の利点として、既存の10ギガイーサ向けの部品や技術が転用できるため、新規開発が少なくて済み、短期での市場投入が可能となることがある。
●この方式の欠点
一方、欠点としては、100ギガクラスの通信速度を実現するため11本もの10ギガイーサを多重する必要があるなど、必要な多重数が多いことが上げられる。多重数が多い場合、管理がより複雑となり、障害発生時における原因の切り分けなどが難しくなるなどの課題がある。
(2)25ギガの4波多重化方式の提案
これに対して、シスコシステムズ(Cisco Systems)や日立製作所からは、25ギガ程度の光信号を4波多重する方式が提案された(参考文献4, 5)。
これは、多重度を高くした場合の複雑さと、1本の光信号の伝送速度を速くした場合の難しさを天秤に掛けて導き出した「スイートスポット」(シスコシステムズ)であり、数年後に25ギガクラスの光伝送技術が、現在より廉価に実現可能となっていることを前提としている。
●この方式の利点
このような方式の利点としては、多重度が10ギガ多重に比べて低いことが上げられる。4波程度の多重であれば、10ギガイーサでも10GBASE-LX4として実現された実績があり、多重化の管理や部品構成数の面では有利といえる。
●この方式の欠点
一方の欠点としては、25ギガという、新しい伝送速度を実現する電子部品や光学部品が新規に必要となり、新規開発の要素がより多くなる(=市場投入が遅くなる)ことが上げられる。
用語解説
※6 IEEE 802.3ah
別名EFM(Ethernet in the First Mile)とも呼ばれ、加入者向けイーサネットに関わる方式全般を規定している。2004年9月に標準化完了。ハワード・フレイジャー(Howard Frazier)氏は802.3ahプロジェクトの議長を務めた。
今後の標準化の方向性
今回の会合は、第1回会合ということもあり、明確な結論や方向性は打ち出されなかったが、全体の雰囲気としては、「シリアル伝送方式」ではなく、「パラレル伝送方式」主体で検討が進む様子がうかがわれた。
次回以降の会合において、「シリアル方式 vs パラレル方式」、「10Gギガ多重 vs 25ギガ多重」の議論が活発化していくものと思われる。併せて、パラレル伝送のためのデータ分割・多重方式や、100ギガイーサの共通上位インタフェースについての検討が進められるものと予想される。
参考文献
(1) “Surveying the Industry for a Higher Speed Ethernet”, 2006/9/20, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/sep06/bennett_02_0906.pdf
(2) “Serial PHY for Higher-Speed Ethernet”, 2006/9/20, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/sep06/duelk_01_0906.pdf
(3) “Physical Layer Aggregation”, 2006/9/20, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/sep06/frazier_01_0906.pdf
(4) “802.3 Higher Speed Study Group Objectives and Work Areas”, 2006/9/20, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/sep06/nowell_01_0906.pdf
(5) “Proposal of PMD architectures for HSSG”, 2006/9/20, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/sep06/nishimura_01_0906.pdf
(6) “IEEE Std 802.3ah-2004, Amendment: Media Access Control Parameters, Physical Layers, and Management Parameters for Subscriber Access Networks”, 2004/9/7
(7) 石田修、瀬戸康一郎 監修、『改訂版 10ギガビットEthernet教科書』、インプレス、2005