≪1≫IEEE 802.3 ba 高速化イーサネットの概要
802.1/802.3の標準化動向(4)にも紹介したように、2006年7月に現在の10Gbpsイーサネットの次の次世代高速化イーサネットのCFI(Call for Interest、標準化の意義について説明し、検討開始の是非を問うための会合)が開催された。このCFIにおいて大多数の賛成を得て次世代高速化イーサネットの検討会(Higher Speed Study Group, HSSG)が発足し、2006年9月のHSSG第1回会合以来、1年以上にわたって目標仕様の検討が進められてきた。
現在の標準化目標スケジュールを図1に示す。
当初の目標では、2007年9月までに標準化プロジェクト承認依頼(PAR、Project Authorization Request)の承認を得て、2007年11月から正式な標準化審議を開始する予定であった。結果的には3ヵ月遅れの2007年12月に標準化プロジェクトの承認が行われ、2008年1月から「IEEE802.3ba 40Gbpsおよび100Gbpsイーサネット・タスクフォース」として正式な標準審議が開始されることとなった。この3ヵ月間の遅れは、後述する40Gbpsイーサネット追加の是非を巡っての議論が長引いたことが影響している。
なお、IEEE 802.3baの“ba”とは、802.3WG内のプロジェクトを表現するために割り当てられたアルファベットで、802.3aから“a、b、c,…z”、その後802.3aaから“aa、ab、ac、…az”と続いてきた続きの2文字である。
100Mbpsイーサネットから続いてきたイーサネットの10倍化の歴史が曲がり角にきている。イーサネットは、100Mbps化の際にはFDDI、1Gbps化の際にはFibreChannel、10Gbps化の際にはSONET OC-192(Optical Carrier-Level 192、9.95328Gbps)と、それぞれの世代で10倍化された先行普及技術が存在していた。今回は、いよいよ10倍化(100Gbps化)するための先行普及技術が存在しない状態での標準化となる。
≪2≫IEEE 802.3ba規格の目標仕様
802.3ba高速化イーサネットの目標仕様を表1に示す。
項 目 | 内 容 |
通信方式 | 全二重通信のみのサポート(CSMA/CDの非サポート) |
フレーム・フォーマット | 従来のフレーム・フォーマットを維持 最大、最小フレームサイズを維持 |
伝送品質 | MAC上位層に対してビット誤り率10-12以下の伝送品質を提供 |
OTNのサポート | OTN(Optical Transport Network、ITU-Tにおいて規定される光伝送ネットワーク方式)に対する適切なサポート |
① データ伝送速度:40Gbps | MACデータ速度として40Gbpsを実現 |
40Gbps向け物理層 | 40Gbps動作向けの物理層として下記をサポート |
・OM3(※)のマルチモード光ファイバで最低100m | |
・銅線ケーブルで最低10m | |
・バックプレーンで最低1m | |
②データ伝送速度:100Gbps | MACデータ速度として100Gbpsを実現 |
100Gbps向け物理層 | 100Gbps動作向けの物理層として下記をサポート |
・シングルモード光ファイバで最低40km | |
・シングルモード光ファイバで最低10km | |
・OM3*のマルチモード光ファイバで最低100m | |
・銅線ケーブルで最低10m |
※OM3:Optical multimode 3、850nm波長において2000MHz・kmのモード帯域をもつコア径50μmの広帯域マルチモード光ファイバ
表1 802.3ba高速化イーサネットの目標仕様
10Gbpsイーサネット標準化の際に規定された目標仕様と大きく違う点として、次の3点が上げられる。
(1)40Gbps、100Gbpsの2種類のデータ速度を目標仕様として規定していること
(2)SONETサポートではなく、OTN(Optical Transport Network、ITU-Tにおいて規定される光伝送ネットワーク方式)との接続性について考慮することが規定されていること
(3)光ファイバだけでなく、最初から銅線ケーブルのサポートを規定していること
これらの各項目のそれぞれの背景を述べると、次の通りである。
〔1〕40Gbps,と100Gbpsの2種類のデータ速度を規定
これまで10Gbpsイーサネットは、通信事業者の広域網やISP(インターネット・サービス・プロバイダ)や大規模なデータ・センターなどを中心に普及が進んできていた。
一方、企業ネットワークの幹線網やデータ・センター内の接続には、10Gbpsイーサネットの標準化完了後も、しばらく1Gbpsイーサネット主体の状況が続いてきた。10Gbpsイーサネットの標準化完了から5年以上が経過して、最近になってようやく10Gbpsイーサネットを導入する動きが本格化しようとしている。
最近では、YouTubeやVoDをはじめとする動画配信などの広帯域アプリケーションの普及などによって、通信事業者網の帯域が逼迫してきている。このため、通信事業者においては、すでに複数の10Gbpsイーサネットを束ねて使用する状況となってきており、次世代の100Gbpsの高速化イーサネットを待望する声が多くなってきている。一方、サーバ接続などのサービスを提供するデータ・センター向けの用途では、ようやく10Gbpsイーサネットの導入が本格化するタイミングとなっている。このため、100Gbpsイーサネットではオーバースペックとなってしまい、このような市場へ100Gbpsイーサネットを普及させるには、時間がかかる可能性が高い状況がある。
そこで、今回の高速化イーサネットのプロジェクトでは、
(1)主に通信事業者向け(メトロ)市場を想定した100Gbpsイーサネットに加えて、
(2)サーバ接続などのデータ・センター用途を想定した40Gbpsイーサネット
の2種類のデータ速度を規定することになった。
100Gbpsイーサネットでは、シングルモード光ファイバによる40kmの長距離から、銅線ケーブルによる10mまでの伝送方式が規定されるのに対して、40Gbpsイーサネットでは、データ・センター用途を中心に、マルチモード光ファイバによる100mからブレード・サーバ用途のバックプレーン用の1mまでの短距離接続の伝送方式を規定しようとしている(表1)。
〔2〕OTNサポート
10Gbpsイーサネットでは、広域網の通信インフラとのシームレスな接続を目指して、イーサネットとしては、はじめてSONET(※)との接続性をもった10GBASE-W方式〔WAN PHY(物理層)方式〕が規定された。10GBASE-Wでは、10Gbpsイーサネットの伝送信号をSONETフレームのペイロード(送信データ部)にマッピング(対応付け)して伝送する方式が採用された。ところが、この10GBASE-Wのインタフェースは、製品化はされたもののほとんど普及しなかった。
そこで、このWAN PHY方式に代わって10Gbpsイーサネットを広域網に接続するための技術として用いられたのが、前述したOTNである。OTNは、SONETの伝送信号に限らず、さまざまな伝送信号(クライアント信号)をそのまま伝達することが可能な方式であり、10Gbpsイーサネットの広域網接続は、SONETフレーミング(SONETのフレーム構成)を用いない10GBASE-R方式(LAN PHY方式)の伝送信号をOTN網に直収(SONET網を介さずに直接OTN網に10Gbpsイーサネットを接続)する方式が広く用いられた。
この結果、40Gbpsイーサネット、100Gbpsイーサネットでは、SONETフレーミングを採用したWAN PHY方式は規定せず、その代わりに、OTN網への接続に考慮した方式とすることが目標として規定された。
〔3〕銅線ケーブル向け方式の規定
10Gbpsとしして最初に標準化されたIEEE802.3ae 10Gbpsイーサネットでは、光伝送を使用する方式のみが規定された。この結果、シングルモード光ファイバ40km、10km、マルチモード光ファイバ 300mなどに対応した光インタフェース 7種類が規定された。
その後、IEEE802.3ae標準完了から2年遅れて銅線ケーブル向けの10Gbpsイーサネットとしてシールド同軸ケーブル向けの10GBASE-CX4(IEEE802.3ak)の標準化が行われた。この廉価で手軽な銅線ケーブルに対応した10GBASE-CX4は、サーバ接続や、スイッチ同士のカスケード(多段)接続などに広く利用された。このようことから、40Gbps、100Gbpsイーサネットでは、最初から銅線ケーブル向けの方式が盛り込まれることとなった。
※ 用語解説
SONET:Synchronous Optical Network、同期式光通信網。SONETは、同期式光通信網の意味で、米国のBellcore(現Telcordia Technologies)が提唱した光インタフェースの通信速度標準の仕様である。これとほぼ同義語のSDH(Synchronous Digital Hierarchy)は、同期デジタル・ハイアラーキの意味で、ITU-Tにおいて標準化され、国際的に統一された速度標準である。
≪3≫802.3baにおける高速化イーサネットを実現する技術
〔1〕シングルモード光ファイバ(10km、40km)向け100Gbps伝送方式
シングルモード光ファイバ10km、40km向けの伝送方式としては、4波(または5波)の波長多重方式による方式が検討されている。1波当たり25Gbpsの伝送速度で4波をパラレル伝送することにより100Gbpsのデータ速度を実現する。
波長帯は分散の少ない1310nm帯が検討されており、外部変調または直接変調方式によるレーザー光を波長多重フィルタによって波長多重して、1本のシングルモード光ファイバ経由で伝送する(図2)。40km版では、受信側(または送信側)にSOA技術(SOA:Semiconductor Optical Amplifier、半導体技術を用いた光増幅デバイス)などに基づく光増幅器を適用して、光の受信パワーを上げる方式が検討されている。
〔2〕マルチモード光ファイバ(100m)向け40Gbps, 100Gbps伝送方式
マルチモード光ファイバ向けの40Gbps, 100Gbps伝送方式としては、12芯のパラレル・ファイバを用いて、4~12波の並列伝送方式が検討されている。1波当たり10Gbpsの伝送速度で4波をパラレル伝送することによって40Gbpsを、10波によって100Gbpsのデータ速度を実現する。
100m以下の短距離向けに廉価な850nm帯の短波長の面発光型レーザー(VCSEL ※)アレイを使用することが検討されている。前述のように、OM3(Optical multimode 3)と呼ばれる、850nm波長において2000MHz・kmのモード帯域をもつ広帯域マルチモード光ファイバを用いることで、850nm帯でも100mの伝送距離を実現可能としている。
※ 用語解説
VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting LASER、垂直共振器面発光型レーザー
〔3〕銅線ケーブル(10m)向け40Gbps, 100Gbps伝送方式
銅線ケーブルとしては、Twinaxial(2芯同軸)と呼ばれるシールド・ケーブルを束ねた多対ケーブルを用いて、4~10の並列伝送を行う方式が検討されている(図3)。シールド・ケーブルとはいえ、導通部分の直径が0.3~0.5mmのごく細いケーブルを想定しており、8対の多対ケーブルで直径5~10mm程度と、取り扱いも比較的容易なものとなるように検討が行われている。
参考文献
1)"IEEE 802.3 Higher Speed Study Group Agenda and General Information", John D'Ambrosia, 2007/11, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/nov07/agenda_01_1107.pdf
2)"An Overview: The Next Generation of Ethernet", John D'Ambrosia, et.al, 2007/11, http://www.ieee802.org/802_tutorials/nov07/HSSG_Tutorial_1107.zip
3)"Twinaxial cable assemblies transmission characteristics", Chris DiMinico, et.al, 2007/3, http://www.ieee802.org/3/hssg/public/mar07/diminico_02_0307.pdf
4)"IEEE Std 802.3ae-2002 - Media Access Control(MAC) Parameters, Physical Layers, and Management Parameters for 10 Gbps Operation", 2002/8/30
5)"IEEE Std 802.3ak-2004 - Physical Layer and Management Parameters for 10Gbps Operation, Type 10GBASE-CX4", 2004/3/1