[スペシャルインタビュー]

特別インタビュー:インターネット協会新理事長 矢野薫氏(NEC社長)に聞く

2007/06/12
(火)
SmartGridニューズレター編集部

 ブログやSNSなど、インターネット環境に新しいWeb2.0が普及する一方、通信事業者のネットワークの分野でも、インターネット技術を取り込んで、オールIP化を目指すNGN(次世代ネットワーク)が登場するなど、通信ネットワーク環境は歴史的な転換期を迎えています。

 そこで、平成19年度(2007年4月)から、「インターネット協会」の新理事長に就任した、NECの代表取締役執行役員社長の矢野薫氏に、新時代を迎えたインターネットと協会の役割についてお聞きしました。矢野新理事長は、就任早々、同協会にWeb2.0を利用する「エンタープライズ2.0」研究部会を発足させるなど、意欲的な取り組みを開始しています。また、矢野氏はNEC社長就任以来、NGNにフォーカスした集中的なビジネスを推進し、ネットワークの世界に新しい風を吹き込むリーダーとしてもご活躍中です。
聞き手:インプレスR&D代表取締役社長
 (インターネット協会新副理事長)井芹昌信

NGNの登場で加速する通信ネットワークの世代交代
Web2.0を利用する「エンタープライズ2.0」研究部会を発足

≪1≫Web2.0をビジネス分野へ展開

● このたびは、インターネット協会の理事長へのご就任おめでとうございます。まず、IT業界の大企業を率いる立場から、またインターネット協会理事長として、インターネットをどう捉えていらっしゃるか教えてください。

矢野  インターネットは、そのルーツをたどれば、最初は米国の軍事用(DoD:国防総省)として誕生し、その後学術用になりましたが、少なくとも最近では個人向けのネットワークとなり、広く普及しています。NECは、通信事業者のネットワークや大企業の情報システムを中心に事業を展開していますので、IT業界全般から見ますとあまり関係がないように見えるかもしれません。しかし現実は、必ずしもそうではなくて、私たちは長い間、今でいうインターネット的なネットワーク作りを心がけてビジネスをしてきていますので、違和感はありません。

私たちは、商用化される以前の80年代ごろからインターネットに着目していたのですが、そのルーツがアメリカの国防にあったため、残念ながら手出しできなかったというのが正直なところです。しかし、ネットワークの作り方としては計画経済(通信事業者のネットワーク)と市場経済(インターネット)のような違いがあります。インターネットはまさに時代の要請にあっていたということでしょう。

インターネットは、もともとは軍というユーザーの身元がはっきりしたクローズドなネットワークであり、大学や研究機関などモラルの高い人が利用していたものでしたが、大衆に開放(商用サービスの開始)したことによって、そこには犯罪者も紛れ込んできます。このような背景から、インターネットはいろいろな意味で現実社会の縮図となったわけです。セキュリティ面での問題点がよく話題になりますが、インターネットだから危険だというわけではなく、一般社会と同じように、ある程度の危険が含まれているのだと捉えるべきでしょう。

● 昨年あたりからWeb2.0という言葉が喧伝されていますが、インターネットの次世代サービスとして注目されているものはありますか?

矢野薫氏

矢野  Web2.0というとブログやSNSなどが思い浮かびますが、インターネットの世界があまりに大きくなり、現実社会と同じようになってしまったため、もう少しローカルなコミュニティを作ろうという動きが出てきたのだと思います。つまり、本質的な技術の変化というよりは、使い方の着眼点が変わったということでしょう。

Web2.0は、まだコンシューマー向けというイメージがありますが、ビジネスとコンシューマーが連動して動くようになれば次の発展があるのではないかと思っています。ビジネス側でもどのように使えるかいろいろと試しており、最近では社内のコミュニケーションツールとして活用しようという動きも出始めています。たとえば、社内ブログを使って組織横断的なプロジェクトでのメンバー間の情報共有を活性化しようというものです。NECでも、1500人規模の「イントラブログ」というものを試しています。他に、マーケティング・センサーのような使い方は少しずつ動きがありますね。

≪2≫エンタープライズ2.0で非定型業務の効率化を!

● インターネット協会でも「エンタープライズ2.0研究部会」を設置し活動を開始していますが、用語の定義も含めてまだあやふやなところがあります。どのようなものだと捉えていますか?

矢野  違っている部分もあるかもしれませんが、「エンタープライズ2.0」とは、Web2.0世代が開拓した技術や今後出てくる技術を含めて、異なるジャンルのものをうまくグルーピングして、いかにWeb2.0 を企業システムに利用していくかということだと思います。従来とは異なるやり方でシステムを作っていくようになるでしょう。

たとえば、インターネットの最大アプリケーションとしてはメールがありますが、メールはずいぶんと仕事のやり方を変えました。それと同じように、エンタープライズ2.0も仕事のやり方を変えるものです。コミュニティやグループといったキーワードを通して仕事のやり方を提案するのではないでしょうか。

● 企業ITは、今日まで企業内における定型業務の効率化を実現してきました。そこにWeb2.0を組み合わせることで、企業内の非定型業務の効率化も実現できるのではないでしょうか?

矢野  そうですね。ただし、どこまでできるのかわからないし、そもそも非定型業務と言ってもいろいろありますから、十把一絡(じゅっぱひとからげ)にはできません。仕事上の面から、Web2.0的なものを、一番使いやすい分野というのを見つけることがまず大事です。こういう使い方がわかれば、次のアプリケーション開発につながって、いろいろな非定型業務がエンタープライズ2.0的な仕事のやり方に変わっていくでしょう。具体的には、マーケティング・ツールに使えることはすでに明らかですが、いわゆる「ワイガヤ」的な使い方ができそうです。つまり、ワイワイガヤガヤやみんなで議論しながら、新しいものを生み出すというようなものです。

● 集合知ということですね。

≪3≫NGNはポスト電話網となる次世代ネットワーク

● NECはNGNに力を入れていますが、NGNはインターネットかどうかという議論があります。IPを使っていればインターネットという一般的な見解があり、その点ではIPを使っているNGNはインターネットという見方があるなど、いろいろな議論が出ていますが?

矢野  まず、私は、IPを使ったらインターネットというのは、間違いだと思います。たとえば、インターネットVPN(VPN:Virtual Private Network、仮想専用線)とIP-VPNという言葉がありますが、これらは明確に違うものです。インターネットの上にトンネル(仮想的な通信路)を張ってVPNを作るのがインターネットVPNです。一方、IP-VPNはインタフェースはIPですが、通信するためのパイプ(通信路)はどちらかといえば通信事業者から提供される専用線的なもので実現しています。

このように、インターネットのIPのテクノロジーを使っていても、インターネットではないというようなものは以前からあるわけです。その意味するところは、ITシステムの通信インタフェース(通信の接続手順)が、いろいろと複数あるというのではなく、IPという1つのものに統一されると便利だということです。通信事業者から見てもユーザーから見ても、インターネットの普及によってIPはよいものだと証明されました。よいものが技術的にベストとは限らないわけですが、皆が使っているという意味において、IPはまさにデファクト・スタンダード(市場における事実上の標準)となったわけです。

現在、情報通信の媒体として通信事業者の電話網があって、そこから派生した専用線などのいろいろなネットワークがあります。インターネットも、もともとは電話網を利用してできたネットワークですが、それがいつのまにか電話網を凌駕するぐらいの大きな広がりをもつようになったのです。つまり、昔の言葉でいう公衆網が、次の世代に変わるべき時がきており、IPではないプロトコル(通信手順)によって作られた電話網は、寿命のエンドラインに近づいてきたと言えると思います。すると、次の世代のネットワークが必要になるわけで、それがNGN(次世代ネットワーク)です。

● 通信網の世代交代ということですね。

矢野  そのとおりです。重要なのは、すべての通信をインターネットに頼ることはできないということで、ギャランティ・サービスかベストエフォート・サービスか、という点に集約されます。日本のインターネットはプロバイダ(ISP)の絶大なる努力ですばらしいネットワークになっていますが、やはりベストエフォートです。

矢野薫氏

矢野  そのとおりです。重要なのは、すべての通信をインターネットに頼ることはできないということで、ギャランティ・サービスかベストエフォート・サービスか、という点に集約されます。日本のインターネットはプロバイダ(ISP)の絶大なる努力ですばらしいネットワークになっていますが、やはりベストエフォートです。

一方、NGNは、料金は少し高くなりますが、サービス・レベルを保証(ギャランティ)したネットワークです。電話(IP電話)だけでなく映像を含むデータ通信でも、サービス・レベルを保証できるネットワークがNGNです。両者ともベースとなる技術はインターネットのIPですが、ベストエフォート(インターネット)かギャランティ(NGN)かということでは、ネットワークの作り方が根本的に違います。この両者(インターネットとNGN)は車の両輪の関係であり、どちらかがどちらかを淘汰するというものではありません。マーケットのニーズに応じて、それぞれ普及していくことになります。

インターネットとNGNの具体的なイメージとしては、大草原(インターネット)の中に舗装道路(NGN)が通ったという感じですね。道路には道路標識があるから間違いなく行き先に着けるし、スピードも出せます。大草原はコストがかかっていないので安くて、それなりの車に乗っていればどこでも走ることができるけれど、場合によっては大雨が降って昨日は通れたところが池になっているかもしれない。道路の場合は道路管理者がいて、雪が降ったら除雪もしてくれる。それぐらいの違いかなと思います。

≪4≫ベストエフォートか、ギャランティかの違い

● つまり、ベストエフォートとギャランティというのが根源的な違いですね。

矢野  そうです。ただ、何をギャランティとするかという問題もあります。例えば、速度、信頼性、セキュリティが挙げられます。セキュリティについては、たとえばNGNではユーザー認証が必須となっていますから、それで一定程度セキュリティは確保されているところがあります。

現在の情報通信媒体が、電話網とインターネットの2つだと仮定すれば、次世代ネットワークであるNGNは、その2つを包含したネットワークです。そのため、今まで電話網でできていたことは基本的にNGNでもできます。110番や119番といった緊急通信も含めて、間違いなく通信可能なネットワークとなっています。

それ以上に大事なのは、従来の電話網にはなかった概念として、NGNでは、通信と放送がもっと連携してサービスを提供していくようになるということです。直近で出てくるのは、今までのインターネットでは限界があった映像サービスです。この分野はたとえばITU-TでIPTV(IPによる映像サービス)の標準化が行われており、NGNの重要なサービスとして、位置づけられています。もう1つは、FMC(Fixed Mobile Convergence)という言葉で表される「固定通信と移動通信の融合」が実現され、固定端末からも移動端末からも同じサービスが利用できるようになるということです。

今後、NGNは間違いなくユビキタス社会の1つのインフラになるでしょうが、問題はユビキタス環境とは何かということです。たとえば、センサー・ネットワークといったものもユビキタス環境のインフラだと思いますが、それがNGNかというとちょっと違和感があります。NGNがユビキタス環境を支える根幹の1つであることは間違いないですが、それ以外の多様なネットワークは、ユビキタスを支えていくものになるのだと思います。

≪5≫時代を先導するインターネット協会へ

● 今後のインターネット協会の役割と抱負をお聞かせください。

矢野薫氏

矢野  インターネットがWeb2.0という新たな発展段階にきたことは間違いないでしょう。インターネット協会が、今まで日本のインターネットを発展させる大きな原動力であったのと同じような意味で、これからは、後世にWeb2.0という時代を作っていく推進役として活躍したと評価されるような活動をしていきたいと思っています。もともとインターネットは草の根的なものですから、インターネット協会にも、経団連などとは違うメンバーが入っていて多様性があります。その強みを生かせるように、協会として場を作っていきたい。

インターネット協会がこちらの方向に向かうのだ、という風に時代を先導するような組織でありたい。そして、先導していく個人や組織をきちんと評価して表彰するようにしていきます。たとえそれが一枚の表彰状でもよいので、インターネット協会の表彰状をもらえることは大変な名誉である、と思ってもらえるようになりたいと思います。

● 現状では、海外でがんばっている人が疎外感を持つ傾向があるようです。そういう人が日本国内でもっと活躍できるようにするにはどうしたらよいでしょうか?

矢野 私は以前から、日本国内が変わらないと海外で働く人を本当にサポートすることはできないと思っています。現在でも、企業で海外駐在した人が日本に戻って活躍できるようにはなっていないところもあるかもしれません。日本が変わって海外との差を縮めていかないと、日本人が海外で活躍するのも難しいですし、日本でそういう人を採用して発展していくのも難しいと思います。しかし、インターネットは時間と距離を克服できるのです。日本が明治時代に開国して140年ですが、その140年のうちに成し遂げられなかった第2の開国を、インターネットが行うでしょう。その維新の志士のような人たちがインターネット協会に集っているのではないかと期待しているわけです。

●ありがとうございました。

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プロフィール

矢野薫氏

矢野 薫

1944年生まれ。東京大学工学部電子工学科卒業後、1966年にNEC(日本電気株式会社)に入社。1998年にはNEC USAの社長、2000年にはNECネットワークス カンパニー副社長に就任。2002年の取締役専務、2004年代表取締役副社長を経て、2006年4月より現職。

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