≪1≫SDP(サービス提供基盤)を構築するIBMのミドルウェア
■SDPというのは、具体的にどのように実現するのでしょうか。
星野 図6に、これまでお話したSDPを実際に構築するIBMのミドルウェア群を示しています。図4に比べてかなり簡略化していますが、図6の中でオレンジ色の長方形で囲っている部分が、SDPを構成するIBMのミドルウェア製品です。プレゼンス・サーバやグループ・リスト管理、テレコムWebサービスなどの機能を提供しています。この中のTWSSは、テレコムWebサービス・サーバの略ですが、これを使うと、外部からParlay(パーレイ)グループによって規定されたオープンなParlay X APIというインタフェースを使って、通信事業者のサービスを利用できるようになります。
言わば、通信事業者以外の企業にとっての、NGNへのゲートウェイの役割を果たすのがTWSSなのです。例えば、通信事業者がSaaS(サーズ※1)のようなサービス・ビジネスを行う場合、TWSS上にサービスを構築しておきます。利用するアプリケーションは、Parlay X APIを使って、TWSSと接続するわけです。
※1 用語解説
SaaS:Software as a Service、ネットワークを経由して必要に応じて、ユーザーにアプリケーション・ソフトを提供する仕組のこと。
■Parlay X APIが、いわゆるNGNと企業ユーザーなどとのインタフェースになっているということですね?
星野 そうです。また、こういう形のサービス実行要求に加え、ネットワークに接続された端末から呼情報の形で上がってきた要求を受けて、サービスを実行することも、サービス実行環境の役割ですが、これについては図6の「IMSコネクタ」を使ってCSCFの動きを制御します。そして、いずれの要求についても「サービス実行環境」に入ってからは、同じ仕組みを使ってサービスが実行されます。
ここで、少々図6の説明を加えましょう。サービス実行環境の両側に重要な機能が2つあります。左側に書かれているのが、サービスを実際に構築するための「サービス作成環境」で、右側の「サービス管理」は、サービスが契約者に正しく提供されるようにする機能です。サービス管理はNetcoolなどのTivoli(チボリ)製品などからなります。
左にあるサービス作成環境ですが、IBMが開発(1999年から)し、後にソースをオープンソース・コミュニティに寄贈(2001年)して、Eclipse(エクリプス)プロジェクトという名称で引き続き開発が行われているようになったツール群(WebSphereファミリー)とRational(ラショナル)ブランドの製品から成ります。
■図6には、「サービス統合(Service Integration)」というのがもう1個ありますね。
星野 それもWebSphereの中に位置づけられるものです。具体的に言うと、Webサービスを連携するロジックを記述する標準言語として、BPEL(※1)というのがあるのですが、BPELで書かれた処理(サービス・コレオグラフィ)を実行する環境を指します。その他、図6のオレンジ以外のところは、実はIBMがソフトウェア製品として提供しているものではなく、パートナーあるいはアライアンスを組んだ企業の製品です。
■わかりました。
※1 用語解説
BPEL:Business Process Execution Language for Web Services、ビジネス・プロセスを構築する場合に、Webサービスをどのように組み合わせて実現するかなどを定義するXMLベースのビジネス・プロセス記述言語)。
≪2≫ESBを核にした「テレコムWebサービス・サーバ(TWSS)」
星野 図7は、先ほど申し上げた、図6のWebSphereの中の「テレコムWebサービス」サーバ(TWSS:WebSphere Telecom Web Service Server )をもう少し詳しくしたものです。このTWSSはESB(Enterprise Service Bus、エンタープライズ・サービス・バス)を含んでおり、TWSSはParlay/X APIで受けた処理要求を、サービス・イネーブラと連携することによって実行し、結果を返します。
■ESBが心臓部なのですね。
星野 図7に示すように、TWSSのテレコムWebサービス・アクセス・ゲートウェイに、NGNの外部からParlay X APIを使った要求が入ってきた場合、ESBを経由してサービス・イネーブラを連携しますが、外部の企業からきた要求については、端末からの要求とは異なる認証処理とアクセス許可処理が必要であり、これらの機能がESBを介して呼ばれるのです。
■図7の左下のこのクライアント・アプリケーションのクライアントというのは、通信事業者が提供するサービスを利用する企業のことなのですね。
星野 そうです。したがって、図7の赤いParlay X Webサービスから右側が通信事業者(キャリア)側ということになります。
≪3≫スイスコム・モバイル(Swisscom Mobile)のSDPの構築例
■IBMのSDPを導入した事例を紹介していただけますか。
星野 事例を紹介する前に、IBMの構築したシステムの実証実験の方法を簡単に紹介しておきます。多くのISV(独立系ソフトウェア・ベンダ)や、キャリア(通信事業者)は、構築したシステムを実装する前に必ずPoC(Proof of Concept(システムの実証試験))を行います。例えば、ソフトをポーティング(移植)したとき、きちんとプラットフォームのハードウェア上で動くのかどうか検証する必要があるのです。IBMは、そのためのファシリティ(IBMでは、TSL(Telecom Solution Laboratory、テレコム・ソリューション・ラボ)と言っている)を全世界の何カ所か設けています。
図8は、スイスコム・モバイル(Swisscom Mobile。スイスの携帯電話会社)向けのIMSベースの新しいネットワーク(NGN)のSDP(サービス提供基盤)を構築した例です。この時、欧州の南仏のモンペリエという都市にある、IBMのTSLで、サービス開始前に実際にお客様に検証していただきました。そこでは、新しいサービスやアプリケーションが、こんなに早く開発でき、サービスできるのか、という高い評価を得ることができました。
■どれぐらい短縮できたのですか。
星野 通常90日間ぐらい通常かかるのが、5分の1の10数日程度でできました。もちろん、SDPの各コンポーネントが用意されていたことと、ロジックをツールで組んだことによるのですが。この実証実験では、7つぐらいのアプリケーション・シナリオを試し、大きな成功を収めました。
≪4≫セカンドライフ上でNGNの実証実験を実現
■そのほかに、何か新しい取り組みはありませんか?
星野 今年もいくつか取り組んでいますが、新しいシステム・モデルを追求しようと言うことで、Web2.0をどのように通信事業者が活用できるのか、あるいは通信ビジネスに活用できるのかということで、新たなトライをしています。Web2.0というと、SNSからユーチューブ(YouTube)のようなものまでいろいろありますが、現在、IBMではセカンドライフ(Second Life)による、リアル・ワールドとバーチャル・ワールドの間のコミュニケーションを中心に取り組んでいます。
IBMは、既に米国リンデンラボ(Linden Lab)のセカンドライフを利用しており、また、セカンドライフのインフラの構築にも取り組んでいます。ご存知のように、セカンドライフは、米国リンデンラボ(Linden Lab)が2003年からが公開し、運営している3次元グラフィックスによるインターネット上の仮想世界です。アバター(自分の分身)を使って、仮想通貨で買い物などもできる空間です。
セカンドライフは、現在、急激に立ち上がってきていて全世界で700万ユーザー以上になっています。このセカンドライフのサーバ構築にIBMも参加しており、オープンソースのテクノロジーを使い、グリッド化しています。グリッドとは、地域的に散在する複数のコンピュータ(サーバ)をネットワークで接続し、仮想的に高性能なコンピュータ環境を作り、ユーザーが必要な処理能力を使えるようにしたコンピュータ・システムのことです。
そのセカンドライフにログオンしてきた人が、実際にバーチャルでチャットしたり、インスタント・メッセージでやりとりしたりしているときに、例えばリアルの人と会話したいというケースがあります。あるいはログオンしていない人と会話したいということもあります。そういう場合、IBMのTSL(テレコム・ソリューション・ラボ)のSDP(サービス提供基盤)を経由して、リアル・ネットワークにコール(呼び出し)できるのです。
■リアルとバーチャルのコラボレーションですね。
星野 ええ。ですから、バーチャルの世界にいるアバターが何かをやると、リアルの世界とも接続できる形態になっていて、そこでリアルの世界と通信しているカメラの映像が、セカンドライフ内にある壁の映像装置(スクリーン)に表示され、会話ができるのです。セカンドライフを利用したビジネス・モデルは、現在、いろいろ考えられて実験が進められているところです。従来のバーチャルの世界では、アバター同士、あるいはログオンした人同士でしかチャットなどはできなかったのですが、それをリアルの世界とつなぐことによって、キャリアやサービス・プロバイダにとって、新たな収益源になる可能性があります。
また、先ほど申し上げたスイスコム・モバイル(Swisscom Mobile)のNGNに関するTSLでの実証実験の内容をセカンドライフ上で実現し、通信事業者様に見ていだたくこともできるわけです。そうすると南仏のモンペリエまで行かなくても、セカンドライフ上でデモをお見せすることができるのです。実は、そういうことをTSLでやっているのです。このようなことも含めて、セカンドライフのビジネスへの適用は、広がりが出てきています。
■なるほど。それは新しいプレゼンテーションの方法ですね。そのほかに、TSLが活躍しているところはあるのでしょうか。
星野 IBMのTSLは、実は欧州以外に米国のテキサス州オースチンにありまして、ここのTSLでは、お客様のIPTVのプロジェクトに取り組み、IPTVのSDPのPOC(システムの実証試験)に取り組みました。
米国では、キャリアがケーブル・テレビ(CATV)会社との対抗上、非常に力を入れて、IPTVに取り組んでいます。ケーブル・テレビ(CATV)会社がかなり映像サービスを強化してきていますので、それに対抗した形でキャリア側もIPTVサービスの提供に意欲を燃やしているのです。この辺は、著作権問題など法律の制約の多い日本とかなり事情が違っています。
≪5≫これからがIBMの出番!
■ありがとうございました。今後の、IBMの日本での展開はいかがでしょうか。
星野 IBMとしては、NGNに関してすでに、グローバルな経験はかなり豊富にもっていますし、いろいろなプロジェクトの経験もあります。それから製品面でも、かなり投資してきていて、ソフトウェアやハードウェアに関してもかなり製品を揃えています。日本においても、この分野でインテグレーション・ベンダなどとパートナーシップを組んで、さらにビジネスを展開していきたいと思っています。
■IBMとしては、NTTが具体的に商用サービスを開始する来年(2008年)3月以降頃からが本格的なビジネス展開に入るということですね。
星野 そうですね。NGNのビジネス・エリアは、非常に広いところがあります。まずは、NGNの下位の物理的なネットワークの部分をしっかりと構築して、それから、徐々に上位のアプリケーションへと展開していくと思います。現在は、下位を固めているフェーズだと思っています。IBMの本格的な出番はこれからで、NGNの展開が上位に行けば行くほど、お手伝いできる領域は増えるのでは思っています。
■これからIBMのもっているITの資産が、NGNに生きるということでもありますね。
星野 そうです。上位のアプリケーションの世界でも、特にWeb系や企業系のところがやはりIBMとしては強いエリアなのでこの分野では、いろいろな形で活用いただけるのではないかと思っています。
■お忙しいところ、ありがとうございました。
(終わり)
プロフィール
星野 裕(ほしの ゆたか)
現職:日本アイ・ビー・エム株式会社 理事 先進システム事業部長
1981年 東京工業大学大学院修士課程終了
同年、日本アイ・ビー・エム(株)入社
1996年 プロセス・インダストリー・マーケティング・マネジャー
1997年 ERPソリューションセンター・マネジャー
1999年 エンタープライズ・サーバ製品事業部長
2001年 同理事
2003年 理事- サービスオペレーション・ディレクター
2005年 理事- NGN推進担当
2006年 理事- 先進システム事業部長
現在、NGNを含む先進システムの推進を担当