東北大学多元物質科学研究所の西原洋知准教授、京谷隆教授、大阪大学産業科学研究所の松本健俊准教授、小林光教授らの研究グループは2017年2月21日、現在産業廃棄物となっている「シリコン切粉」を利用して高性能リチウムイオン蓄電池の負極材料を開発したと発表した。研究が進めば、現在のリチウムイオン蓄電池よりも体積あたりの蓄電容量が大きく、充放電の繰り返しに強い長寿命なものが実用のものになる可能性がある。
リチウムイオン蓄電池はリチウムを貯める正極と負極を内蔵している。充電すると負極にリチウムが貯まり、放電時にはリチウムが負極から正極に移動する。正極と負極のリチウムを貯める性能を上げれば、同じ体積、重量の電池でも、より多くの電力を貯めることができる。現在のリチウムイオン蓄電池では、正極の材料にリチウム遷移金属酸化物を、負極の材料には黒鉛を使用している。
負極の材料を黒鉛からシリコン(Si)に換えることで、蓄電容量を大きく上げることができると分かっているが、実現には障害がある。Siは充電すると体積が4倍ほど膨張してしまい、周囲の構造を破壊してしまうのだ。
この現象を避ける方法として、Si粒子の周囲に空間を作り、充電して膨張しても周囲に影響を与えないようにするという方法がある。Siを含有するガスを炭素に接触させてSiナノ粒子を作る化学気相堆積(Chemical Vapor Deposition:CVD)や、Siナノ粒子の外側に鋳型を配置し、その状態で炭素でコーティングし、鋳型を外すことでSiナノ粒子の周囲に空間を作る「鋳型法」、二酸化ケイ素(SiO2)の周囲を炭素で包み、その後にSiO2を還元させて、体積が小さいSiナノ粒子を作り、その周囲に空間を確保する方法などがあるが、どの方法も製造コストが高く付くので実用化は考えられなかった。
図 Siを使用した負極の破壊を防ぐ方法として、Siナノ粒子の周囲に空間を作る方法があるが、製造コストが高く付く
出所 東北大学
もう1つ、注目を集めている方法として、充放電の過程でSiを自発的に劣化しにくい構造に変化させるという方法がある。充放電によって膨張/収縮を繰り返す物質としてSiのほかにゲルマニウム(Ge)や二酸化スズ(SnO2)などが挙げられるが、これらの物質を単なる粒子で使用すると、充放電を繰り返すうちに劣化して凝集する。
そこで、これらの物質を粒子ではなく微細なワイヤー(ナノワイヤー)や、微細な薄片(ナノフレーク)の形にして使用すると、充放電を繰り返すうちにSiが自発的に細かい孔が多く開いている形状(多孔質)に変化する。ナノ粒子を数珠のように連結した構造体を使っても同じ現象が発生する。この構造は紙をいい加減に丸めたような形であることから、「シワ状構造」と呼ぶ。
シワ状構造になると、抵抗値が低くなり、Siの周囲に空間ができるので劣化しにくい。これまで、シワ状構造のSi負極を作ろうという試みはあったが、CVDなど製造に高いコストがかかる方法でしか作れなかったので、実用化は難しかった。
今回の研究では、Siでシワ状構造を作るために「Si切粉」に注目した。Si切粉は、半導体や太陽電池で使用するSiウエハーを製造する際に発生するSiの削り屑だ。SiウエハーはSi単結晶の塊(インゴット)を薄くスライスすることで製造するが、スライスする工程で、Siインゴットのうちおよそ半分が削り屑、つまりSi切粉となっている。Siインゴットを作るには高温の炉で原料を溶かすなど、多くのエネルギーを消費しているにも関わらず、作ったインゴットの半分ほどがムダになっているのだ。現在、Si切粉は産業廃棄物となっている。
研究グループは、Si切粉の粉砕方法を工夫して、厚さ約16nmのナノフレーク状に成形した。これをリチウムイオン蓄電池の負極として使用したところ、充放電によってシワ状構造に変化することを確認した。粉砕によって得た粒子を使ってシワ状構造を発現させたのは世界初のことだという。
図 シワ状構造になったSiの顕微鏡写真
出所 東北大学
さらに、シワ状構造のSiと炭素を複合させ、電極調整の方法を工夫した結果、黒鉛を負極として使うリチウムイオン蓄電池よりも高い性能を発揮することを確認した。800回の充放電を繰り返した後でも、蓄電容量は1200mAh/gと高い値を維持した。これは、黒鉛を使用したリチウムイオン蓄電池と比べるとおよそ3.3倍の値になるという。
研究チームによると、全世界でのSi切粉の発生量は、全世界のリチウムイオン蓄電池の需要に応えてもまだ余るほどであり、負極材料として「まさに理想的な資源」としている。Si切粉を粉砕してナノフレークを作る方法にも、炭素と組み合わせて負極を作る方法にも、簡便な方法を使っているので、今後のリチウムイオン蓄電池への応用が期待できるとしている。