[スペシャルインタビュー]

ウィルコムの次世代PHS(XGP)戦略を聞く(1):ウィルコムの次世代PHS(XGP)とは?

2008/09/26
(金)
SmartGridニューズレター編集部

≪4≫「周波数の容量」とは何か?

■ 周波数の容量の考え方について、もう少しわかりやすく説明していただけますか。

近 義起氏(ウィルコム 取締役 執行役員 副社長)
近 義起氏
(ウィルコム 取締役
執行役員 副社長)

 それでは、あるパーティに行ったとしましょう。パーティ会場は騒がしいですから、誰かとおしゃべりをしようとすると、皆さんお互いに近づいて話すようにされると思います。みんなが近づいてしゃべると周りはガヤガヤしていますけれども、なんとか会話ができるのですね。すなわち、みんなが近づいて小声でしゃべるとたくさんの人が同時にしゃべれるのです。しかし、芋を洗うような混雑の中でお互いに10メートルぐらい離れて会話しろ言われたら、みんなが大声出して話してしまい、もう誰の声も聞き取れない状態となりますね。

電波というのも、このような音声に似ていて、みんなで空間を共有していますから、同時に多数の通信をしようと思うと、出来る限り基地局のセルサイズを小さくして、電波出力を低く抑えるしかない。

ですから、無線通信で「容量」というのは実際はユーザーの収容数(接続数)と言ったほうがいいいいのですね。お客さんがお互いに話し合える状態で収容数を高めるには、セルの半径を縮めていくのが一番簡単で、わかりやすいのです。もう1つは、電波の利用効率を上げていくことです。すなわち、電波の1Hz(ヘルツ)に何ビットの情報を乗せて通信するか、ということです。その2つしかないのです。

■ この図3というのはそのことを示しているわけですね。

 そうです。セル半径を小さくする、例えばセル半径を半分にするとセルの面積は4分の1になりますから、簡単に言えば4倍の人が話せる状態になるのです。マイクロ・セル(PHS)では、大容量を実現していると我々がよく申し上げているのは、半径がマクロ・セルの10分の1以下ですから、マイクロ・セルのセル面積は100分の1となります。したがって、100倍の人数が話せるのです。これは、一番わかりやすいお客さんの収容能力を上げる方法です。それで、私たち(PHSでは)はマイクロ・セル、マイクロ・セルと言っているのですね。

一方、1Hz(ヘルツ)に何ビット情報を詰め込めるかということですが、このビット/1Hzを増やすことももちろん容量を増やすことにつながります。これは、前述した図4に示すシャノンの定理〔C=W×log2(1+S/N)〕によって、スループット(通信回線の実効速度:図4のC)は使用する周波数の帯域幅(Bandwidth:W)と、S/N(Signal to Noise Ratio、信号対雑音比)で決まるのです。

スループット(C)ついては、無線ネットワークのアクセス方式(多元接続方式とも言う)に関して、例えば、TDMA(時分割多元接続)よりもCDMA(符号分割多元接続)のほうが少しよいとか、また、CDMAよりOFDMのほうがもう少しよいとか言われます。あるいは、AMC(Adaptive Modulation and Coding、適応変調・符号化。電波の状況に応じて変調方式や符号化率を適応的に切り替える方式)とか、電波の干渉を防止するために考え出されたアダプティブ・アレイ・アンテナとか、MIMO(送信側と受信側で複数のアンテナを使用し、伝送容量を増大させるアンテナ関連技術)など、いろいろなテクノロジーが考えられています。中でも、CDMA2000系のEVDO(Evolutional Data Optimized、高速データ通信規格)が登場してきたときに、一番、大きなインパクトを受けました。

■ なぜでしょうか。

 このEVDOは、いわゆるベストエフォート型のテクノロジーを取り入れ、周波数の利用効率を従来の5倍ぐらいに向上させたと言われています。そのほかの、アダプティブ・アレイ・アンテナを使用するとか、S/Nを改善するとしても、せいぜい2倍程度のスループットの改善なのです。

このような少ない、限られた周波数帯域しかない状況の中で、EVDOの周波数の利用効率の向上は、目を見張るものがありましたが、これ以上の改善となるとそろそろ限界に近づいているのかな?と言う感じを受けます。

≪5≫なぜマイクロ・セル方式がよいのか

■ 周波数帯域は有限ですからね。

 その通りです。例えば、FDD方式の場合は2GHz帯に20MHz幅のペア・バンド(上り20MHz、20下り20MHzの対のバンド)が割り当てられていますが、これを仮に100倍の帯域を確保しようとすると、2GHz帯に2GHz幅(=20MHz幅×100倍)といったら2GHz以下の帯域全部となってしまいますから、これは不可能です。したがって、周波数帯域幅(W)を確保することには限度があります

そこで、1,000倍のスループットを実現するには、先ほど申し上げたようにもはやマイクロ・セル化しか道はないのです。

■ しかし、多くの通信事業者は、マクロ・セル方式を採用していますね。

 はい。このことは、みなさんご存じなのです。ご存じなんですけれども、だれもそんなことを言い出しません。なぜならば、これをやる(マイクロ・セル化する)にはとても時間がかかるのです。今やモバイルのための基地局をつくる(アンテナなどを立てる場所を確保する)には、マンションの住人の方々と交渉しなくてはなりません。しかし、マンションへ交渉に行きますと、マンションには理事会がありそこの承諾が必要になります。ところが住人の多くはサラリーマンですから、理事会は毎日開かれるわけではないのです。また、開かれたとしても賛成の方々ばかりとは限りません。例えば、電波の人体への影響を気にされる方、あるいは美観上の問題とか、いろいろございまして、ご理解いただくのに大変時間がかかるのです。このようなこともあり、基地局を立てさせていただくにこと関しては昔よりもさらに丁寧な説明も必要になりましたし、時間がかかります。ですから基地局は、急にはできないのです。

もう1つは、ものすごくセルを小さくするには、干渉問題等、技術的な課題が多いことから非常に難しいのです。ですから図5のような、縦軸にモビリティ、横軸に伝送速度をとったバン・ダイヤグラム(バン・タイプの車の形に似ていることに由来)がつくられたのです。1つの無線通信システムでは「容量」と「伝送速度」とモバイル・モビリティを一気に同時に出すことはできないということを暗に認めて、複数のシステムを融合して利用することが必要であると明確に表現されています。ただ、ネガティブに表現するといけませんから、これからは「コンバージェンス(融合)の時代です」という表現になるのです。FMCもそういう背景からきているのです。もし本当に4G(第4世代)が実効速度で100Mbpsのサービスを提供し、モビリティもあり、値段も今の光ファイバ(FTTH)よりも安いのでしたら、だれも光ファイバなど必要としません。

■ そうですね。

 しかし、実態は違うのです。マクロ・セルによる電波は、あまりにも容量がなくて込み合っていますから、トップスピード(最大伝送速度)というのはめったに出ないです。今の3.5G(HSDPA)で最高速度が7.2Mbpsが出ると言われていますが、実際の利用環境で7.2Mbpsが出たというのを見たという人は多分地球上に1人もいないと思います。

実態は、やはり数Mbps出るか出ないかというところなのです。なぜなら、シャノンの定理で規定されているからです。


図5 システムの統合とFMC(近氏の資料を編集部にて翻訳)(クリックで拡大)


――つづく――


プロフィール

(株)ウィルコム 取締役 執行役員 副社長

近 義起(ちか よしおき)

現職:株式会社ウィルコム 取締役 執行役員 副社長

【略 歴】
1985(昭和60)年 3 月 茨城大学 理学部(物理学科) 卒業
1985(昭和60)年 4 月 第二電電株式会社(現KDDI 株式会社) 入社
1994(平成 6)年 8 月 株式会社DDI ポケット企画に出向
2000(平成12)年 10 月 DDI ポケット株式会社 技術企画部長
2002(平成14)年 6 月 同社 取締役技術本部長
2003(平成15)年 11 月 同社 取締役プロダクト統括本部長兼技術本部長
2004(平成16)年 10 月 同社 執行役員プロダクト統括本部長兼技術本部長
2005(平成17)年 2 月 社名変更により株式会社ウィルコム執行役員プロダクト統括本部長兼技術本部長
2005(平成17)年 11 月 同社 執行役員
2006(平成18)年 10 月 同社 執行役員副社長
2007(平成19)年 6 月 同社 取締役 執行役員副社長
現在に至る

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