第91回のMPEG京都会合(2010年1月に開催、第1回目レポートを参照)に続き、第92回は2010年4月19日から23日まで(第1回となるJCT-VCの会合は、4月15日から23日まで)、ドレスデン(ドイツ)にて開催され、第93回は2010年7月26日から30日まで(JCT-VCは、7月21日から28日まで)、ジュネーブ(スイス)において開催された。
ドレスデン会合(第92回)は、アイスランド南部で発生した火山噴火の影響により飛行機の欠航が相次ぎ、多くの専門家が会合を欠席する事態になった。幸い、JCT-VCにおけるH.264/AVC後継規格の審議に大きな影響を及ぼすことはなかった。
■JCT-VCの初会合が開催:新標準の名称は「HEVC」
MPEG(ISO/IEC:Moving Picture Experts Group)は、第91回MPEG京都会合において、H.264/AVCの後継規格となる新標準の提案募集(CfP:Call for Proposals)をVCEG(ITU-T:Video Coding Experts Group)と共同で発行した。また、JVT(Joint Video Team、共同ビデオ部会)に代わる新たな共同作業部会として、JCT-VC(Joint Collaborative Team on Video Coding、共同研究部会)が設立された。
京都会合では一部未定であったJCT-VCの議長に、VCEGの代表としてゲイリー・サリバン(Gary Sullivan)氏が就任し、すでにMPEGの代表として就任しているジェンズ・ライナー・オーム(Jens-Rainer Ohm)氏を含めた2名の議長によりJCT-VCは運営されている。ドレスデン会合は、JCT-VCの初めての会合となった。
これまでH.265/HVCと呼んでいた新標準の名称は、ドレスデン会合において議論され、HVC(High Performance Video Coding)を含む複数の名称案が候補にあがったが、最終的にHEVC(High Efficiency Video Coding、高効率動画像圧縮符号化)という名称に決定した。
■提案方式の主観評価実験が完了
MPEG京都会合(第91回)で発行したHEVC(H.265/HVC)の提案募集に対して、数多くの団体から新しい動画像符号化方式が提案された。各方式の符号化性能を比較するために主観評価実験が行われ、ドレスデン会合において、専門家による実験結果の検証が実施された。
主観評価実験では、最終的に27件の提案方式が受理された。これらに2種類のアンカー(H.264/AVC High Profile を含む複数の符号化条件が設定されたエンコーダ)が加えられ、全体としては29件の符号化方式について主観評価実験が行われた。
テスト映像の画像解像度(4クラス、最大5シーケンス)、符号化条件(2種類)およびビットレート(5種類)の組み合わせを、全29件の提案方式に適用するため、HEVCの主観評価実験は極めて大規模なものとなった。これは、過去にMPEGで行われた最大規模の実験と比較して、約4倍以上の時間を要する実験であると報告されている。
〔1〕主観評価実験から得られた結論
主観評価実験の具体的な内容および結果の詳細は、ドレスデン会合の出力文書(JCTVC-A204)に記載されている。主観評価実験の結果から、次のような結論が得られたと報告されている。
(1)多くの提案方式が、アンカーの符号化性能を上回っている。
(2)各テスト項目で最もよい符号化性能を示した提案方式は、アンカーと比較して、同じMOS(Mean Opinion Score、主観評価の評点の平均値)を示すビットレートがおおよそ半分である(これは、同じ映像品質を実現するために必要な情報量が、アンカーの半分で表現できることを意味する)。
(3)すべての提案方式が、伝統的なハイブリッドエンコーダの構造をもっていた。
(4)実験に用いた提案方式は、HEVCを標準化するために、議論の起点として利用可能である。
以上の報告を踏まえて、ドレスデン会合では、各符号化方式の提案者から方式の内容について説明があり、また、主観評価実験の結論についてもレビューされた。その結果、HEVCの審議を進めるための多くの手掛りが明らかになった。
〔2〕HEVC審議のための主要項目
主要な項目は以下のとおり。詳細な内容は、出力文書(JCTVC-A200)に記されている。
(1)AVCのアンカーに対して、符号化効率の相当な改善が明示された。
(2)既存の動画像符号化方式の基本構成(表1を参照)を大きく変えずに、相当な効率改善が実現できる。
(3)ブロックサイズの自由度の高い変更は、主要な論点である。
(4)改善された動き補間フィルタとループ内フィルタが、新しい設計の要素になる可能性がある。
(5)並列処理の重要性が高まっている。また、CABAC(Context-based Adaptive Binary Arithmetric Coding、周囲の情報に合せて適応的に行う算術符号化)よりも並列処理に適した新しいエントロピー符号化が採用される可能性がある。
(6)低負荷であっても、品質改善が可能であることが示された。
(7)復号器における洗練された推定アルゴリズムの有効性が示された。ただし、複雑性と効率のトレードオフが重要である。
内容 | 説明 |
---|---|
Block-based | 複数の画素で構成されるブロックを単位とした処理 |
Variable block sizes | 可変なブロックサイズの利用 |
Block motion compensation | ブロック単位の動き補償 |
Fractional-pel motion vectors | 小数画素精度の動きベクトル検出 |
Spatial intra prediction | 画面内予測(空間的冗長度の削減) |
Spatial transform of residual difference | (画像から予測信号を引いて生じる)残差信号の変換処理 |
Integer-based transform designs | 整数精度で行う変換の設計 |
Arithmetric or VLC-based entropy coding | 算術符号化/可変長符号化 |
In-loop filtering to form final decoded picture | 符号化ノイズが低減した復号画像を得るためのループ内フィルタ |
■検討中テストモデル(TMuC)の作成を開始
主観評価実験のレビューを踏まえ、JCT-VCは、公式のTM(Test Model、テストモデル)を作成するための準備段階として、TMuC(Test Model under Consideration、検討中テストモデル)の作成を開始した。
このTMuCは、主観評価実験で非常に高い性能を示した7件の提案方式を主軸としている。これらの方式が採用する符号化ツールは、同様のものが他の多くの提案方式においても採用されている。そのため、いくつかの技術領域において個別に符号化ツールを評価し、符号化ツールの有効性を検証することになった。TMuCの解説文書は、ドレスデン会合で最初のドラフトが作成され、続くジュネーブ会合後も継続して加筆修正が行われた。
最終的に、公式のテストモデルに組み込む符号化ツールは、TMuCにおいて十分に評価と検証を行うことが前提とされている。この点は、ジュネーブ会合において再確認されている。なお、JCT-VCにおいてHEVCの標準化のために作成されるソースコードは、比較的制約が少ないBSDライセンス下で公開されることが望ましいと、ジュネーブ会合において議長案が提出されている。
■ツール実験の設定と実施
各符号化ツールの有効性を評価するために、TE(Tool Experiments、符号化ツール実験)と呼ばれる実験が定められた。TEは、複数の技術領域に分類されて独立に検討が行われている。その一方で独立的な検討に加え、TE12(JCTVC-B312に対応)ではすべての符号化ツールを組み合せた統合的な実験も定義されている。表2に検討中の技術領域を示す。表中の文書番号は、ジュネーブ会合の出力文書に対応している。TEは、ドレスデン会合では4種類の領域(JCTVC-B301〜B304)が定義されていたが、ジュネーブ会合において拡張され、12項目が実験対象となっている。
文書番号 | 技術領域(符号化ツール) | 説明 |
---|---|---|
JCTVC-B301 | Decoder-Side Motion Vector Derivation | (一部の)動きベクトルを符号化せずに復号器側で導出する技術 |
JCTVC-B302 | IBDI and memory compression | 内部処理の演算精度を高め演算誤差を低減させる技術(Internal Bit Depth Increase)と効率的なメモリの利用技術 |
JCTVC-B303 | Inter Prediction | より効果的な画面間予測と幾何的なブロック分割技術 |
JCTVC-B304 | Variable Length Coding | 可変長符号化の改良 |
JCTVC-B305 | Simplification of Unified Intra Prediction | 新たに提案された画面内予測手法の統一と簡略化 |
JCTVC-B306 | Intra Prediction Improvement | 新しい空間予測および複数手法の組み合わせによる画面内予測の効率改善 |
JCTVC-B307 | MDDT Simplification | 事前に定義したパターンを利用する方向性変換技術(Mode-Dependent Directional Transforms)の簡略化 |
JCTVC-B308 | Parallel entropy coding | エントロピー符号化の並列化処理 |
JCTVC-B309 | Large Block Structure | 符号化に用いるブロックサイズや変換ブロックサイズなどの最適な大きさと組み合わせの導出 |
JCTVC-B310 | In-loop filtering | デブロッキングフィルタなどのループ内フィルタの改良 |
JCTVC-B311 | Motion Vector Coding | 新たに提案された動きベクトル符号化手法の比較と統一 |
JCTVC-B312 | Evaluation of TMuC Tools | HEVCに提案された各符号化ツールの統合的な評価 |
なお、JCT-VC には、TMuCソフトウェアメンテナンスのためのAHG(Ad-Hoc Group、個別の具体的な検討課題について有志の組織が集り構成されたグループ)を含めて、10のAHGが設立されている。TMuCは、広州(中国)で開催予定の次回会合(2010年10月11日から15日)までに、すべての符号化ツールについて統合的に実験可能な状態にすること、また各TEについても同様に、次会合に合わせて評価実験を終えるようにスケジュールされている。次会合以降、HEVCの符号化効率改善に寄与する具体的なツールが明らかにされると考えられる。
■その他の審議中の項目
〔1〕高解像度テストシーケンスの提供について
京都会合において、NHKから8K映像(水平解像度7680画素×垂直解像度4320本)の提供が提案されている。当初は使用許諾条件についての制約が強く、テストシーケンスとしての採用が見送られていたが、ドレスデン会合では条件が緩和されたため、JCT-VCのテストシーケンスとして採用されることになった。具体的な使用許諾条件やシーケンスの内容については、入力文書(JCTVC-A023)に示されている。
また、ジュネーブ会合では、Testvid(主に映像関連の技術者向けにテスト シーケンスを製作している団体、http://www.testvid.com/)より新たなテストシーケンスの提供の申し出があり、今後、どのシーケンスを利用するかなど、具体的に検討することになった。
〔2〕HTTP ストリーミング
ドレスデン会合では、HTTPを利用したビデオストリームの伝送を実現するための標準について、提案募集(Call For Proposals on HTTP Streaming of MPEG Media)が発行された。これに対して複数の方式提案があり、ジュネーブ会合において、WD(Working Draft、作業草案)が作成された。標準の名称は、DASH〔ISO/IEC 23001-6 Dynamic Adaptive Streaming over HTTP (DASH) 〕である。
〔3〕MMT(MPEGメディア転送プロトコル)
ジュネーブ会合において、提案募集〔Call for Proposals on MPEG Media Transport (MMT)〕が作成された。MMT(MPEG Media Transport)は、HTTP ストリーミングで主に実現されるプログレッシブダウンロード以外の、より広範囲な技術を標準化対象としている。
〔4〕3DV(3次元映像)
3次元映像(3DV:3Dimension Video)の符号化に関する標準化では、FTV(Free-viewpoint TV、自由視点映像)を実現するための複数の調査実験が、京都会合から引き続き行われている。これら実験の詳細について、報告文書が一般に公開される予定であったが、公開の延期が決定された。これは、今後発行を予定している提案募集と内容の差異が生じないようにするためである。ただし、ジュネーブ会合において、提案募集の発行時期は白紙に戻されている。
〔5〕ロイヤリティ・フリー・コーデック
RFCodec(Royal Free Codec、ロイヤリティ・フリー・コーデック。特許料無料コーデック)に関する議論では、インターネット上のビデオ配信での用途において強い要望が出されている。その一方で、標準化組織としては特許料が生じないことを完全に保証することが困難であることや、特許に関連して生じる諸問題に対して責任をもつことはできないという現実的な問題がある。そのため、統一的な結論を得にくい状況にあった。そこで、標準化プロセスに入るために必要な5カ国のサポートが得られなければ、議論を終えることを示したうえで、各NB(National Body、国ごとに構成される専門家集団)からのコメントを募集することをドレスデン会合において決定した。そして、続くジュネーブ会合において、最終的に5カ国のサポートが得られたため、Option-1 Licensing Video Codecとして新しい標準の議論を継続することになった。第95回MPEG会合においてNew work item(新たに審議を開始する標準)として承認されることを目標としている。
■標準化スケジュール
審議中の項目についての今後のスケジュールは、それぞれ次のとおりである。
〔1〕HEVC
引き続き、2012年の標準発行を目標としたスケジュールである(表3)。
標準化段階 | 時期 |
---|---|
WD | 2011年1月 |
CD | 2011年7月 |
FCD | 2012年1月 |
FDIS | 2012年7月 |
〔2〕HTTP Streaming
ジュネーブ会合で作業草案(WD)を発行し、次会合での委員会草案(CD)発行を目指す(表4)。
標準化段階 | 時期 |
---|---|
CD | 2010年10月 |
FCD | 2011年1月 |
FDIS | 2011年7月 |
〔3〕MMT
MMTは、表5に示すスケジュールで標準化することを目指す。ドレスデン会合では、WD発行を2010年10月としていたが、ジュネーブ会合において2011年1月に延期している。
標準化段階 | 時期 |
---|---|
方式の評価 | 2011年1月 |
WD | 2011年1月 |
CD | 2011年7月 |
FCD | 2012年1月 |
FDIS | 2012年10月 |
≪用語≫
CD:Committe Draft、委員会草案
WD:Working Draft、作業草案
FCD:Final CD、最終委員会草案
FDIS:Final Draft International Standard、国際標準の最終草案
* * * *
本レポートでは、JCT-VCにおいて標準化作業が開始されたHEVCの審議状況について述べた。数多くの提案方式で示された新しい符号化ツール群が、TMuCという共通のモデルに集約されつつある。今後、公式のテストモデルが作成されることで、HEVCが更なる性能改善を実現し、H.264/AVCを超える動画像符号化標準として確立されることが期待される。
≪参考サイト≫
「JCT-VC の文書リポジトリ」http://wftp3.itu.int/av-arch/jctvc-site/
バックナンバー
<MPEG標準動向レポート>
第1回:H.264/AVCの後継規格「H.265/HVC」を標準化へ
=MPEG京都会合:2012年7月の完了目指して審議を開始=
第2回:H.264/AVCの後継規格の新標準名は「HEVC」に
=主観評価実験を完了し具体的な符号化ツールの選定段階へ=
プロフィール
石川 孝明(いしかわ たかあき)氏
現職:
早稲田大学国際情報通信研究センター客員研究員
【略歴】
2003年、早稲田大学理工学部電子・情報通信学科卒業。2005年、同大学院国際情報通信研究科修士課程修了。同年、同大学院博士後期課程入学。2007年、同大学国際情報通信研究センター助手、現在に至る。
主に、画像符号化に関する研究に従事。現在は、ネットワーク親和性を有する画像符号化技術の研究に従事。IEEE、情報処理学会、電子情報通信学会、画像電子学会、信号処理学会各会員。ISO/IEC JTC1/SC29 WG11 Video小委員会およびWG1小委員会各委員。
連絡先:takaxp@ieee.org
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