シスコIoTアーキテクチャからIoEの展開
〔1〕IoTインキュベーションラボ
シスコシステムズ(以下、シスコ)注1は、未来のインターネットの姿をIoT(Internet of Things)としてとらえ、IoTの実現に向けたアーキテクチャの研究開発に取り組んできた。具体的には、これまで新しいビジネスを創出するインターネットアーキテクチャの発展に向けて、図1に示すように、クラウドコンピューティング、モバイルコンピューティングを推進してきたが、このたびさらに新たなコンセプトである「フォグコンピューティング」(Fog Computing)への取り組みを加えて体系的に整理した「シスコIoTアーキテクチャ」を発表(後出の図5参照)。同時に、日本に世界初のIoTインキュベーションラボを開設した注2。
図1 IoTに向かって進化発展してきたインターネット
〔出所 シスコシステムズ〕
詳しくは後述するが、新しい「フォグコンピューティング」とは、現在、集中的な処理を行っているクラウドコンピューティングに、分散処理機能を与えて、トータルなネットワーク処理機能を拡張させるコンセプトである。
また、IoTインキュベーションラボとは、図2に示すような活動範囲(スコープ)をもって、企業や学術研究機関、政府、標準機関などと連携・コラボレーションを図りながら、IoTに関する技術調査や先進的なIoTソリューションの開発、その具体化に取り組んでいく戦略的な組織であり、当初10人編成で活動を開始した。
図2 シスコIoTインキュベーションラボの活動範囲(スコープ)
〔出所 シスコシステムズ〕
〔2〕インターネットですべてをつなぐIoEへ
さらに、物理的に存在しながら世界中の99%のモノがいまだにインターネットに接続されていない現状を分析し、シスコが全世界に向けて発表した、マーケティングキャンペーン「Internet of Everything─インターネットですべてをつなぐ」(IoE)を日本でも展開すると発表した(2012年12月)注3。
これによって、これまで結び付きのなかった「人」「プロセス」「データ」「モノ」がすべてつながるインターネットの新しい変革を推進し、新しいビジネスを展開していくことになった。
〔3〕シスコが目指す新しい3分野の市場
具体的には、シスコが過去5〜6年間、研究開発をしてきたバックグラウンドも含め、新しい市場として主に次の3つ分野を今後のビジネスチャンスとしてとらえ、その展開を開始している。
(1)スマートグリッドにおけるビジネス
(2)スマートコミュニティ/スマートシティのビジネス、いわゆる省エネや環境問題も含めたスマートなまちづくりへのビジネス
(3)インダストリーの世界。いわゆるM2M(Machine to Machine)の中で新しく台頭している新しいビジネス
まず、スマートグリッドはすでに始まっている世界であり、シスコとしては、CGR(Connected Grid Router、コンセントレータ。後述)などの製品も市場に投入している。また、スマートシティやスマートコミュニティに関しても、インダストリーにおけるM2M関しても、数年前から取り組んできている。これらは、ビジネス的にも今後、急速に立ち上がっていく分野と期待されている。
インターネットを変革する「シスコIoTアーキテクチャ」
ここでは、シスコが当面の重要な課題としている「シスコIoTアーキテクチャ」を中心に解説する。
〔1〕IoT:Internet of Things
1980年代末に米国で商用化(日本は1992年)されたインターネットは、ナローバンドからブロードバンドへと高速化し、さらにクラウドコンピューティングやソーシャルネットワーキングサービス(SNS)という新しいアプリケーションの世界を拓いてきた。そして、現在、ブロードバンドの次に本格的なモバイルインターネットの流れがきているが、シスコはそのモバイルインターネット上で次に起きてくるインターネット変革の波を「Internet of Things」(IoT)ととらえている(図3)。
図3 IoT(Internet of Things)時代の到来
〔出所 シスコシステムズ〕
「Internet of Things」の「Things」は、日本では「物(モノ)のインターネット」と訳されているが、シスコは「モノ・コト(物事)」ととらえている。
例えば、現在注目されているM2M(Machine to Machine)の場合は、単純にモノとモノがつながって通信することととらえられている。このM2Mの場合は、モバイルの技術を使って、例えばあるマシン(例:POS端末)にモバイル端末機能(通信機能)をもたせ、そのマシンをクラウドとつないで、端末とクラウド内のサーバと相互に通信させる形態となる。
具体的には、日本でよく言われる例として、POS端末による自動販売機の在庫/売り上げの管理や、環境観察カメラによる遠隔監視のようなケース、あるいは3G(第3世代モバイル)モジュール実装した環境センサーからクラウドへ気象情報を収集するケースなどがある。
しかし、これらのケースは、インターネットを使っているというよりは、モバイル端末(あるいはセンサー)とクラウドをつなげているというM2Mの形態である。これに対し、シスコはこのようなモノ同士のつながりのM2Mだけでなく、「人」「プロセス」「データ」「モノ」などのつながりも含めて、IoTが次の時代を牽引するテクノロジーとなるととらえている。
IoT(Internet of Things)が次の時代を拓く
次に、IoT(Internet of Things)の流れに至るイメージをより具体的に見てみよう。
〔1〕インターネット利用の流れ
まず、これまで普及してきたインターネットの利用形態を概略的に整理してみると、次のような流れになる(図4)。
図4 IoEは、IoTをも包含するシスコのマーケティングキャンペーン
(1)最初にM2H(Machine to Human)という、人とWebサーバ間のコミュニケーションによって、コンテンツ(Web)を利用することや、eコマースを活用することからスタートした。
(2)その後、P2P(People to People)という人と人のコミュニケーションということで、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が登場した。
(3)さらに、最近の数年は日本でも、M2M(Machine to Machine)という機械(マシン)と機械(マシン)のコミュニケーションということが頻繁に聞かれるようになり、センサーネットワークなどが注目されるようになってきた。
〔2〕IoT(Internet of Things):新ビジネスの創出
しかし、前述したインターネットの利用形態であるM2HやP2P、M2Mなどは、必ずしもお互いに連携して発展してきたわけではなく、個別に独立して利用され普及してきた。これは、例えばP2P(SNS)と、M2Mがお互いに連携して発展してきたというよりも、それぞれ個別のアプリケーションとして分かれた利用形態になっていることからもわかる。
シスコが今、「Internet of Things」あるいは「Internet of Everything」、すなわち、すべてがインターネットにつながる時代を迎えていると発表した背景には、前述したM2HやP2P、M2Mの事例が個別に発展してきたインターネットの姿を、今後、相互に関連づけて新しいビジネスを創出していく狙いがある。
その関連づけによって、新しい「モノ」と「コト」が、今後の社会に新しいインパクトをもたらすような何かが出てくるのではないかという期待から、「Things」を「モノ」と訳すのではなく「モノ・コト」ととらえている。すなわち、シスコは「“モノ”がつながった後にどんな“コト”ができるのか」というアーキテクチャ(概念)を研究し始めたのである。
〔3〕「スマートオブジェクト」
従来のインターネットのアーキテクチャは、前出の図1に示したように、接続するためのインターネットとして、ナローバンドやブロードバンド、モバイル通信なども含めてクラウドとして形成されてきた。しかし現在、インターネットにつながるものとして、従来のように人だけに限らず、マシン(ノートパソコン、スマートフォン、タブレットなど)やセンサー類も含めて、いろいろな機能をもった新しい「オブジェクト」(対象)が登場するようになってきた。
そこでシスコは、インターネットに接続されるオブジェクトを新しく「スマートオブジェクト」と位置づけた。今後、このような「スマートオブジェクト」が次々にインターネットに接続される時代となるため、「シスコIoTアーキテクチャ」を発表したのである。
▼ 注1
1984年、シスコシステムズ設立(米国カリフォルニア州)。1992年、日本シスコシステムズ設立(現・シスコシステムズ合同会社)。