[特集:特別対談]

可決・成立した新FIT法と再エネ・新エネ戦略〔後編〕―地域に産業と雇用が生まれるビジネス構造への転換―

経済産業省 資源エネルギー庁 新エネルギー課長 松山 泰浩 vs. 東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩
2016/08/03
(水)
SmartGridニューズレター編集部

FITは次世代への投資

Yasuhiro Matsuyama

〔1〕新たな投資のための資金計画が成り立つ20年後に

江崎:「前編」で説明された、FIT改正の3つの目的の中の「国民負担論」注2で思ったのは、FITが20〜30年先の再エネを考えているとすると、それは、これから選挙権をもつような現在10代の人たちの話になりますよね。だから、「国民負担」というキーワードを、「自治体と次世代の人たちのための投資」と言ったほうがいいと思います。

松山:そうですね。これは未来投資なのです。

江崎:これまでのFITの失敗は、意図はなかったにしても、FITがいわゆる「(世渡りが)上手な人たち」のための制度になってしまったこと、だと思うのです。

 しかし、FITの目的は、20年後くらいにしっかりしたエネルギー構成ができ、再エネ産業が自立できるようになる、ということですよね。つまり、20年後には新たな投資をするための資金計画が成り立つ形を目指しましょう、と。その中には、今の若い世代がそのときの再エネ事業経営者になっているはず、というメッセージも入っているのかと。

松山:おっしゃるとおりです。

江崎:従来のFITは、今、現役、あるいは現役を終える方々が一番得をした。しかし今後は、その負担を、国民負担というよりも、今の恵まれた世代にお願いし、次の世代に資本を循環させましょう、と。それを今回のFITの目的として一番先に明言されるとよいのではないでしょうか。

〔2〕地域に産業と雇用が生まれるビジネス構造の転換

松山:FITは、高い将来の投資収益を示すことで巨額の投資を呼び込むことに成功しましたが、これからはこれをエネルギー産業として安定運用する仕組みに移行させることが重要です。分散投資された案件をいかに集約化して効率的に運営管理できるか、その際には、一定の規模に拡大させたうえで、3%、5%といった低い利回りでインフラ産業として安定的に回す形のビジネスにモデルチェンジすることが必要で、そこをこれから取り組んでいかなければならない。そこにはマーケットやファンドが登場するのだと思います。

 図1に示すように、2015年においてドイツは欧州の風力発電の設置ベースで断トツとなっていますが、ドイツでは、従来地域の小規模風力が中心に発展しており、地域の農家の方々が中心になって、未来の世代のために安定運用を志向し、FIT電源というものを回していっている。それができるように、産業が競争力をつけていっている。日本では、太陽光発電が先行して導入が進みますが、こうした社会に根付いた再エネを実現していくためには、まずはビジネス構造を変えていくことが非常に重要なポイントだと思います。

図1 EUにおける再エネ電源容量(左)と各国の風力発電容量(右)〔2015年〕

図1 EUにおける再エネ電源容量(左)と各国の風力発電容量(右)〔2015年〕

出所 EWEA(欧州風力エネルギー協会)「Wind in power:2015 European statistics」、2016年2月発行、 http://www.ewea.org/fileadmin/files/library/publications/statistics/EWEA-Annual-Statistics-2015.pdf

 つまり、1つはビジネスモデル自体の転換という話、もう1つは地域(自治体)が支える再エネ産業が興らないといけないという話なのです。

 現在、日本におけるビジネス構造は電力と投資家しかなくて、そこに太陽光パネルをもってくる事業があるという仕組みです。本来、パネルというのはあくまで道具、装置でしかなく、それを使っていかに効率的・安定的にエネルギービジネスを展開するかという事業や事業者が不可欠なのですが、この力がまだまだ弱い。これを支えていく運用管理やメンテナンスなどの業者や産業も必要です。

 特に日本の場合、現在、太陽光発電は全国に30万件近くもあり、そのほとんどが小規模なものです。これは、狭い国土を有効活用している日本の特徴なのですが、これらの多数ある小規模な案件が安定的に発電していくことを確保するには、草を刈り、発電量をチェックし、掃除をし、配線が壊れたらつなぐ、というようなメンテナンスがきわめて重要です。これらを東京や大阪の会社がすべて担うことは無理ですので、地域の電気工務店や検査サービスなど、地元のエンジニアの方々が支えてくれる太陽光発電サポート産業が生まれ、育っていけるかどうかが鍵だと思います。

 メガソーラーと違い、これが成り立たないと小規模な太陽光は潰れてしまうと思うのです。小規模太陽光をいかに健全化していき、支えていける産業をどう生み出すか、なのです。

江崎:つまり、現状では、小さなベンチャーのような発電所をいっぱい作ったが、それらが不良債権化しつつある。そこで一度整理して、どこかに全部集める、というのがたぶん1つの解決の糸口ですよね。あるいは、メジャープレイヤーがベンチャーを吸収していって会社の数が減り、非効率な部分が解消されてコストダウンしていく。または民事再生法などによる整理もあるのでしょうか。

松山:そうですね。再エネ産業構造の再編・整理が必要なのですが、FITが特殊な点は、制度的に収入が保証されており、簡単に破産しないことです。固定買取保証がされていて、うまみがすごくある。他方、制度見直しを進め、その利幅がだんだん減っていくなかで、事業者が20年の買取期間(調達期間)注3が切れた後のつなぎ合わせをどのようにしていくのか、長期安定的なインフラの維持を促せるか、というのがポイントです。

 事業計画の認定制を導入し、安定発電に対する規制を強化したいというのは、そのような意味もあります。事業実施に対する規律が強くなっていくことによって、単に投資利益だけを得たい「投資家」は、早く利益を確定して売却してしまおうという動きが出てくる。これによって、安定発電を行うエネルギー企業が長期的な運営を行うようなビジネスの形になっていくことは、おおいに結構だと思うのです。


▼ 注2
国民負担論:固定価格買取制度(FIT)見直しすべき点として挙げた3つの目的の1つ。3つの目的とは「各種再エネ電源のバランス」「国民負担論」「効率的な電力取引・流通の実現」。

▼ 注3
FITでは、各調達区分ごと〔例えば10kW未満(余剰)、10kW以上(全量)など〕で10年間、あるいは20年間の買取期間(調達期間)および価格が保証されている。

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