スマートシティ・ビジネスとアンマッチの問題
─編集部:それは大きな変化ですね。
岡村:それだけではありません。フィリピンでは、スマートシティの構築によって、自国の労働者の雇用あるいは仕事のスキル面から人材が育つと思っていたら、業務を請け負った中国から労働者が大量に(数千人規模で)送られてくる。いっさい、フィリピンの労働者は雇われないのです。
さらに、中国の企業にとっては、「元」で費用を支払えて他国(現地)でも「元」のまま受け取れるようになったのです。
そうすると、スマートシティを推進するうえで、フィリピンには中国の製品やソリューションが入りやすいビジネス環境ができていきます。その後は、何が起こるかというと、現地の悩みや課題とは一切関係なく、中国側の意向が強く反映し、中国が導入したい高速道路やIT関連などの製品やソリューションがどんどん入ってきます。
スマートシティを構築している現場で、貧困が生まれたり、殺人や強盗などの犯罪が発生したりしたとしても、中国には責任はなく関係もありません。このため、完全なアンマッチ、つまり「現場の状況と導入する製品やソリューションが適合しないこと」が起こってしまうのです。
─編集部:それではスマートシティをつくって、豊かで快適な生活を送るという目的とだいぶかけ離れてしまいますね。
岡村:スマートシティに関するビジネスというのは、このような環境で行われている側面をもっているため、展開の仕方によってはあまり健全なビジネスとはなりません。現在、アジアには中国ばかりでなく、ドイツやフランスなどの企業もそれぞれ資本投資してビジネスを展開しています。そこに、日本も少し入り始めています。
しかし、中国や欧州に比べて、米国はアジアにはあまり参入してきていません。その理由は、IBMやGE(ゼネラルエレクトリック)などの場合、スマートシティのビジネスを行ううえで、ITなどのハイテクで引っ張り過ぎて、アンマッチを起こしているのではないかと推測しています。
─編集部:具体的にはどのようなことですか?
岡村:アジアで推進されているスマートシティというのは、多くはビルや橋、鉄道など土木が基本で、それにプラスするという形でITなどのハイテクが絡んでいるケースが多いのです。そのため、9割が土木会社と建築会社にお金が入るようになっています。米国には土木に強い会社が少ないため、ビジネスチャンスが少ないのです。例えば、フランスには、コングロマリット型企業のブイグ注6があり、またドイツには自動車や産業建築関連のボッシュをはじめ、発電所からスイッチまでのビジネスを行うシーメンスなどがあります。
また、歴史的に見ると、アジア諸国は、以前は欧州の植民地であった地域もあるため、例えばインドにはイギリスの企業がかなり進出しています。そのことは、自動車の左側通行などというような法的な問題にも影響を与えています。
スマートシティへのアプローチの違い
─編集部:スマートシティを実現したり推進したりするうえで、先進国や新興国あるいは開発途上国などにおいてはどのような違いがあるのでしょうか?
岡村:図2に、先進国や新興国あるいは開発途上国などのスマートシティへのアプローチの違いを示します。
図2に示すグランド(基準)の下部に位置する開発途上国では、水処理、貧困、ゴミ処理、失業、飢餓などの社会的課題を抱えており、まず、最低限の都市機能が欲しいと思っています。
図2 スマートシティの目的(開発途上国、新興国、先進国の違い)
出所 岡村久和「スマートシティ最新情報」(2017年2月、インド・ムンバイでの講演資料より)
その上に示す新興国は、最上位の先進国の下請けのような仕事を請け負っているケースが多い。インドの西部やマレーシア、ミャンマー、インドネシアなどは新興国に位置づけられますが、それらの国は、先進国のレベルまで都市機能を向上させることを目指しています。
図2に示す先進国の部分に、3本の矢印が示されていますが、先進国そのものは基本的な都市機能がほぼ実現されているため、今後のスマートシティの方向性については若干ばらつきがあることが示されています。
このように見ると、新興国や開発途上国のほうが先進国に比べて、スマートシティに対する期待や目的が明確となっています。
▼ 注6
ブイグ(Bouygues):フランスの大手建設会社。ブイグ建設、ブイグ不動産、コラス(道路建設)、ブイグテレコム(情報通信)、アルストム(鉄道・輸送、発電・送電)などの関連企業グループがある。